03話.[怖いじゃないっ]
移さないように一応マスクをしておいた。
それでなんとか席までやって来られた私だったけど、夜中にはしゃいだことが逆効果だったのかもう帰りたい気持ちでいっぱいだった。
今日は賑やかなのも突き刺さるし、とてもじゃないけどここは落ち着ける空間ではないから。
でも、みんなはあくまで普通に登校してきて、そして普通に友達と盛り上がっているだけ。
悪いのはろくに体調管理もできない私の方で。
だから頑張って教室にいることにした。
なーに、授業を6回受けたら終わりなんだから気にする必要はない。
途中、何度か樹里が来てくれたものの、治ったけどみんなのためにと説明してやり過ごした。
ちょっと歩くのがだるいから終わっても少し休憩してからにしようと決めて寝ていた。
「未依、帰らないの?」
「うん、席と机が好きになってさ」
「私はもう帰るわね、奏海と約束をしているの」
「うん、楽しんでね」
ど、どスルー、どうでもいいよねこんなこと。
それに私は心配してもらいたくて学校に来ているわけではないのだから。
樹里もある程度のところで来て用事があるからと出ていってしまった。
あまり長居してもだるくなるだけだから18時半前に出ることに決めて歩いていた。
歩いているとわかる、一昨日や昨日よりも余計に酷くなっていることが。
土曜日まではまだあった、母に心配をかけないためにも休むわけにはいかない。
けど調子が悪くなって結局、夕美や樹里を頼ることになるぐらいなら休んだ方がいいかもしれないと弱い心が囁く。
駄目だな、体調が悪いからなのか全て悪い方に考えてしまっているぞ。
「あ、木谷先輩っ」
「え、えっと……」
「あ、池上奏海です、よろしくお願いします」
今日は部活動も休みだったか? と考えていたら時間のことを思い出して納得をした。
彼女は一体なんのためにここにいるのだろうか。
だって、夕美がこの子と約束があるからって出ていったのにも関わらずだよ?
「大丈夫ですか? 顔色が凄く悪いですけど」
「うん、それより朝倉さんはどうしたの? 朝倉さんがあなたに用があるからって出ていったんだけど」
「あ、先程一緒にお勉強をさせてもらいました、もうすぐ私立受験なので本当にありがたいなんですけど」
彼女は「そもそも好きな人といられることが嬉しいですけどね」といらない情報も吐いてくれた形になる。
いまここに樹里がいなくて本当に良かったと思う、あの子はずっと夕美のことが好きだったんだからね。
「ごめん、頭が痛いから帰ってもいいかな?」
「あ、送りますよ、木谷先輩とお話しがしたくてここにいさせてもらったんです」
「うん、それでもいいからさ」
どう考えても私の好きな人間に近づくなって言われるパターンだよね、そんなつもりもないのにこれも利用するために演技しているとか言われたら嫌だぞ……。
「木谷先輩、調子が悪いところ本当に申し訳ないんですけど、……今度一緒にお出かけしてくれませんか?」
「え、そんなの……朝倉さんに頼めばいいんじゃない? 私立受験がもうすぐということなら好きな人といれば幸せになれるでしょ?」
そろそろ本当に体調を治して買い物などに行かなければならないのだ。
彼女が行きたがっているお出かけの中に含まれているはずの買い物とは違って本当に必要なものだ。
あとは単純にいちゃいちゃを進んで見たいわけではなかったからかな。
これは仮に樹里みたいに夕美のことを好きじゃなくてもそう考えると思う。
「ごめん、その場合はふたりで仲良く行ってきてよ」
「そうですか……、それなら仕方がないですよね」
送ってくれてありがとうときちんとお礼を言って彼女と別れた。
恐らくそのときには体調も治っているだろうが、そんなところを見たらまた逆戻りするだろうから駄目だ。
なんでもかんでも受け入れればいいわけではない。
まず間違いなく私がいない方が上手くいくという場面ではこうして引くことも重要だろう。
「待っていたわよ」
「冷えたでしょ? ちょっとだけでもいいから上がっていきなよ」
「最初からそのつもりよ」
鍵を開けて彼女を家の中に入れた。
飲み物を渡して――あ、ちなみに樹里だ。
用があると出ていったのになにをしているのだろうか。
「冷えたわ……」
「風邪を引かないでよ?」
「あんた遅すぎよ、まだ駄目だったの?」
「うん、調子が悪くて寝ていたんだ」
「とりあえずあんたは部屋に行って寝なさい。寝るまではいてあげるから、澄子さんが帰ってきたら帰るから心配しないで」
お風呂と言ってみたものの、彼女が聞いてくれることはなかった。
