32作品目

Nora

01話.[そうでなくても]

「今日めっちゃ寒いね」

「そだねー」


 中央側に座っている女の子達はそう言いながらも楽しそうにしている。

 正直に言おう、扉が斜め後ろの場所に座っている私の方がめちゃくちゃ寒い。

 ゴムがヘタっているのか扉が完全に閉まらなくて隙間風がやばいのだ。

 逆に細く長く隙間があるからこそ寒いというそんな感じで。


未依みよ、お昼ご飯を食べに行きましょう」

「あ、夕美ゆみ


 朝倉夕美、幼稚園の頃から一緒にいてくれている幼馴染だ。

 性格なども全く違うからよくここまで続いているなというのが正直なところだった。


「それ、またあなたが作ったの?」

「うん、お母さんは忙しいから私がやらないとお昼ご飯なしになっちゃうから」


 私、木谷未依には母親しかいない。

 それこそ幼稚園の頃からずっとそうだったから特に違和感もなかった。

 母はひとりで頑張って私を育ててくれた。

 裕福というわけではないものの、うん、ぎりぎりの生活にはならなかった。

 人間関係でもそんなに悪くない結果を残し、いじめなどをされることもなくいままで生きてこられた。

 自分の力じゃない、母と夕美が支えてくれたのが大きい。

 調子に乗ると後から悔やむことになるので、なるべく謙虚に生きるようにしているができているだろうか?


