02話.[思い込んでいる]
夕方頃、家事をするために起きて動き始めてから約10分後。
床に直接うつ伏せで寝転んでうーんうーんと言葉を漏らす機械になっていた。
冷たくて気持ちがいい、さっきまで暑くて汗だくだったから余計にそう感じて床に張り付いていた。
そんなときに鍵が開けられるような音がして「ただいま」と母が帰ってきたのがわかった。
がさがさと音が聞こえるからなにか買ってきてくれたのかもしれない。
「未依ー?」
「ここだよー」
「って、なにやってるのっ、風邪なんだから寝ておかないとっ」
「暑くてここに転んでたんだ、へへへ、冷たくて気持ちがいいー」
ちなみに夕美が行くって言ってくれていたものの、夕美経由で受験生の彼女さんに風邪を移しても嫌だからということで断っておいた。
単純にあの子に移したくないというのが大きい。
「とりあえず座って、汗なら拭いてあげるから」
「ごめん……、あんまり治らなかった」
「いいって、ほら」
はぁ、なんか冷たいんだけど温泉に入ったときのそれと似ている感じ。
ほうっとなる、温泉に入ったのなんて小学3年生のときの旅行が最後だから余計にそう感じるのかも。
「ありがとう」
「いつも未依には負担をかけちゃっているからね」
「ううん、家事ぐらいしかできないのが申し訳ないよ。だから家事すらできない私はいる権利がないよ……」
「そんなこと言わないの、いまからごはんを作るからね」
汚しても嫌だから床にそのまま寝転んでおくことにした。
ソファと違って掃除が楽だからという理由で。
作ってくれたごはんを食べて、食べて……。
「な、なんで泣いているの?」
「わからない、でも、なんか涙が出たの」
ぐしぐしと拭って流しに持っていく。
まず間違いなくお風呂には入らせてもらえないから大人しく部屋で寝ることにしたんだけど。
「今日は寝すぎたし、まだ夕方だし……」
小学生時代からの癖だけど、独り言がどんどんと増えていく。
「未依、入るわよ?」
「え……」
幻聴かと思って少し黙っていたら「もう、寝てなくちゃ駄目じゃない」とあくまで彼女らしいことを言ってくれた。
「いやいやいや、え?」
「いま来たのよ、私のせいで風邪を引いてしまったのだからなにもしないでおくのは無理よ」
「もうごはんも食べたし、いっぱい寝たから大丈夫だよ?」
というか、これ以上寝ると逆にダルくなって終わる。
心配して来てくれた彼女には悪いが、座らせてもらっておくことにした。
「澄子さんに聞いたんだけど、泣いたって本当なの?」
「うん、多分普段は自分で作ってひとりで食べているからだと思う」
「寂しいのね、風邪のせいで余計に強く出たのかしら」
それこそ普段ならみんなといる時間にひとりでいたからだと思う。
……彼女に自由に抱きついたりできなくなったのも影響しているかな。
彼氏ではなくて彼女だから余計に気にしなければならないのだ。
いまは彼女を独占できていることになるが、進んで何度も風邪を引きたいとは思えなかった。
「来てくれてありがとう、でも、移したらあれだからもう帰りなよ」
「明日は来られるの?」
「多分」
あれだけ寝たからこそなのか、あれだけ寝てもなのか、体の調子は良くはなかった。
行けないかもしれないし、無理して行くかもしれないし、みんなのことを考えて行かないかもしれないしという感じ。
「あ、夕美のせいじゃないから安心してね、私があの後すぐに寝なかったのが悪かったんだよ」
風邪のとき用とはいえ、普通にごはんは食べられたのだからそこまで心配しなくていい。
自分のことを優先し、彼女さんのことを優先してくれればそれで良かった。
同情してほしくてあんなことをしていたわけではないのだから。
それに彼女に可愛いところをアピールしたところでなにも意味はないからね。
数回言ったら彼女は納得して帰ってくれた。
もちろん、勘違いされないように風邪を移したら嫌だということを何度も言うのは忘れずにしておいたが。
「うーん……」
翌朝、なんとも言えない感じだった。
ただ、休むほどではない気がしたから制服を着て家を出た。
それでも一応朝ごはんは食べずにしておいた。
「おはよう」