だから体調も悪いし気にしないで寝ることにする。
体臭を気にしている場合じゃないんだよね、いますぐにでも体を休めたかった。
「ちゃんとかけて」
「うん……」
「手を握っててあげるから早く寝なさい」
「あ、用事はいいの?」
「いいのよ。いいから寝ることだけに集中しなさい、あんたが元気ないと調子が狂うのよ」
うん、家事も満足にできないから早く治さないと。
彼女がいてくれるということなら昨日や一昨日よりも気持ち良く寝られると思う。
「泣き虫」
「……誰かがいてくれるって嬉しいんだよ?」
母の帰宅時間がせめて17時とか、それは無理でも19時とかだったらまだ良かったのだ。
でも。実際はそうじゃない。
それどころか日によって全く違うから寂しさの強さは変わらなかった。
一緒にごはんを食べたい、一緒に過ごして楽しく話したい、たまには一緒に寝たい。
が、母は激務で疲れているから甘えるなんてことはできずにいて、結局はひとりで寂しかったのだ。
だって何時にかはわからないが、帰ってきてくれてもそこから一緒に過ごせるわけではないからね。
「ブランケットとかない? これだと冷えるから」
「あそこにあるよ」
「借りるわね、あたしまで風邪を引いたら馬鹿らしいから」
別に夕美が優しくないとか言うつもりはないけど、樹里みたいにいてくれるのは嬉しいな。
ま、夕美が来ない理由は分かっている、彼女さんのことを考えて行動しているのだ。
それかもしくは、そもそも私なんかために時間を使いたくないのかもしれない。
なにをしてあげられたというわけではないからしょうがないことだと片付けた。
「樹里好き……」
「あたしは夕美があの子を好きになって付き合おうとずっと好きだから」
「わかってるよ……、ありがととだけ言ってくれればいいじゃんか……」
好きならなんで動かなかったんだよ。
中学生の女の子でも積極的に行動して夕美の彼女になれたというのにね。
「あんたは勘違いしそうだからね、はっきり言っておかないと面倒くさいことになりそうだから嫌なのよ」
「じゃ、なんで積極的に行動しなかったの? できたよね、私達はずっと一緒にいたんだから」
まあ、池上さんといつ知り合ったのかはわからないから細かくは言えないけどさ。
それでもたくさんあった時間を上手く使ってこなかったのは樹里だ、そのことだけは絶対に変わらない。
「あんたがそれを言うの? 夕美があんたの相手ばかりしていたからでしょ」
「関係ないよ、夕美のことが好きなら頑張れば良かったよね? 私を言い訳にして自分を納得できないけど納得させようとしていたんじゃないの?」
「それ以上言ったら怒るわよ」
「ただ自分がう、動けなかったくせに私のせいになんかしないでよっ」
ぱちんと叩かれて睨んでしまった。
だってそうだ。
自分が動けなかっただけなのに私のせいみたいに言われるのは納得できない。
子どもだと言われても構わなかった、なんでも自分が悪いと考えればいいわけではないのだ。
「帰るわ、あんたなんかもう知らない」
「いまからでも告白したら? どうせ絶対に無理だろうけど、気持ちを整理することはできるんだからね」
彼女は部屋から出ていった。
私は布団の中にこもって寝ることに。
「やっぱりお風呂に入ってこよう」
私は悪くない、悪いのは勝手に私のせいにした樹里だ。
どうでもいいや、早く治すことだけに専念しよう。
「もう日曜日か」
結局、平日から日曜までずっと休んでしまった。
精神が弱いからではなくて本当にずっと体調が悪かったからだ。
消して逃げているわけではない。
それでやっと治ったので買い物に行こうと外に出たんだけど、
「あ、お財布忘れちゃった……」
いつも利用しているスーパーの前まで来てやっと気づくという馬鹿なことをしてしまったことになる。
なにをやっているのかという話だ。
これまでずっと転んでいたからぼけてしまっているのかもしれない。
「未依? あなた治ったのね」
「家に帰らなければならないからじゃあね」
いま2番目に会いたくなかった人間に遭遇してしまった。
普通は気づいても無視するよね、こっちことなんか微塵も心配していないんだからさ。
夕美と樹里の間には対私の場合と違ってなにかがあったのかもしれないが、私の方にはなにもない。
それはそうだ、甘えてばかりの人間になにかしてあげようと考える人間はいない。
聖人でもあるまいし、無償で相手のために動ける人間などいないからだ。
「あった、お金もちゃんと入っているよね」