「卵焼き、交換しましょう」

「いいよ」


 私は甘い方が好きだから砂糖派だ、彼女は醤油派。

 別にしょっぱいのが食べられないというわけではなく、好きなのがそれというだけ。


「美味しいわ」

「夕美のやつも美味しいよ」

「お母さんが作ってくれた物だけれどね」

「意外と、作れないんだよねえ」

「や、やらせてくれないだけよ? 母は専業主婦だから」


 すごい話だ。

 片方は男性と同じぐらいとは言えなくてもたくさん働いて、片方は家でのことをメインにしていてというのが普通だから。

 別に専業主婦が悪いわけではない、それどころかいい男性と結婚できて素晴らしいことだと心からそう思う。

 ただ、休みがほぼないから母のことを支えてくれるそんな人が現れたらいいなといつも考えてしまうのだ。

 彼女の母である千寿ちずさんとなまじ関わりがあるから余計にね。


「あ、そういえばあなたに言いたいことがあったのよね」

「なに?」

「実はまた告白されたの、女の子から」

「同性からもモテるってすごいね」

「すごい……のかしらね」


 一応、こっちも告白されたことはある。

 ただ、その度にやっぱりなしでと言われて終わるという連続だった。

 即答できなかった私が悪いのかもしれないけどさ、なしにするなら告白するのやめようよ。


「受け入れようと思うの」

「え、珍しいね、あ、弱みを握られちゃったとか?」

「いえ、これまで告白してきてくれた子の中で1番、気持ちがこもっていた気がしたのよ」

「そっか、じゃ、幸せになれるといいね」


 意外だな、だからって受け入れるなんて。

 彼女はよく言っていた、恋なんてするだけ無駄だって。

 弱くなってしまうから云々、そんなことに時間を使っているぐらいなら勉強した方が云々、大体形だけの告白なのよ云々。

 聞き飽きるぐらいには同じことを言ってきていたというのに余程、その子は良かったということなのだろうか。


「それならなんで一緒に食べないの?」

「今日はあなたにこれを言いたかったのよ、来週の月曜日からは一緒に集まって食べると約束しているわ」

「そっか、じゃあこれで夕美と食べられるのは最後かー」


 友達は夕美だけじゃないからいいけど。

 それに、その子といることで彼女が楽しいならそれでいい。

 卑下しているわけじゃない、友達だからこその考えだ。


「これまでお世話になりました」

「やめてよ、彼女ができたと言ってもあなたは幼馴染なんだから話しかけるわよ?」

「うん、それはわかっているけどさ」


 大体、そういうことを言う人ってすぐに来なくなるもんだ。

 もしかしたらその彼女さんが納得できないかもしれないし。

 変に敵視されても嫌だから自分から行くのはやめようと決めた。

 お昼休みが終わりそうになってそれぞれ自分の席に戻った。

 5時間目と6時間目をなんとか寝てしまうことなく真面目に受け、放課後になったら部活に所属していない私だけは下校ということになって。


「未依ー」

「ん? あ、お母さん」


 私の母である澄子すみこと偶然出会って一緒に帰ることになった。

 買い物の帰りだということは持っていたエコバッグでわかったので片方を持つことに。


「今日は早いね」

「うん、たまには休めって言われちゃって」


 働けではなく休めって言われるのはいいのか悪いのか。

 高校を卒業したらさっさと働いてお金を少しずつでも入れられたらいいなと考えているが、上手くいくか不安だった。

 頑固なところがあるから自分のために使ってと受け取らない可能性もあるし、いまは大学卒が普通みたいなあれがあるのでろくに稼げないかもしれないし。

 でも、結局はそういう感謝の気持ちが大切だと考えているから、大切なのは額じゃないって開き直っていそうだと内で苦笑することになった。

 まだ高校1年生だし先のことは分からない。

 なので、とりあえずは学校生活を楽しもうと考え、そっち方面のことは考えることを放棄したのだった。




「うぅ、寒い……」


 冬は苦手だ。

 温かいごはんや温かいお風呂がより良くなるとはいえ、寒い冬より春や秋の方が好きだ。

 あと、どうして男の子はズボンで女はスカートって決まっているんですかね。

 できることなら私服のときみたいに何枚もズボンを履いて対策したい。


「ぶあっくしゅっ」

「ふふ、あまり可愛くないわね」

「え、なんでいるの?」

「当たり前じゃない、行くって言ったでしょう?」


 1.5メートルぐらいの距離を作って学校へ向かっていく。

 彼女もまたそれに文句を言ってくることはなく、あくまで平和のまま学校に着くことができた……はずだったんだけど。


「夕美さんっ、おはようございます!」

「ええ、おはよう」


 お、おぉ、この子がもしかして夕美の彼女さん? と困惑することになった。

 そして想像とは全く違った、元気っ子って感じだった。

 こういう元気な子を夕美が選ぶとは思わなかったけどな。


「お、あなたが木谷未依さんですよねっ、夕美さんから聞いていた通りの感じですねっ」

「よ、よろしく」

「はいっ。あ、私は池上奏海かなみと言いますっ、よろしくお願いしますっ」


 って、よく見たらこの子中学の制服を着ているじゃないかっ。

 中学生からもモテる夕美ってすごいな、真似しようとしてもできないことだ。

 さすがに時間的に限界がきたのか校門の方へ歩いて行ったけど……、良くないよね?


