06話.[ある程度自由に]

「どういうつもりなの?」


 1時間ぐらい経過した頃、私はついに聞いてしまった。

 いやでも、これ以上無言な状態ではいたくなかったから仕方がない。


「すみませんでした……」

「いや、触れられて嫌ってわけじゃないんだよ」

「……未依さんに触れたかったんです」


 私といたい、私に触れたい。

 もうこれは付き合っていないと考えるしかできない。

 二股をかけるような子には見えないし、夕美になんらかの形で協力してもらっているんだろうと判断した。


「本当は付き合ってないんでしょ」

「……はい」

「どうしてそんなことを?」


 夕美がこの子に頼むところは想像できないから半ば決めつけみたいになってしまったのは許してほしい。

 関わっている時間が違いすぎるから夕美はそんなことを絶対にしないってイメージが捨てられないのだ。

 案外、そういう思考の逆の可能性もありそうだけどね。

 なにがあるのかはわからないのが現実と言えるし。


「それはまた今度でもいいですか?」

「わかった、それならごはんを作ってくるね」

「あ、帰った方がいいですよね……」

「ん? いいよ、付き合っていないなら別に問題ないし、ごはんを一緒に食べてくれると嬉しいかな」


 ひとりで食べるのはやはり寂しいから。

 変に夕美や樹里との関係が戻ったせいでまた出てきてしまっている。

 もう私は奏海と友達でいるつもりだからできれば一緒に食べられた方が良かった。

 とはいえ、ちらし寿司にするつもりだから炊いたご飯に素を混ぜて、錦糸卵を作って置いて完成みたいなものだから作ったとは言いづらいけど。


「ごめんね、卵ぐらいしかなくてさ」

「いえっ、これだけで十分ですよっ」

「そっか、じゃあ食べよっか」


 うん、美味しい。

 ただ、会話がなかったのは残念だった。

 少しの気まずさもあったし、これならまだひとりの方がマシかな。


「送るよ」

「だ、大丈夫ですよ、自分ひとりで帰るので」

「いや、ちょっとお菓子を買いたいから丁度いいんだ」


 これは納得させるために言ったわけではない。

 この前、奏海とアイスを食べてから甘い物を口が求めているのだ。

 甘いお菓子ならコンビニに行けばすぐに買えるからと考えているわけ。

 本当ならスーパーに行くべきだけど、いや、やっぱりコンビニでは買わずに明日スーパーに行くことにしよう。


「あ、それなら洗い物ぐらいさせてくださいっ」

「いいから、行こ?」

「はい……」


 あそこで誘ったのが間違いだっただろうか。

 息苦しい思いをさせてしまったのなら申し訳ないとしか言えない。

 奏海は学校から帰ってきていたときよりもどこか落ち着きがなさそうだった。

 言ってはならないことを言ってしまったからだろうか?

 実は言うなと夕美から言われていたとか?


「……信じるんですか? 私達が本当は付き合っていないって」

「うん、浮気をするような子には思えないから」

「甘いですね、そんなのわからないじゃないですか」

「ま、後で悔やむことになるだろうなって思っているのならやめた方がいいよ」


 彼女を家の前まで送っていま来た道をまた歩き始めた。

 私は夕美と樹里に甘え続けてきたから甘いのは確かなのかもしれない。

 でも、それを信じたところでなにもマイナスなことはないんだから気にしない。


「あんたどこに行っていたのよ」

「え、奏海を送ってきたんだよ」

「家に上がらせなさい」

「いいよ」


 彼女はリビングに入った途端にソファに寝転んで両目を腕で隠すようにした。


「……実は付き合っていなかったって」

「うん、私も奏海から聞いた」

「はぁ、分からなくなってくるわ、なんでそんな無駄なことをしたのか」


 確かに、だって私達を騙したかったということなんだから。

 なにかのために必要だったのだろうが、あまりいい気はしない。


「ご飯ってないの?」

「あるよ、食べる?」

「食べさせて」

「わかった」


 母の分をしっかり確保してからだからかなり少量になってしまったが問題はない、樹里も文句を言うことなく食べ始めてくれた。

 私はその間に洗い物をすることに。


「未依、あたしは夕美が好きよ」

「え? あ、うん」

「……あんたはどうなの? どちらかと言えば夕美にずっと甘えていたわよね?」


 そういうのとは縁がなくて同性でもいいからなんて考えていた自分。

 が、彼女みたいな感情を夕美に対して抱いていたとは言いづらい。

 そういうのではなくもっとシンプルなもの、友達が夕美や樹里以外にはいなかったから一緒にいてほしかっただけ。


「ないよ」

「それなら良かったわ、今度は絶対に積極的に行動してあの子を……」


 やっぱり夕美が頼んだとは考えづらい。

 奏海か、だけどなんのためになんだろう。

 樹里狙いならもっと樹里といなければならないし、私狙いなのだとしてもこれまで接点がなにもなかったのにどうしてそんなことを。


「奏海のことはどう思っているの?」

「いい子だよ。一緒にいて楽しいし、名前を呼んで近づいて来てくれるのは嬉しい。樹里が夕美を振り向かせるために時間を使うのならひとりになっちゃうから単純にいてくれるのがありがたいしね」