「うん、おはよ」
んー、本当にこういう中途半端な状態なのが1番疲れるなあ。
これだったらまだ高い熱が出るか、完全に治ってくれていた方がいい。
「あぁ……」
「まだ調子が悪いの?」
「ううん、昨日初めて休んじゃったからさ」
「ああ、これまで皆勤だったものね」
彼女にはなるべく心配をかけたくなかったというか、彼女にはなるべくこっちに意識を向けてほしくなかった。
付き合う前なら遠慮なく甘えて、なんなら一緒に寝てもらうぐらいだけど、残念ながら彼女ともうそういうことはできないからだ。
「夕美先輩っ」
「おはよう、奏海は今日も元気ね」
おぉ、やっぱり可愛い響きだ。
みよも普通に可愛いんだけどね。
「ゆ……朝倉さん、私は先に行っているからね」
さすがに一緒に登校できるほどメンタルは強くない。
明らかに空気が読めない存在とは思われたくないのでね。
名字呼びにしたのも面白くないだろうからだ。
そもそもの話、会話をしながら登校していたらゆっくりすぎて朝から疲れてしまいそうだったからに過ぎない。
よし着いた。
無駄に体力を消費しなくて済んだから朝から駄目な状態というわけではなさそうだ。
「あ、木谷さん、ちょっと手伝ってくれないかな?」
「運べばいいの? わかった」
わざわざ聞かなくたって彼女を追っていけばいいんだから楽でいい。
ただ、なかなかに重いな。
本調子ではないから重く感じるのかもしれない。
「ありがとうっ、往復するのがめんど――大変だったからさ、木谷さんがいてくれて良かったよ」
「役に立てたのなら良かった、頼ってくれてありがとう」
それでも授業以外は休んでおかないとな。
席に着いたら凄くほっとした。
今日は移動教室もないし、ここから動かなくてもいいのは大きい。
「木谷、おはよ」
「おぉ、やっと来てくれたか、もうひとりの友よ」
「なによその言い方、最近は少し忙しかったのよ」
別のクラスだと会うのも結構一苦労だ。
相手が誰かと盛り上がっていたら邪魔しにくいからね、こうして来てくれるのが1番ありがたいかな。
伊藤
どちらかと言えば夕美といることの方が多いかもしれないね。
「樹里、もっと来てよ」
「昨日来たらあんたがいなかったのよ」
「あはは……、風邪を引いちゃってね」
「それは夕美から聞いたわ、自分が原因だって凄く暗い顔をしていたわよ」
繊細なところがあるからないとも言えないか。
確かにあれでは自分が原因だと考えてしまうのも無理はない。
「ん? あんたまだ本調子じゃないのね」
「え、やだなー、こうして来ているんだから全然余裕だよ」
「分かるから、厳しくなったら遠慮なくあたし達を頼りなさい、幼馴染なんだからね」
「じゃ、抱きしめてもいい? ほら、夕美にはできなくなっちゃったから」
「そういえば1ヶ月前から彼女ができたみたいね」
抱きしめる件に関してはスルーされてしまった。
ま、相手が例え同性だろうとべたべた触れてほしくない人だっているかもしれないから文句は言わないけど。
しかもいまはそれではなくて気になることがある。
「え、もしかして聞いてた?」
これ。
やっともやもやを捨てられそうだったのに違かったとしたら……。
「そうね、付き合い始めたその日の夜に電話をかけてきたのよ、直接会って話もしたわ」
「そ、そうなんだ」
へえ、まあ、樹里はうるさく言わないからいいのかもしれない。
何度もどうなったとか聞かないからいいのかもね。
「あら、珍しくあなたも来ていたのね」
「遅かったじゃない、そんなに彼女を優先したいの?」
「仕方がないじゃない、ある程度朝の内に会っておかないと時間がないのだから」
このふたり、話し方はよく似ているものの、そこまで性格が似ているわけではなかった。
だからしょっちゅう言い争いになるし、実際に喧嘩になることも多かった。
でもだからこそなのかな、それが逆に仲良くなるために繋がっているというか、本心でぶつかり合っているからこそいいというか。
こちらからすれば見ていてはらはらするんだけどね。
叩き合いとかにでもならない限りはなにもしないようにしているけど。
「それよりこの子のこと、ちゃんと見ておきなさいよ」
