07話.[明日からのこと]

「なんか久しぶりね」

「うん、そうだね」


 今日は珍しく樹里と奏海が一緒に行動していた。

 放課後の教室には私達以外にはいない。

 ちなみにふたりはアイスを食べに行くとか言って出ていった。


「奏海とはどうなの?」

「んー、2月よりは仲良くできてるよ」


 これだけははっきりとしている。

 ただ、あれだけ積極的にアピールしてきていても奏海が私を好いてくれているとは残念ながら思えなかった。

 ……少し前はこれは好きじゃないとおかしい的なことを考えていたんだけどね。


「騙す形になってしまってごめんなさい」

「いいよ」

「あの子を私が利用してしまったの」

「え」


 さすがにこれには驚いた。

 冗談を言うような子ではないからそのまま信じるしかないことだ。

 なんのために――は、これから彼女が説明してくれるだろうか。


「奏海が私を利用していると思った? 実は違うのよ、私が頼んだのよ」

「なんで?」

「あなたから離れたかったからよ」

「えぇ」


 いやまあ、甘えてばかりだったから仕方がないけど。

 いやおかしいな、仮にそうでも付き合ったふりをするのは意味のないどころの話ではない。

 単純に私から離れたかったのなら物理的な距離を作ればいい。

 それこそクラス替えを待つとか、それが待てないなら話しかけないでおくとか。

 私から離れたかったくせにおかしな行動ばかりしている。

 最終日には必ず会いに来たりとかね、引っかかるところでもあったのだろうか。


「あとはあれよ、奏海があなたに興味を抱いていたから丁度いいと思ったのよ」

「あ、そもそも奏海とはどうやって知り合ったの?」


 いきなり現れたから困惑している。

 少なくとも付き合うぐらいだから関わりがあったのだろうと考えていたんだけど、大体は私達といた彼女がいつどこであの子と知り合ったのかがいまは気になるところではあった。

 ま、過去のことを聞いたところで意味がないことなんだけどね、そのときに戻れるわけでもないし。


「小学2年生の夏に知り合ったわ」

「え、じゃあ結構長いんだ?」

「ちなみに、あなたも樹里もそのときに奏海と会っているわ」


 え、まじか、なにも思い出せないけど。

 記憶障害が起こっているというわけではなくて、本当に一緒にいた覚えがなかった。

 

「わからないな……」

「あなたが奏海を助けたわ」

「そうなのっ? 過去の私ナイスっ」


 誰かのために動けるっていいよね。

 例え小さいとき特有の考えなし、勢いだとしても役に立てたみたいだから。


「奏海のことは置いておくとして、言いたいことを言わせてもらうわ」

「うん」


 今度こそ友達をやめてほしいとかそういうのだろうか。

 樹里が好き、とかだったらいいんだけど。

 やっぱり奏海が好きだということなら応援するつもりだ。


「私はあなたのことが好きなのよ」

「それって」

「そうね、そういう意味ね」


 私にだけ言いづらかった理由はそういうことだったのか。

 待て、樹里はどうするんだ?

 もし私がこの要求を受け入れたりなんかしたらまず間違いなく殴られるだろうな。

 樹里が好きだとかそういうことなら変な風にならずに済んだのにまさか彼女が私を好いていただなんて。


「でも、あなたは奏海と仲良くしたいのでしょう? だからいいわ、ふたりが付き合う前に言えて良かった」

「あ……」

「すぐには難しいわよね、私はこれで帰るから安心してちょうだい」


 彼女は教室から出ていってしまった。

 残された私は帰るどころではなくなっていて。

 21時まで残れるのをいいことにずっと突っ伏していた。


「誰もーいないなー――うわぁ!?」


 先生が見回りに来てしまったようだ。

 謝って慌てて教室から出た。

 昇降口、校門、そこから家までの道全てを走って。


「遅かったじゃない」

「え゛」

「入れなさい」


 嫌な予感がやばかった。

 それでも家の前で突っ立っているわけにもいかないから入ることに。

 リビングに入ったらソファに押し倒されて襟を掴まれた。


「まさか断らないわよね?」

「……聞いたの?」

「聞いたわよっ、しかもわざわざお店の中でねっ」


 食べ終えたタイミングではなく食べているタイミングで言われたとも教えてくれた。

 言えただけで満足じゃなかったのか? そこには奏海だっていたんだぞ……。

 ま、それだけで満足なんかできないか、告白できただけで満足したなんて口先だけのものだ。


「離して」

「ふんっ」


 彼女はこちらからある程度離れたところに座った。

 多分、近くにいると手が出てしまうからだと思う。


「でもさ、私が受け入れたら樹里は無理なんだよ?」

「あ? あたしなんか関係ないのよ、あんたが受け入れるかどうかじゃない」


 これって1番良くないことだ。

 言うだけでいいなら……いや、考えるのはやめよう。


「受け入れなさいよ」

「そんなの決められないよ」

「は? あんた断る気でいんの?」

「そんなこと言ってないでしょっ、極端すぎっ」


 ……別に奏海に対して変なことはしていない、それっぽいことも言っていない。

 一緒に寝たりはしたが、それは夕美や樹里とだってしたのだから変わらない。

 遊びに行くことも、奢ることも、頭を撫でることも、手を繋ぐことも全部数度かはふたりとしてきたから。

 でも、明らかにあの子は私のことを気にしているのに……いいのか?