 別れる前の発言はこちらを試すためなのだろうか。

 だけど、夕美がもうそう吐いたのなら疑う必要もないのかな。

 私はあの子がそんなことをする子ではないと考えているから。

 じゃ、そんなことを考えるなよ、という話なんだけどね。


「仮にそうでもあたしはあんたのところに行くわよ、幼馴染なんだから」

「ははは、叩き合いをした仲だもんね」

「そうよ? それでもそれがあったからこそあたし達はこうしていられているのよ」

「叩き合わなくても一緒にいられる方がいいなあー」

「それはまあ……そうね」


 あれがなかったら現在も駄目なままだったかもしれない。

 奏海と出かけることもなかったし、実は付き合っていませんでしたという情報もわからないままだったのかもしれない。

 仮にそうでも私的には特に不都合はないが、騙されたままだというのも嫌だからあのとき樹里と衝突して良かったなって内で呟いた。

 もう2度と人のことを叩きたくなんかないけど、もう2度と叩かれたくなんかないけどね。


「ふぅ、少し落ち着いたわ、ありがとね」

「ううん、落ち着けたのなら良かったよ」

「帰るわ、また明日ね」

「うん、気をつけて」


 樹里は人に送られるような子じゃないから言わなかった。

 別に怒っていてまだ許してないとかではないことはわかってほしい。


「別にいらないけど送ってはくれないのね、奏海は優遇するのに?」

「送ってほしいなら送るけど?」

「ははは、いいわよ、それじゃあね」


 こっちはお風呂にでも入ろう。

 ちゃんと奏海を送る前に溜めておいたから温かい状態で入れる。

 待たなくていいのは効率がいいね、ぴったりハマると気持ちがいい。


「もしもし?」

「未依さんすみませんっ、忘れ物をしてしまいましたっ」

「え、あ、言ってくれれば持っていくけど」

「いえっ、いまから行きますからっ」

「えっ? あっ、ちょ――切れちゃった」


 こっちは脱いでしまったからささっと入ってしまうことにする。

 しっかり洗って湯船につからずに出てリビングへ。

 そのタイミングでインターホンが鳴って、出てみたら私服姿の奏海がいた。

 この前もそうだったけど可愛らしい、ファッションに疎い自分でもそう思う。


「あ、お、お風呂に入っていましたか?」

「すぐに出たから大丈夫だよ、それで、そんなに慌てるほどの忘れ物ってなに?」


 大雑把に見た限りではなにかを忘れているわけではなさそうだったけど。


「ごめんなさいっ、嘘をつきましたっ」

「嘘?」

「……まだ未依さんといたくて入浴を済ませてからここに」


 私といたくってって、なにをしてあげられたというわけではないのに。

 それどころかこの前はかなり頑張らせてしまって年上として情けないぐらいだ。

 

「いいよ、夕美と付き合っていないならね」

「付き合っていません、樹里さんに教えたと夕美さんから聞きましたから……」

「うん、じゃあ問題なしだねっ、私も入ったから後はゆっくりしようよ」


 これでもまだ20時前。

 だから少し調子に乗ってお菓子を食べることにした。

 甘い物でなければ家にはあったからだ。

 それにこうしておかないと嘘をついたことになってしまうからね。


「あ……」

「どうしたの?」

「この匂い、樹里さんのですよね」


 す、すごいな、確かにソファには寝転んでいたけどちょっとだったのに。

 嗅覚が鋭いのだろうか。

 え、私、臭くないよね? と不安になってしまった。


「……別に未依さんの自由ですけど、私を送ってからすぐ後に樹里さんと会うんですね」

「違う違う、送って家に帰ったら樹里が外にいたんだよ」

「……自由ですから別にいいですけどね」


 全くいいって感じの顔をしていないよ!