「知らないわ」
「はあ?」
「……名字呼びにしたうえに勝手に先に行ったもの」
それはあくまで彼女さんのためと自分のためにしたことだ。
敵視されることだけはあってほしくない。
私は平和な人生を歩みたいのだ。
たった名字呼びにすることと、彼女の側にいなければそうはならないということなら積極的にそう行動する。
「まあいいわ、それなら毎時間あたしが来るからあんたは教室にいなさい」
「うん、あんまり調子も良くないから教室にいるよ」
結局のところ自分のことを優先していることになるから夕美からしたら駄目なように見えるのだろうか。
樹里が教室から出ていき、夕美はこちらを冷たい目で一瞥してから自分の席のところに移動してしまった。
いやほらあれだよ、夕美にも彼女さんにも風邪を移したくなかったのだ。
体調があまり良くないのだから考えて行動しなければならない。
HRも休み時間も特に問題はなかった。
樹里は律儀な子でもあるから毎時間来てくれて、支えになった。
「んー、ごはんとふりかけだけでも美味しいけど、ちょっと寂しい感じがするかなー」
「なにぶつぶつと言っているの?」
「あ、今日はこれぐらいしか準備できなくてさ」
最低でも卵焼きぐらい焼いてくるべきだっただろうか。
「お、そこに美味しそうなのがありますなあ」
「あげないわよ?」
「いいよ、今日は来てくれて嬉しかったからね、樹里がいてくれて良かったよ~」
「き、気持ちが悪いわね……」
いや本当に。
自衛した結果夕美からは睨まれたぐらいだから。
今日はあれから1度も来てくれていないし、樹里がいてくれて良かったとしか言いようがないんだから仕方がない話だ。
「大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、ありがとう」
「ちょっと触るわよ? ――うん、そんなに酷くはないわね」
「樹里の手が冷たくて気持ちがいいよ」
「てことはまだ調子が悪いのね。だってあんたは寒いの苦手じゃない、普段なら『冷たいよっ』って叫んでいるところでしょ? 悪いことは言わないから放課後になったらすぐ帰って今日は寝なさい」
言われなくても早く帰って家事をしてから寝るつもりだ。
ごはんは明日食べる、いまのこのふりかけごはんだけで十分だから。
「あはは、樹里ママがそう言うなら言うことを聞いて早く帰ることにするよ」
「あたしはまだあんたと同じ16歳なんだけど?」
「私は早生まれだから15歳だよ」
「あ、そういえばそうだったわね」
3月になったら誕生日がくる。
その日になったら夕美は無理でも樹里に一緒にいてもらおうと決めていた。
ごはんだって作るし、ケーキとかだってネットのレシピを見て作っちゃうつもりでいる。
「樹里……夕美に嫌われた~」
「どうせ夕美はあんたのところに来るわよ、仮に来なくてもあたしがいるんだからいいでしょ」
「じゃ、抱きしめてもいい?」
「それは駄目ね」
駄目なのか……。
夕美はさせてくれたのにどうしてだろう。
実は私のことが嫌いとか? その可能性が高いぜ。
風邪を移しても嫌だからお弁当箱を片付けて寝ていることにした。
そうするとあっという間に時間は経過するもので、5時間目開始時間がやってきて。
あれだね、本来であれば調子が悪いときに大きな声とかは結構悪影響となるのに賑やかなのが逆に落ち着けてしまったことになる。
天の邪鬼なのかな? とりあえずは授業に集中しておくけどさ。
「未依、帰るわよ」
「うん、帰ろ――ぐぇ」
「樹里、先に行っていてちょうだい、私はこの子と少し話したいことがあるから」
「分かったわ、昇降口の前で待っているから」
「ええ、ありがとう」
不満があったのはわかるんだけどだからって思いきり後ろ襟下を引っ張るのは危ないと思う。
「ま、待って、変に仲良くしていたら嫌だろうからって名字呼びにしたんだよ! 学校へ先に行ったのだって空気を読んでしたことだし、なんなら……体調もあんまり良くなかったし」
「余計なことを気にしなくていいのよ」
