04話.[過ごそうとする]
一応、以前までのように戻れたのかもしれない。
ただ、今回の件で私との間にはなにもなかったということがわかったから考え方を変えるつもりはなかった。
名字呼びも依然として継続中だ、どれだけ言われようと変えるつもりはない。
「すみません、遅れてしまって」
「大丈夫だよ」
今日は朝倉さん――朝倉経由で私の連絡先を知った池上さんから呼ばれて近くの公園まで来ていた。
これから2月というところだから普通に寒い。
まあそれは1時間も前から待っていた私が悪いんだけども。
「あ、そういえば夕美さんから木谷先輩は寒いところが苦手だと……」
「うん、でもちょっとぐらいなら大丈夫だよ、座って話そうか」
正直に言えば呼ばれた理由が本当にわからなかった。
少し前までよりも朝倉との距離感は遠くなっているからだ。
いま友達をやめてほしいとか近づかないでほしいとか言われても全く無問題なんだけど、どうするのだろうか。
「何度もしつこく誘って申し訳ないんですが、今度一緒にお出かけしませんか?」
「なんでそんなこだわるの? 私なんかと行っても楽しくないよ」
面白い話を話すことも、気の利いたこともできるわけではない。
しかもこの子はそんなことに意識を向けている場合ではないだろう。
もう私立受験が目の前にある。
それが本命であっても保険のためであっても頑張った方がいいに決まっている。
お出かけなんて私立及び公立受験が終わってからでもいいじゃないか。
それこそ3月に行った方が暖かいし、心配になるようなこともないのだから。
もちろんその場合は私ではなく伊藤とか他の子を誘ってほしいけどね。
「やっぱり……駄目ですか?」
「駄目じゃないけど私が一緒に行くメリットがないでしょ? 仲良くしているところを見せつけたいということなら余計にね」
「そんなつもりじゃ、ただ、夕美さんはあなたがいた方が楽しめると思うので」
「違う違う、私達は別に仲良くないよ」
どこをどう判断してそういう思考になるんだろう。
そもそもの話、朝倉といるところを彼女は見たことがあるのか?
仮に聞いた情報だけで判断しているのならアホとしか言いようがない。
「伊藤さんでも誘いなよ、その方が朝倉さんもよっぽど楽しめるから」
大切で好きな彼女のことを考えるならもっと把握しようよ。
いま私達がどうなっているのか、表面上だけで判断してはならない。
「いとう……あ、伊藤さんって幼馴染の方ですよね?」
「うん」
なんかその言い方だとまるで私は違うみたいじゃん。
いやでも間違っていないのかな。
それに甘えて、それだけでなにもしてこなかったから。
だから伊藤を悪く言えるような立場ではないのだ。
……意地を張ってまだ謝ってはいないけど。
「わかりました、嫌われても嫌なのでこれで最後にしますね」
「うん、その子達と行った方が絶対に楽しいから、それじゃあね」
私なんか、なんて思っていても口に出すべきではないと反省した。
構ってほしくてこんなことを言っているわけではないからだ。
仮にそれで心配して構ってくれたのだとしても引っかかるから。
これまでのはポジティブではなく直視しないように生きてきただけなのかもしれない。
その証拠にポジティブ思考なんて全くできないもん。
変にポジティブにいすぎるのはそれはそれで問題だからこれでいいのかもしれなかった。
「木谷先輩っ」
「まだなにか用があったの? 別に朝倉さんとはなにもないからね?」
「なにを不安になっているのかはわかりませんがひとつ答えてほしいことがあるんです、いいですか?」
「いいよ、早く言って」
これからごはんを作って食べるんだから。
前回みたいに風邪を引いても嫌だから時間を遅らせたのだ。
入浴後に外に出るのは寒くて仕方がないから。
「学校に通うのは楽しいですか?」
「楽しくないよ」
なにも楽しくない。
母が学費を払ってくれているから仕方がなく行っているだけで。
思考がマイナス寄りになってからなんでも悪く見え始めてきてしまったのだ。
賑やかなのも耳障りとか、なにがそんなに楽しいのかわからないとか、明らかに面倒くさい人間になってしまっている。
まあこのことに関しては昔からそうだったのかもしれないけどね。
彼女はすっごく微妙そうな顔で「……ありがとうございました、これで失礼しますね」と言って歩いていった。