 ただ、奏海を選ぶと夕美が悲しむ及び樹里が怒るという最悪の展開も待っている。

 関わっている時間だけで言えば夕美が1番多い。

 甘えるのも基本的にあの子にだったし……。


「今日はもう帰って」

「嫌よ、今日はっきりさせなさい」

「無理だからっ、いたっ!? なにするのっ」


 結局離れた意味なんてなにもなかった。

 自分よりも運動神経が優れている彼女が一瞬で近づいて来てぱちんと叩いてきた。

 

「……贅沢なのよあんたはっ」


 こっちの顔に雫をぽたぽたとたらしつつ何度も叩いてくる。

 またあれか、私のせいで夕美といられなかったというやつか。

 なら、やらせておけばいいか、どれぐらいで満足するのかはわからないけど。

 途中、明らかに爪が擦れて切れた感じがあってもなにも言わなかった。

 彼女を見続けた、目を閉じてじっと待つなんてことはしなかった。


「ただいま」


 母が帰ってきてやっと彼女の手が止まって、そのまますれ違うようにして出ていった。


「み、未依っ!?」

「お風呂に入ってくるね」


 あ、そういえばごはんも作っていなかったな。

 けど、いまからやる気にはとてもじゃないけどなれないから母には申し訳ないけど自分で作ってもらうしかない。


「いた……」


 鏡を見ていると自分の顔なのにひえってなる。

 人の爪って怖いな、あと樹里は手加減ができなさすぎ。


「いたた……」


 顔なんか何度もお湯が当たるから普通に痛かった。

 ある意味、奏海と付き合い始めたと言われたときよりも絶望感がすごかったのかも。

 奏海と付き合い始めました、実は嘘でした、可能性が出てきました、結局私が好きでした。

 それじゃあ納得なんかできないよね。

 夕美はそのつもりはなくても弄んでしまったようなものだし。

 