「いや無理だから。夕美の彼女さんを悪く言いたくはないけど、ああいうタイプは違う人間と1対1になったときに一気に怖くなるタイプだと思う。もしそうなったら嫌だもん、余計な敵を増やしたくないんだもん」
だってもしそうなっても彼女さんを信じようとしてこっちの言葉なんて微塵も聞いてくれなさそうだ。
そうしたらもう楽しく生きることが不可能になるからそうなる前にそうならないよう自衛をしているというわけ。
彼女がなんと言おうと、仮に私じゃなくてもあの場面では離れると思う。
もっとも、他のみんなの場合はただ単に他人のいちゃいちゃを見たくないからだろうけど。
「行きましょうか、樹里を待たせてしまったら悪いから」
「そうだね、帰って家事をしなければならないからその方がありがたいかな」
その後はどうしよう。
お風呂に入ってすぐに寝てしまうか、お風呂の時間をある程度遅らせていつも通りの時間に寝るか。
別に暗いのが苦手とか、夜中が苦手とかそういうことはないが、夜中に起きてしまうとやることがなくて困ってしまうというのはあった。
樹里や夕美に電話をかけるわけにはいかないし、もう少し時間をつぶせる物を買っておいた方がいいのかもしれない。
「あ、もう終わったのね」
「ええ、待たせてごめんなさい」
「別にいいよ、帰ろ」
うーん、夜中に時間をつぶせるような物ってなんだろうか。
一応、お小遣いは貰って貯めてあるからゲーム機だろうと買うことができるけど、夜ふかしするのはあまり良くないという考えがあるから難しかった。
って、寝る時間を少し遅くすればいいのか。
22時に寝るようにすれば夜中に起きるようなことにもならないだろう。
「あんた聞いてんの?」
「え? ごめん、考え事をしていて聞いてなかった」
それこそ考え事なんて後にしよう。
いまはせっかくふたりが一緒にいてくれているんだからちゃんと味わっておかないと。
高校1年生のいままでは当たり前のように彼女達といられたものの、この先どうなるのかは分からないから。
「あんたひとりで寂しいんでしょ? それならあたしが付き合ってあげてもいいけど?」
「そんなことをしてもらうのは悪いよ」
「はぁ、抱きしめていいとか聞いてくるくせにいざ実際にあたし達がこう言うと断るのよね」
自分から言うのと相手が言ってくれるのとでは全く変わってきてしまうからだ。
って、全然謙虚じゃないじゃん、これからは言うのをやめよう。
「心配してくれてありがとう、でも、迷惑をかけたいわけじゃないから。それに樹里は――」
「それを言ったら怒るわよ?」
「言わないよ、とにかくいいから」
別れ道に来たから挨拶をして別れる。
ここから普通に家は近いから焦る必要もない。
適当に家事をして、母と自分のための夕食を作ったらお風呂に入ろう。
樹里は残念だろうな、だって夕美のことが好きだったんだから。
でも、なにもアピールをしていなかったから諦めてしまっていたのかもしれない。
「ただいま」
挨拶をしても誰もいない家だ、寂しいどころの話じゃない。
……とにかくお風呂を溜めながらごはんを作ることにした。
臭いがついても嫌なのでちゃんと脱いでから。
なんで樹里のくせになにもしないで諦めてしまったのだろうか。
本当にらしくないとしか言えないぞ。
「できた」
今日は買ってきておいた冷凍ハンバーグを解凍しそしてそれを焼いた物だ。
キャベツを少量でも添えておけばなかなかにらしい感じに仕上がってくれる。
「美味しそうだけど……また冷えてきたから早くお風呂に入って寝よう」
結局体調が悪い場合は早く寝てしまうのが1番だ。
意外と朝まで寝られてしまうものだから。
温かいお風呂に入り、最初は冷たいけどすぐに暖かくなる布団の中に入った。
で、結局2時半頃に起きてしまったわけだが、すっきりな状態になることはなく。
「いつ治るんだろ……」
調子が悪いと思い込んでいるだけだと考えて自分は元気だとポジティブな思考をしてみることにした。
結果、夜中にひとりでぴょんぴょんと跳ねる怪しい人間が出来上がったとさ。
なにをやっているんだろうと虚しい気持ちになったのは言うまでもない。
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