ここにいつまでもいたところでなにか得することがあるわけでもないからこちらも帰ることにして歩き出した。
「寒い……」
どうすれば楽しく過ごせるのかがわからなくなってしまった。
あくまで表面上だけは仲がいい者同士みたいに振る舞ったとしても、他者といるときとの違いを感じて駄目になる。
駄目になるとリセットしたくなるというか、投げ捨てたくなるというか、どうでもいいとばかりに適当に対応をするようになるから問題ばかりが増えていて。
だから本当は盛り上がれるみんなが羨ましいのだ。
心の底からとは言えなくても彼ら彼女らはまず間違いなく私よりも学校生活というやつを楽しんでいるから。
だが、やっぱりどうすればいいのかはわからないままだった。
わからないまま2月、3月と普通に時間は経過して春休みに突入した。
その春休みも今日で終わるというところまできていて、ひとりでいることしかできない私は時々家事をしたりしながらもだらーっとしていた。
これならまだ学校に行っていた方がマシだ。
とはいえゲームとかには興味がないし、単純に無駄遣いに該当するから我慢するしかないことはわかっている。
明日どうなるのかな、クラス分けがどうなるのかで1年間普通に過ごせるかが変わるぞ。
まず朝倉及び伊藤とは――夕美と樹里とは離れたい。
後から悔やむことになったとしてもそれでいいから。
ただ日頃の行いがいいとは心から言えないし、仮に日頃から人に良くしていても結局先生達次第だから意味はない。
「はい――げ……」
「失礼な反応ね」
なんで彼女は私のところに来るのだろうか。
彼女もできて、樹里という幼稚園の頃からの親友がいるのに。
「いい?」
「え、あー、汚いから無理かも」
「嘘よね、あなたは掃除を忘れないじゃない」
一緒にいたくなくて無理だ、そう言ったと察してほしいが。
仕方がないから上げて飲み物だけは渡しておいた。
それぐらいは常識としてしなければならない。
「なんのために来たの?」
彼女は結局最終日とかにしか来ないのだ。
一応の確認なのだろうか。
それをしておけば私は満足すると考えているのだろうか。
気づく前までならそれでも良かった。
馬鹿みたいにずっと来てくれるとか信じて、ずっと来てほしいとか願っていたことだろうが、もういまとなっては面倒くさいことでしかない。
心配しているふりとか、気にしているふりとかそういうのはいらない。
「全く連絡してこなくなったけれど、なにをして過ごしていたの?」
「なにをしてって、家事だよ、それぐらいしかやることがないでしょ」
「遊びに行ったりとかしなかったの?」
彼女は少し驚いたような顔でそう聞いてきた。
あのねえ、誰だって遊びに行ける友達がいるわけじゃないんだぞ。
お小遣いを貯めているから最新のゲーム機だろうが買えるが、だからって使いたいとは思わない――つまり、ひとりでどこかに行ってお金を使いたいとは思えないのだ。
「朝倉さんとは違って伊藤さんしか友達がいないうえに、伊藤さんとの関係は悪くなっているんだから遊びに行けるわけないでしょ」
母は、大人は私達が春休みだろうが仕事があるんだから。
そうなれば完全にひとりだ、だからどうしようもないことなのだ。
「また喧嘩をしたの?」
「いや? 喧嘩をするほど一緒にいられていないからね、それに仲が良くないと喧嘩なんてできないでしょ」
いちいちそんなことを気にするぐらいなら自分が誘ってくれればいいと思う。
でもそれは池上さんがいるし、なにより彼女の意思でしたくないということがもういい。
だったら出さなくていい、そんなのは無駄だから。
「なにをしに来たの? 池上さんと遊びにでも行ってくればいいでしょ、こんなところで無駄な時間を過ごしているぐらいならさ」
「どうしてそのようにマイナス思考をするようになってしまったの? 奏海からも何度も聞いたけれど」
そもそもあの子もおかしいんだよ。
なんで彼女ではなく全く関係のない人間である私を誘うのか。
最後にしますと言ってからは来ていないから守ってくれているみたいだけど、本当に最初から最後までよくわからなかった。
当然、彼女の前とは違ってハイテンションではなかったわけだからね。
そういう差を見せつけられるとよくわからなくなるから勘弁してほしい。
「だってさ、伊藤さんには言えて私に言えないっておかしいでしょ、つまりそれは仲が良くなかったことでしょ?