 いや、後ろめたいことなんてなにもないんだから堂々としていればいいんだよ。

 とりあえず最強のアイテム、お菓子を食べさせておくことで落ち着かせることに。


「……美味しいです」

「はは、良かった」

「む、お菓子を食べさせておけば落ち着かせられるとか思っているんですか?」

「邪推しすぎ、どうせなら楽しい方がいいでしょ?」


 最短で帰宅できる日ならあと1時間もすれば母が帰ってくる。

 でも、その最短をなかなか引けないから困っていたというわけだ。

 その点、彼女がいてくれるなら寂しい思いをしないでいられるのではないだろうか。


「あの、寝るところってやっぱり……」

「敷布団があるからそっちか、私のベッドかだね」

「え」

「あっ、ちゃんと洗ってあるからねっ? お客さんに床で寝てもらうのは申し訳ないからベッドで寝てくれた方がいいかな」


 ま、まあ、洗ってから1週間ぐらいはもう経過しているから微妙かもしれない。

 だからそういうときのために敷布団のこともきちんと言っておくというわけだ。

 その状態で敷布団を選ばれてもなんにもショックはないしね。

 ベッドなんか嫌だと言われる方が私にとっては大ダメージだから無理っ。


「……一緒に寝たいです」

「うん、部屋で寝ればいいでしょ?」


 これはもうそういうことだって考えてもいいかもしれない。

 寧ろここまで言ってきているのに彼女の中になにもなかったら怖いぞ。

 普段甘える側だから甘えられるのは普通に嬉しかった。


「じゃなくてっ、私が借りることになっても結局触れることになるわけですからっ、べ、ベッドで……あなたと寝たい、です」

「嫌じゃないならいいよ? 枕とかも気に入っているやつだしさ、気になるならタオルでも枕の上に置いて寝ればいいし」


 どうするかをもう1度聞く。

 客間は1階だから上に行ってから持っていくのは面倒くさいのだ。


「……未依さんと寝たいです」

「わかった、じゃあ先に2階に行ってて」

「はい……」


 布団を持っていく必要はなくなったけど、その度になにかを取りに行っていたら面倒くさいから飲み物を持っていくことにする。

 それにしても……少し意地悪したくなってくるのを抑えるのが大変だ。

 自分の中にこんなのがあるとは思わなかった、奏海の反応がいちいち可愛すぎる。


「ね、奏海」

「な、なんですか?」


 たかだか同性の部屋にいるだけで緊張している感じなのもいい。

 