声を出して、しっかり指差し確認をしてからもう1回スーパーに向けて歩き出した。
今度はなにも問題はなかった。
ある程度まとめ買いをして帰ろうと考えたのが悪かったのか、帰りはかなり最悪だったけど。
日曜までずっと寝ていた人間には本当に苦だった、やらせてもらっているから途中で投げ出すわけにはいかなかったのがいいかもしれないね。
「お買い物に行っていたのね」
「卵とかしまわなきゃいけないからじゃあね」
私はどうして彼女といるのだろうか。
別に手伝ってくれようとしたわけでもない、ただそこにいるというだけでここまで居づらさを感じたのは初めてだった。
「ずっと調子が悪かったの?」
「どうでもいいよ、もう終わったことなんだし」
って、彼女がなにか悪いことをしてきたわけわけではないんだから投げやりにならなくてもいいか。
「それより池上さんが誘ってきたよ、ちゃんと見ておかないと駄目だよ」
「誘ってきたっていつ?」
「ゆ……『奏海と約束をしているの』と言ってきた日、つまり私が風邪で休む前のことだね」
名前で呼ぶのも違うかもしれないと初めて思った。
情報を伊藤さんには早く言っていたことといい、私の考えは別にマイナス思考によるものとは言えなさそうだから。
「別に構わないわよ? 私だってあなたや樹里といるのだから縛るようなことはできないわ」
「伊藤さんの相手だけをしてあげてよ、私のことは放っておいてくれればそれでいいから」
実はこういうやり取りを過去にもしたことがあった。
そのときも私から言い出したのだ。
だって樹里や他の子の相手ばかりをしていたから不必要なものにして片付けたかったのだ。
そうしておけば無駄に期待して傷つくこともなくなると考えていた。
実際は夕美がそれを良しとしなかったせいで思考そのものが無駄になったわけだが。
「やっぱり樹里となにかがあったのね」
「私が悪いことだから」
「それはふたりの話を聞いてみないと判断できないわ」
彼女は立ち上がって静かな瞳でこちらを見てきた。
「明日は来られるのね?」
「うん、まあ」
「それなら良かったわ、また明日会いましょう」
夕美のどっち付かずのところは昔から嫌いだ。
関わる相手からいい人だと思われたいのだろう。
だから先程みたいに両方の話をちゃんと聞こうとする。
だからって味方をしてくれるわけじゃないと。
今回のこれは私が悪いことは明白だからまず間違いなく責めてくることだろう。
そうしたらなにもかも壊しかねないからそんなときがこなければいいなって真剣にそう真っ直ぐに願った。
だが、願ったところで明日というやつは必ずやってくることも分かっていて。
なんとも言えない気持ちになりながら翌朝、制服を着て学校へ向かったのだった。
放課後、夕美によって樹里と話し合うことになったのだが。
「謝りなさいよ」
彼女はそれの一点張り。
こっちが頑なに謝らなければ謝らないほど、悪口祭りに発展していく。
さらにはこっちの頬をまた叩いてきて、さすがの私も我慢できなくて仕返したらそこからはもう止まらなかった。
叩いたり、髪を引っ張ったり、押したり、引っ張ったり。
夕美が止めてくれるまではずっとやっていた。
伊藤……さんの爪が長ったせいでこっちは血が出るぐらいで。
全然手加減とかないんだから困るね。
「はぁ……」
私の場合はこうしてぶつかり合いをしたところで仲良くなるどころか益々悪くなるだけなので虚しかった。
そもそもの話、ぶつかり合いなんかしないで仲良くできた方がいいに決まっている。
「未依」
「ごめん、変なところを見せちゃって」
過去に謙虚でいた方がいいということで我慢してきたものが全て出た形となる。
にしても本気ではないとはいえ、人のことを叩いたり引っ張ったりしたのは初めてだった。
もう2度と同じようなことはしたくないと言える。
先程も考えたことだけど仲良くなるどころか悪くなっていくだけだから。
「私が煽ったからこんな感じになっているんだ、そもそもないだろうけど伊藤さんのことを責めないであげてね」
いつまでもトイレにいたって馬鹿らしいから荷物を持って帰ることにする。
帰り道はあくまで平和だった。
叩かれるわけではないし、悪口を言われるわけでもないし、自分ひとりだから自分のペースで帰れるし。
「死ねぇっ!」
「ぐぇっ!?」
……風邪のときみたいに床、今回の場合は地面とキスすることになった。
急襲とは卑怯だ、それに彼女は私に思いきり攻撃していたくせにまだ足りないのか。
「あんた夕美にももう一緒にいなくていいとか言ったんだって?」
「うん、だって心配していないのに心配しているふりをしてくるから」