「それは樹里を優先したわけではないわ、あなたには言いづらかっただけで」
だから結局そこに繋がっているわけじゃないか。
言いづらいなんてそれしか考えられない。
なにか引っかかることがあるからそうなるのだ。
って、別にもうこれはいいや。
「朝倉さんは池上さんや伊藤さんとだけ仲良くしておけばいいんだよ、私に言えることはこれだけだよ」
これ以上いられてもなにもいいことはないから帰ってもらうことに。
それでも多少の時間つぶしになったのはいいのかもしれない。
とはいえまだ正午頃、残りの時間をどう過ごせばいいのか。
「もしもし?」
「未依、あなたがどれだけ拒み続けようと私は行くからそのつもりでいなさい」
「行くからって来ないじゃん」
いや、やっぱり夕美と樹里はよく似ている。
相手がうん、もしくは、はいと言うまで諦めない。
何度でも近づいて相手からその答えを引きずり出し、相手をその気にしたら距離を作るまでがワンセット。
つまり質が悪い人間達だった。
「え、なにこれ」
家ではないというのについつい呟いてしまった。
だって、机の上には板チョコが1枚置いてあったからだ。
あ、ちなみに夕美と樹里とは離れることになった。
その点は良かったんだけど、この板チョコ1枚には謎しかない。
しかもかなりの不気味さ不自然さだ。
「気づいた?」
「……なんで板チョコ?」
「ん? だってあなたはチョコが好きでしょう? それもシンプルなやつが」
確かにそうだけど、だからって板チョコを置く?
置くぐらいなら渡してくれた方がマシだ。
このままだと不自然すぎて人によっては捨てたりする人もいるかもしれないから板チョコのことを考えればそうするべきだろう。
彼女は結局回収することなく教室を出ていってしまったので面倒くさいことになってもあれだしと鞄の中にしまってしまうことにした。
コミュ障というわけではないから無難に自己紹介タイムもやり過ごし、HRも終わったから帰るために準備をしていたんだけど、
「さ、行くわよ」
「え、あの?」
「奏海と約束しているの、今日はあなたも連れて行くわ」
唐突に来たと思ったらこれ……。
そういえば池上さんも今日から高校生か。
そりゃ、特別な理由がない限りここを選ぶよなあ。
私はここを学費が安いのと距離が近いという理由で選んでいるし。
……樹里と同じクラスになったのにどうして別行動をしているんだろうか、恋人と会いたくないから避けているということだろうか。
「あ、夕美さんっ」
「待たせてしまってごめんなさい」
「いえ、学校内であなたと会えるのは嬉しいです」
これだよこれ、こういうのを見たくないから避けていたんだよ。
いまはもう完全にふたりの世界を構築してしまっていた。
とはいえ、露骨に帰りたがったりすると逆に意識を向けられてしまうからどうしたものか。
「あんたなにやってんの?」
「ちょ」
慌てて腕を握って連れ去った。
なにやってんのって見ればわかるでしょうがと言いたくなる。
「ああ、奏海と一緒にいるんだ」
「ん? どうして名前呼びなの?」
しかも呼び捨て、相手が中学生だから?