「敬語をやめてくれたら一緒に寝てあげるよ」

「え……」

「怒らないからさ、ね? 敬語のままではいてほしくないよ」


 もちろん、安易な接触をしたりはしない。

 こんなことを言っておいてなんだが、彼女の意思でそうしてほしいから。

 敬語については私がもう彼女のことを信用しているからだ。


「む、無理ですよ……」

「無理じゃない、ま、嫌ならいいんだけどね」

「……一緒に寝ないからって言うんですよね?」

「違うよ、嫌なのに強制させるのは違うからね」


 私はベッドの方が好きだから気にせずにベッドで寝るつもりでいる。

 その際に奏海がいようが気にならない。

 さすがに知らない男の人や女の人がいたら怖すぎて無理だけど。


「……未依さんにメリットが……ないよ」

「あるよ、もっと仲良くなれた気がするから」

「もう寝るっ、寝ますっ」

「うん、寝よっか」


 まだ8時半だけど早寝しておけば早起きできるからいいだろう。

 彼女にしっかりかけさせて、反対側を向いて寝ることにした。

 ……実は転んで電気を消してからいつものようにはできないと気づいたのだ。


「なんでそっち向くんですか」

「また敬語になってるよ」

「じゃ……、やめたら向いてくれるんですか?」

「別に、向かい合って寝なければならないなんてルールは――」

「こっちを向いて」


 だから謙虚に生きろってことなんだなってわかった。

 言うことを聞いて奏海の方を見たら目が合ってしまった。

 ある程度時間が経過すれば目だって慣れるんだからそれはおかしくはない。


「ひゃっ、な、なんで?」

「緊張しているの?」

「す、するわけないでしょ、私の部屋とベッドなんだから」


 ならなくてもいいけど、私は苛める側にはなれないようだ。

 というか、そういう悪いことを考えてしまったからバチが当たっているのだろう。


「ならいいよね」

「え――」


 ……朝までなにも考えずに寝たのだった。




「すっっみませんでしたっ!」


 翌朝。

 朝食を作っているときに下りてきた奏海に謝られた。

 気にしなくていいよといつも通りに言って、準備をしていく。

 今日も普通に学校だから引きずられているわけにはいかないのだ。

 が、朝ごはんを食べている間も奏海は気にしていたみたいで。


「あの、怒って……ますよね?」

「敬語をやめろって言ったのは私だからね、怒ったりしないよ」


 寧ろ敬語をやめてくれて嬉しかった。

 同年代の友達ができたような感じがしたから。

 昔から夕美と樹里以外とは上手くいかないんだよなあ、なんでだろ。


「いやだって……」

「いいから歯を磨いたりして学校行こ、放課後にまた話そうよ」

「やっぱり怒ってる……」

「休み時間とかだって来てくれればいいよ」


 学校に着いたら離れて、


「嫌です」


 教室に行かなければならないと離れて、


「絶対に嫌ですっ」


 ……離れることができずに中途半端な場所にいた。

 一応、人が来づらい場所だから手を繋いでいても問題はないとも言える。

 というか、それに関しては手を繋ぎながら登校したんだから気にならないし。


「説得力がないかもしれませんが昨日のことは本当に反省していますから」

「何度もそうやって言うと変なことをしちゃったように聞こえてくるからやめて、ただ私の頬に触れて余裕な態度を見せていただけでしょ?」

「敬語をやめることでさえあれなのに、私ときたら……」

「ノリノリだったけどね」

「すみませんでしたぁ!」


 別に問題もないのに人の気配を感じた瞬間に奏海の口を押さえてしまった。

 かなり接近することになってしまうし、なんなら触れてしまっているから問題しかない。

 私から触れるのはあんまりしないようにしていたのに。


「っはぁ! く、苦しかったです……」

「ごめん、なんか咄嗟に動いちゃって」


 こっちが悪いから謝るしかない。

 でも、奏海に対してはすんなりと謝ることができるのはなんでだろうか。

 後輩だからとか、そのようには考えていないとは思うけど。


「い、いやらしいことをしているわけではないので大丈夫ですよ」

「うん、それはわかっていたんだけどね」


 もう言っても仕方がないことだからこの話は終わらせる。


「奏海、私とだけいるときは敬語じゃなくていいよ」

「でも、そうしたらまた調子に乗ってしまうかもしれません」

「大丈夫だよ、なんだかんだで朝までゆっくり寝られたんだから」


 私も少し頑張ってみようかな、なんて考えている。

 どうせ奏海がいてくれているなら、ふふふ、なにもしないのはもったいない。

 好きでいてくれているなんて自惚れてはいないが、明らかにこっちといたがってくれているわけなんだからね。


「……本当は怒っているんでしょ?」

「怒ってないよー」

「意地悪……」

「怒ってないって。よし、とりあえず奏海か私の教室に行こうか、夕美や樹里とも話がしたい」


 って、この言い方だとほぼ強制的に彼女を連れて行くことになるのと同じか。

 結果、教室に着いてから物凄く小さな声で「やっぱり怒ってる」と呟いていた。


「随分とあんたに懐いているわね」

「って、奏海はペットじゃないよ?」

「これまで夕美といるところしか見ていなかったから意外だわ」


 バレンタインデー以降は一緒にいなかったからそうか。

 確かに急に変わりすぎているのは本当のことだから無理はないかも。


「樹里、夕美とはどうなの?」

「んー、こっちは特に変わらないわね、あんた達は?」

「私達は昨日一緒に寝たぐらいかな」


 忘れ物をしたと凄く慌てていたから手早く入浴を済ませたのに結果があれだった。

 可愛い態度だけど、それならまだ普通に言ってくれた方が良かったかな。


「嘘、え、本当に?」

「うん、昨日奏海が泊まることになってね」

「あんた、あたしが帰った後にすぐ奏海を誘うとか明らかに扱いに差があるわよね」

「私からなんかどうでもいいでしょ」


 夕美ともしかしたらがあるかもしれないということでね。

 昨日来たのだって夕美とのことでなわけだし、ある程度を心がけておかないと一方通行のまま終わりそうだ。

 そうなるのは嫌だから気をつけて行動しているというわけ。

 そもそもの話、彼女はこちらが送ったりすることなんか求めていないから。

 私といるぐらいなら夕美といたいって心からそう思っていそうだもん。


「言っておくけどね、あたし達はずっと幼馴染なんだから差はなるべく出すべきじゃないと思うわよ」

「わかったよ、そもそも夕美樹里奏海でそれぞれ態度を変えているわけじゃないから」

「それならいいわ」


 このままここに奏海をいさせると後でちくりと刺されそうだからやめておいた。

 予鈴がなるまでの間、彼女にはある程度自由にさせておいたのだった。 

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