「未依……?」

「あ、ごはんを作っていなくてごめんね」

「それはいいんだけど……、樹里ちゃんとなにかあったの?」

「あ、なんにもないよ、ただ家の外にいたから入ったらどうって誘っただけで」


 こういうのだけは避けたかった。

 母に心配をかけたくなんかなかった。

 それに比べたら叩かれるぐらいなんてことはない。

 今日に限ってそこそこ早いタイミングで帰ってくるんだからタイミングが悪いな。

 間違いなく私が21時頃まで学校にいたのが悪いんだけどね。


「出るよ」

「うん……」


 速攻で部屋に戻ればばれずに済む。

 さすがに傷などを見せたら駄目だから。

 母にこれ以上負担をかけたくなかった。




「誰にやられたの?」


 お昼ごはんを食べていたら唐突にやって来た夕美が言ってきた。

 いきなり誰かにやられたと決めつけているところに苦笑する。


「もしかして樹里? ――そうなのね」

「まだなにも言ってないよ」

「私のことを好きだったあの子しかありえないじゃない」


 え、わかっていたのか。

 ……それなら彼女にも非はあったと思う。


「そうね、私は自分を優先してしまったのは事実だから」

「もう過去のことはいいよ、どう頑張ってもいましか変わらないんだし」


 鈍く痛んでいる顔に彼女が触れ、悲しそうな表情を浮かべていた。

 悲しそうな顔をしたいのは樹里だよなって。

 でも、そんなことを言ったら今度は止まらないと思うからやめておく。


「ごめんなさい……」

「いいって」

「そうよ、あんたが謝らなければならないのはあたしや奏海にでしょ?」


 彼女が現れた瞬間にがちっと体が固まって驚いた。

 こんなのは初めてだった。

 まさか誰かをそういう意味で恐れるとは思わなかったから。


「奏海の気持ちを聞いてそいつのところに行かせておきながら結局は好きだったなんて納得できるわけないじゃない」


 ただ、そのかわりに逃げるようなことにはならなくて良かった。

 昨日のあれがなかったら間違いなくここから逃げていた。

 樹里の後ろには気まずそうな顔で奏海が立っている。


「大体、昔からあんたは未依に大甘だったわよねっ」

「……贔屓していたつもりはないけれど」

「たまに来ては心配そうな顔をするのが嫌だったっ」

「ごめんなさい……」


 手が出やすい状態なのか夕美を叩こうとしたから間に入った。

 鼻に全力に当たって鼻血が出たけど構わない。

 床や周りに飛び散ってしまったのは申し訳ないけどね。


「じゅ、樹里先輩やめてください……」

「あんたは納得できるわけっ?」

「……未依先輩が夕美先輩のことを受け入れるのであればそうですね」

「普通は文句を言うところでしょっ」

「た、叩いたって良くなるわけじゃありませんよ!」


 もうめちゃくちゃだった。

 私以外の人間が涙を流しながらもここにいる。

 なにをやっているんだろうと考えることもあるけど……。


「分かったわよ」

「は?」

「私があなたの要求を受け入れれば満足できるのでしょう? これ以上、未依になにかをしたり悪口を言ったら許さないわよ」

「は? だから……は?」

「受け入れてあげるって言っているのよ」


 はって言いたくなる気持ちはわかってしまった。

 結局それじゃ言わなきゃよかったじゃんとしか言えない。


「……ふざけてんの? それで喜ぶとでも思ったっ?」

「じゃあどうすればいいのよ、私が未依と一緒にいたら怒るのでしょう!? ……私のせいなのに未依が傷つくところを見るのは嫌なのよ……」


 やば……、血が止まらない。

 ティッシュなんて持ってきていないからなあ。

 悪いけどトイレに行かせてもらうことにした。


「はぁ……」


 情けないけど鼻にティッシュを丸めた物を突っ込んで対策。

 たれてしまう方が問題だからまあまだこの方がいい。


「未依先輩……」

「ごめん」

「いえ……、大丈夫ですか?」

「うん、痛くなんかないよ」


 多分、時間が経過してから出てくるんだと思うけど。

 やばい、奏海とどういう感じで接すればいいのかがわからない。

 夕美のことを選んだら私も同じになる、弄んだことになる。

 幸い、踏み込んだことは……してな――うーんって感じで微妙だ。


「私は大丈夫ですから」

「そっか」

「はい」


 とりあえずいまのあのふたりをふたりだけにしておくのは危険だ。

 教室にふたりで戻ったら、間隔を空けて席に座っていた。

 殴られているとかじゃなくて良かったかな。


「謝らないわよ」

「いいよ」


 形だけの謝罪をもらいたいわけじゃないし。

 いまはなにを言っても煽りと捉えられる可能性があるから余計な事は言わない。


「未依……」

「大丈夫だよ」

「ごめんなさい……」


 もっと早く言ってくれてればとは思わなくもない。

 私には言いづらかった理由もわかったことだし、奏海と仲良くなる前だったらってどうしても考えてしまう自分もいるから。


「とりあえず、今日は解散にしませんか?」

「そう……ね」

「納得はいかないけどこれ以上残っても仕方がないからね」

「みんながそうするなら私もそれでいいよ」


 私は残って床とかを拭いてからでなければならない。

 結果、机や椅子に飛び散ってしまっていて結構大変な作業となった。

 でも、拭かないと明日ここに座る子が驚くからね、仕方がないね。


「未依、制服は汚れてない?」

「うん、大丈夫だよ」


 先程までは手が真っ赤だったけどそれも洗ったから問題もない。


「少し鼻が……」

「曲がってる?」

「いえ、それは大丈夫だけれど」


 ああ、みっともないって言いたいのか。

 ごみ箱の前ですぽんと抜いたらぽたぽたとたれてきて焦った。


「未依、ごめんなさい」

「またそれ?」

「違うの……、あなたのことを諦めようと思うの……」


 まじかよ……。

 それなら完全に叩かれ損じゃないか。


「本当にごめんなさいっ」

「え、だから樹里のを受け入れるってこと?」