「あんたが愛想ないときに一緒に遊びに行ったのよ」
「へえ、すぐに仲良くなれてすごいですね、さようなら」
彼女を生贄にして帰ることにした。
ま、誘えと言ったのは私なんだから仕方がない。
私のことを誘うなとも言ったのだからこうなって当然だ。
「ふふふ、待ちなさいよ」
「えっ、あれっ?」
気づいたら目の前にいて、私の両肩を掴みながら不気味な笑みを浮かべていた。
仮に付いてきていたのだとしても急に目の前に現れるのはおかしい。
「あんた、まだ怒っているからあんないちゃいちゃしているふたりのところに放置しようとしたんでしょ」
「違うよ、朝倉さんといたいのは伊藤さんだからって思っただけ」
「余計なことすんな、彼女といるときの夕美といたいわけ――」
「奏海は悪い子ではないわよ?」
彼女は数秒の間固まっていたが、はっとしたのかひとつ息を吐いてから「別にあんたの彼女を悪く言っているわけではないわ」と答えていた。
くそう、樹里のせいで追いつかれてしまったようだ。
こうなってしまえば先に単独で帰ることなんて許されない。
仕方がないから1番後ろをゆっくりと歩いて帰ることにした。
彼女達が会話で盛り上がってこっちのことを意識してくれないのが1番、だったのに……。
「すみませんでした、こちらからはもう言えないので夕美さんに頼んで誘ってもらったんです」
「謝らなくていいよ、遊びには行けないけどね」
こうなってくると夕美といるのは本当に良くない。
樹里ともそうだ、そのためにクラスを離してくれたはずなのに……。
「……なんでですか」
「なんであなたも私にこだわるの?」
私だったら絶対に好きな人と過ごそうとするけどな。
私じゃなくても好きな人がいるならそうするはずだ。
だからやっぱりこの子はおかしい、ついでに夕美もおかしい。
「あなたとお出かけしたいからです」
「あくまで朝倉さんもいてで――」
「あなたと私のふたりだけで、です」
いや、いまはこのことより言いたいことがある。
「駄目じゃん、結局言ってるじゃん」
「こ、これは仕方がないじゃないですか」
「それでも約束を破ったわけだからね」
「ずるいですよっ」
ずるいとか言われても過去に言ったことを破ったのだから駄目だ。
「池上さ――」
「奏海と呼んでください」
「とにかく、合格できて良かったね、おめでとう」
「……ありがとうございます、どうせなら合格したときに言ってほしかったですけど」
一応、夕美が言ってきたけどおめでとうと言っておいてってだけで済ませてしまったんだよなあと。
だって、私からおめでとうと言われても嬉しくないだろうしね。
それなら逆になにも言わない方が両方のためになると思ったのだ。
「あんた人の彼女になに絡んでんの?」
「なんか一緒に遊びに行きたいとか誘ってきてさ」
「ふーん、なら行ってあげればいいじゃない。あと、名字呼びは絶対にやめなさい、分かった?
分かってないならこれから何度も言うけど?」
「わ、わかったから夕美と歩いてて」
「分かったわ」
くそ、仮に私が彼女と遊びに行っても夕美が振り向いてくれるわけではないぞっ。
もうちょっと彼女は考えて行動した方がいい。
とりあえず最初の通り、夕美と樹里、私と彼女という形に戻った。
「一緒に行って、くれますよね?」
「わかったよ……」
「ありがとうございますっ」
そもそも一緒に出かけるのはいいけど、どこに行くのか決まっているのだろうか。
当日になって大して行くところもなくて早々に解散、なんてことにもなりかねないのに。
「奏海ちゃんは……」
「奏海でいいですよ」
「奏海はどこに行くつもりなの?」
というかこれって浮気とかそういうのに該当しないのだろうか。
私が人の彼女を取ろうとしているとか言われなくて済む?
もし言われたら今度こそ引きこもってしまうから気をつけてほしいが。
「牧場です、美味しいアイスを食べられるところがあるんです」
「あ、それって牧野山牧場?」
「そうですねっ、少し遠いですけど美味しかったのでっ」
あ、私が相手でも初対面のときのハイテンションさが出ている。
じゃあこの子は素がこれなんだろうな、それがわかっただけで結構満足できてしまったかもしれない。
……どんなに仲良くなろうと夕美の彼女であることには変わらないから気をつけないといけないけど。
「あ、夕美さんのことなら気にしなくて大丈夫ですよ」
「……私を巻き込まないようにしてね」
「はい、そのことについては私が全部責任を取りますから」
ま、それなら付いていくぐらいしてあげてもいいか。
それこそ休日なんて暇すぎるから利用させてもらえばいい。
アイスとか甘い物は単純に好きだからたまには食べたいし。
それに約束は破ったけどここまで言ってくれているならと考えなくもなかった。
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