彼女は私の背中に座って「夕美はあんたのことを心配していたわよ」と言ってきた。
あくまでそういう風に装っていただけだ、その証拠に日曜まで来てくれなかったじゃないか。
それに池上さんに自分と彼女が疑われないように名字呼びにしたり先に行ったりしたのに、勝手に悪い方向に捉えて睨んでくるしさ。
「どいて」
「分かったわ」
ついた汚れを落としつつ、さすがに死ねは言っちゃ駄目でしょって考えていた。
それだけは言ってはいけないことだ。
「早く家に帰りなよ」
「あんたの家に帰るわ、着替えも持ってきたから」
「は?」
「今日は泊まるの」
はぁ、やっぱりこれなら夕美の方がいい。
踏み込もうとしてこないのもそれはそれで心地が良かったのだ。
しかもそこに更に彼女さんができたということで余計に付かず離れずな感じでいいと。
「ただい……わっ!?」
「今日はごめん……」
「いいよもう、リビングに行こ」
謝られたってなにが変わるわけじゃないのだ。
だから私は謝ったりしない。
飲み物をローテーブルに置いてソファに座っていたら彼女も横に座った。
そこからこちらの顔に触れて、傷になった部分を撫でつつ「大丈夫?」と聞いてくる。
「痛いって」
「ごめん……」
これは多分、まだ怒っているんだと思う。
そうでもなければ傷口を撫でたりはしないだろう。
「もやし炒めとシチュー、どっちがいい?」
「シチュー」
「もやしが悪くなっちゃうからもやし炒めね」
「じゃあ聞かなければいいじゃない……」
なんでも自分の思い通りになるわけではないことを教えたかっただけだ。
ま、夕美があの子と付き合っている時点でよく分かっているんだろうけど。
「ねえ、なんで本当に諦めちゃっていたの?」
「だからあんたがいたから……、いや、拒絶されると思ったからよ」
「池上さんと付き合い始めたのが過去のことなら良かったのにね」
「そんなこと言っても仕方がないわよ」
とにかく女の子も対象に入るということがわかっていればなにかが変わったかもしれない。
本当に言っても仕方がないことだが、なんでってずっと後悔しそうだから。
「でも、あんたの言う通りよ、ぶつける前から諦めてしまったのが馬鹿らしいわ」
「ごはん作るね」
いや、それでも謝ったりはしない。
彼女は十分、先程のあれで鬱憤晴らしをできただろうからだ。
名字呼びは継続するし、来ない限りは自分から行ったりはしないと決めている。
本当なら家になんか泊めたくはないが、拒んでまた叩かれても嫌だから従っているだけだ。
「できたよ」
「うん」
一緒にごはんを食べられても嬉しさはなかった。
最近は涙を流しすぎたのかもしれない、それで乾いてしまったのかも。
「あ、お風呂は溜めてあるから食べ終えたら入って」
「うん」
その間に洗い物を済ませて部屋に戻ろう。
彼女はここを初めて利用するというわけではないからわざわざ教えなくてもいいのは楽だ。
洗い物を終えたらついついこたつの誘惑に負けそうになったものの、予定通り先にひとり部屋へと戻った。
鍵を閉められないから扉だけはきちんと閉めて、まだお風呂に入っていないからベッドにではなく床に寝転がる。
「朝倉さんの家に行けばいいのに」
「できるわけないでしょうが」
「ノックしてから入ってきてくださーい」
彼女は私の上に座って髪をタオルで拭いていた。
見たことがないタオルだから彼女が持参した物なんだろうとすぐに察する。
「つかさ、なんで名字呼びにしてんの?」
「内側では夕美って呼んでいるから問題ない」
「不快だからやめなさい」
無理やり上半身だけ起こして彼女を見る。
電気を点けているわけではないから意味のないことだけど。
「だって、ふたりは仲がいいけど私は仲良くないって気づいたからだよ」
今度は許可を貰わずに抱きしめた。
でも、体勢が厳しすぎて彼女を引っ張ってしまうことになったのは申し訳ない。
「こ、怖いじゃないっ、引っ張るのはやめなさい」
「……喧嘩なんかしたくなかった」
「って、あんたが煽ってきたんだからね?」
「だって私のせいとか言うから、なにもできなかったくせにって言いたくなったんだよ」
そのまま抱きしめたまま目を閉じた。
彼女はベッドで寝ようとか言ってきたが、無視して布団だけをかけて寝ることにした。
ここにいるのなら私の言うことを聞かなければならないのだ。
彼女に自由を与えるつもりはとてもじゃないがなかった。
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