「……あの子もそれで納得してくれたから」


 はぁ、まあいいか。

 とりあえず今日は大人しく家に帰ってすぐに寝よう。

 疲れた、なんなんだったんだろうね最近は。


「本当にごめんなさい、それと、本当にありがとう」

「うん、夕美こそありがとね」


 帰るのもだるいよ。

 風邪のときの方がまだマシだった。


「未依先輩……」

「奏海」

「夕美先輩から聞きましたか?」

「うん、さっきね、正直に言って叩かれ損でやっていられないよ……」


 彼女が思いきり抱きしめてきたから今回は初めて彼女を思いきり抱きしめ返した。


「ごめん……、私達のせいで不安にさせたよね……」

「本当は嫌だったんですっ」

「うん、そうだよね」


 私にも原因はあった。

 どっちつかずは私だったのだ。

 だから奏海は怒ってもいいぐらいなのに……。


「……今日は、いいですか?」

「いいよ、一緒にいよ」


 2度とまでは言えないから、少なくともいまはこの子を不安にさせたくないって思った。


「ごめん奏海」

「いえ……、こうして未依さんがいてくれるなら全然いいですよ」

「今度は絶対に一緒にいるから」

「はいっ、ありがとうございますっ」


 こういう日に限って母が早く帰ってきてによによしてくれたけど気にしない。

 だって別に恥ずかしいことはしていないからね。

 母が作ってくれたごはんを食べて、順番にお風呂に入って、リビングではなく部屋に戻って。


「奏海は強いね」

「強くなんかないですよ、無理やり未依さんが夕美さんを選んだのならって納得させようとしていただけです」

「ほら、樹里に注意できたでしょ? なかなかあの状態のあの子には言いづらいよ。私なんか怖かったぐらいだもん、体が動かなくなったぐらいだからね」


 年上なのに情けない。

 結局、この子に対してはろくなところを見せられていない。

 甘えるのがまだまだ当然みたいになってしまっているのだろう。


「だからすごいよ、あと、ありがとう」

「未依さんっ」

「わっ、よしよし、甘えてくれるのなんて奏海ぐらいだから嬉しいよ」


 眠い……、今日は昨日と違って時間も早いけど寝てもいいだろうか。

 今日は緊張なんかしないぞ、いてくれているのは格好いい女の子なんだから。

 ま、本人は元気っ子というイメージから変わってきてしまっているけど、可愛らしくていいと思う。


「早いけど寝よっか」

「え、もうですか?」

「ごめん、疲れちゃって」

「ああ……、樹里さんから聞きましたよ」

「うん、だから寝るね」


 今回も自分が安心するために彼女の手を握って寝ることにした。

 ああ、変わらないのではなくて変わらないようにしているんだと気づいた。


「やっぱり抱きしめてもいい?」

「え、い、いいですけど」

「ありがと、あの遊びに行った日といい、奏海には助けられてばかりだね」


 多分、あの日も楽しくなかったらいまこうなってはいなかったと思う。

 誘ってくれて嬉しいくせに断って面倒くさいところを見せていたと思う。

 私は面倒くさい女なのだと最近になってようやくわかった。


「奏海、どこかに行かないでね」

「うん、行かないよ」

「あ、私のことは呼び捨てでいいからね」

「だめだよっ」

「な、なんで?」


 今回の件がなければ順調に仲良くなっていられていた気がするけど。

 敬語をやめられたんだから呼び捨てぐらい普通にできるはずなんだけどな。


「後輩はタメ口にしてもやっぱりさん付けが1番だからっ」

「そ、そうなの? ま、奏海がそうしたいならそれでいいけど」

「そうしたいんですよー」


 よくわからないこだわりだけど、駄目、なんて言えないからね。

 それに言ってしまえばそんな細かいことは正直どうでもいいのだ。

 大事なのはこの子といられるかということ。

 強制しないことで1秒でも長く奏海といられるならそれでいい。


「……私の親の顔もわからないのに必死になって探してくれたのが嬉しかったんです」

「あ、それってもしかして小学2年生のこと? 夕美に聞いたんだけどさ」

「はい」

「それからどうして来てくれなかったの?」

「名前を聞き忘れていてわからなかったんです」


 あー、そのときの奏海にとってはお母さんやお父さんと会うのが1番の目的だったからか。

 そもそもの話、1年生の子がわざわざ名前を聞くとは思えない。

 ご両親は多分、娘が無事に帰ってきた後に気になっただろうけど。


「ただ、私が4年生のときに夕美さんが話しかけてくれたことによってわかりました」

「そこから来なかったのは?」

「……未依さんにとっては私なんてどうでもいいでしょうから行きづらかったんです」

「そっか、うん、多分急に来られても?ってなったと思う」


 2年生のときの私は格好つけたかっただけだ。

 甘えてもらえないから甘えてくれるような子をそのときから探していた可能性もある。

 でもまあ、無駄ではなかったということだから気にしないでおこう。

 それがなければこうして来てくれることもなかったのだから。

 奏海がいなければ夕美以外で唯一の友である樹里とも終わっていたからね。


「でも、夕美さんから未依さんのことを聞いていたので我慢できませんでした、受験の前なのに浮かれてて恥ずかしいですね」

「あ、そのことなんだけどさ、それって本当に夕美が頼んできたの?」

「はい、ただ未依さんから離れたいから恋人のふりをしてほしいと」

「それで今回のことを察するのは難しいよね、夕美も困った子だよ」


 自分にも注意して反省しておいた。

 このことはこれで終わり、あの子が決めたことなんだからなにも考えなくていい。


「寝よ」

「あ、全然寝ていませんでしたね」

「ついつい話したくなっちゃうんだよ、誰かがいてくれるという嬉しさからね」


 よし、寝よう。

 明日からのことはまた明日考えればいいから。

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