「高校敷地内に入ってくるのはやりすぎだと思うけど」

「そうね、今度きちんと言っておくわ。あとこの前は嘘をついてごめんなさい」

「嘘? ああ、気にしなくていいよ」


 あまりに想像以上のことが起こるとすぐに気付けないこともあるんだなあと。

 あまりに自然に溶け込んでいたからね、当たり前のように返事をしちゃっていたよ。

 友達がたくさんいる夕美はいっぱい話しかけられることもあって自然に別れることになった。

 私は窓際に移動して少しでも温まろうとしたが、朝ということもあって寒いだけだし、窓際に座っている子達の邪魔になるだけだしでやめて戻ることにした。


「未依、ちょっと来て」

「うん」


 相手が中学生ということなら変に警戒する必要もないから距離を作る必要もないと判断。

 1.5メートルから0.5メートルに変えて彼女と話をすることにした。

 それにしても、こうして話しかけてくれるのは普通に嬉しいかもしれない。


「どうしてさっきはあんなに離れていたの?」

「誤解されないためにだよ、それ以外の理由はないよ」

「それなら良かったわ、嫌われたのかと思ったから」


 これもまた卑下するわけではないが嫌いになるとしてもそれは彼女からだと思う。

 ずっと好いていてもらえるだなんて自惚れてはいない。


「驚いた? あんな元気な子で」

「うん、想像とはちょっと違ったかも」


 自分の席に座って黙々と本を読んでいるような子を好きになると思っていた。

 どちらもクールな感じで相性もいいだろうし、仮にクールでなくても可愛げがある。

 いやまあ元気っ子もいいんだけどね、疲れることもあるかもしれないなあと。


「付き合ってからそんなに時間は経っていないんだよね?」

「そうね、1ヶ月ぐらいね」

「え? そ、そうなんだ」


 言う必要がないと思ったのかな。

 仮に言われたところでおめでとうぐらいしか言えないが、うーん、言ってほしいと思う。


「いつまでもその関係でいられればいいね」

「そうね、どうせ付き合ったからにはずっと一緒にいたいわ」


 彼女はずっと前だけを見て歩いている。

 私はどうだろうか、いちいち過去に囚われず、いちいち細かいことに引っ張られずにいられているだろうか。

 基本的にポジティブ思考をする人間でも、今回のこれは少しだけ私に影響を与えた。


「夕美ー」

「あ、呼ばれたから行ってくるわね」

「うん、またね」


 また後でね、なんて言えなかった。

 進んで終わらせたいわけではないが、こっちのことを気にしてほしいわけじゃないから終わりのような言い方をして。

 自分の席に座って、冷たい隙間風に体を震わせた。

 いまはそれだけじゃないような気がしていた。




「いらっしゃいませ」


 適当に気になったお店に入って時間をつぶすことにした。

 夕美の彼女さんは中学3年生らしく、一緒に帰って一緒に勉強をするみたいだ。

 もうすぐ私立受験だから年上である夕美が教えてくれるのは間違いなく大きいと言える。

 私も受験のときはお世話になったからよく分かるのだ。


「ミルクコーヒーをお願いします」

「かしこまりました」


 温かいコーヒーを飲みながら窓の外を見つめている時間が好きだった。

 問題があるとすれば、ここではあまり長居できないこと、それしかない。


「ふぅ」


 1ヶ月か、今日まで言わないでいたのならなんで今日は言ってきたんだろう。

 それなら隠していた意味がない、別に言いたくない、教えたくないということなら無理に聞こうとしたりしないのに。

 彼女の中でなにがあったのだろうか。


「ありがとうございました」


 退店して寒い外を歩いていた。

 わざわざ遠回りするのは馬鹿らしいから最短で家に帰ることにする、お店に寄ったのは……まあたまにはということで。


「ただいま」


 挨拶をしても返事をしてくれる人は誰もいてくれない。

 家族は母しかいないのだから当たり前のことだ。

 家事全般は私がやることになっているので――と言うよりもやらないとお腹も空くし、お風呂にも入れないからやらなければならない。

 最強の家具であるこたつに入ったら最後、出られなくなってしまうから先に済ませておく必要があった。


「でーきた」


 今日は汁ありの親子丼だ。

 作っておくだけで母の帰宅時間が遅くなろうが温めて食べることができるのは大きいと思う。

 自分の分だけでいいよとは言ってくれているものの、頑張って働いてくれているんだから寒さを理由に怠けることはできないのだ。


「いただきます」


 本当は誰かと一緒に温かいごはんを食べたい。

 小学生の頃からの願いだ、残念ながら母を待つと寝不足になってしまうから不可能で。

 夕美もこの前までなら誘うことはできたんだけどな、もう彼女がいるから駄目になってしまったことになる。


「ごちそうさまでした」


 お風呂の後に洗い物をするのは嫌だからしっかりやってから浴室に突撃した。


「ふぃ~」


 ごはんを食べている時間よりも好きかもしれない。

 ひとつ微妙な点を挙げるとすれば、ついついぼうっとして長時間入ってしまうことだろうか。

 追い焚きを何回もしちゃうのはお金的にも良くないってわかっているんだけどね。


「どうしよう……」


 こたつに入るか、部屋に戻って布団の中にこもるか、真剣に悩む。

 現在の時間はまだ19時ぐらいだった。

 寝るのはもったいないので結局こたつを選んで適当にテレビでも見ておくことにしたんだけども……。


「つまらないなあ」


 ひとりでいることが私は嫌いだ。

 誰も側にいてくれていないように感じるから。

 お前はずっとひとりだって言われているような気がするからだ。


「電話だ、しかも夕美から」


 出ない理由はない、応答ボタンを押してもしもしと電話のとき特有の挨拶をする。


「あ、いま大丈夫?」

「夕美は知っているでしょ、私がひとりで時間が余っていることを」

「あ、そうだったわね、ごめんなさい」

「それよりどうしたの?」


 まだまだ一緒にやっていてもおかしくはない時間だから声が聞こえてきたりする可能性もゼロではなかった。

 仮にそうなっても気にする必要はないがそうなると電話をかけてきた意味が分からなくなるので、できれば1対1がいいかなと考えていた。


「いまから会える? あ、ひとりだから変に構えなくていいわよ」

「勝手に集まっていいのかな? その子が知ったら悲しむんじゃ」

「大丈夫よ、近くの公園に集まりましょう」

「わかった、じゃあいまから行くね」


 おかしいな、ポジティブ思考をし続けてきた私なのに「もう話すのやめましょう」とか言われる気がしてきてしまった。


「ごめん、遅れちゃった」

「いいわよ、あなたに来てもらっているわけなんだから」


 彼女は至って普通だった。

 基本的になにかを言うときも表にはあまり出さないタイプだからまだまだ油断はできないが。


「それで、なんだけれど」

「友達やめろとかそういうの?」


 出されるのは怖いから先にこちらから出す。

 仮にこれでそうだと言われても一応、ワンクッション挟めたのは大きい。


「え、違うわよ、ただ……」


 ただ、なんだろうか。

 珍しい、言いよどむこともあまりしないから。

 彼女は「座りましょうか」と言ってベンチに座った。

 突っ立っていても仕方がないから私も彼女の横に座ることに。


「寒いわね」

「うん」


 冬は風も強いからそれが余計に影響している。

 直前までこたつに入っていたのも強く影響し、この場に留まっていたいとは思えなかった。

 とはいえ、帰ることもできずに彼女に合わせているというわけだ。


「ごめんなさい、1ヶ月も経過してから言うことになってしまって」

「え、いいよいいよ、言いたくないことなら無理しなくていいから」

「何故か……言いづらかったのよ」

「ま、夕美だってひとりの人間なんだから言いづらいことだってあるでしょ。仮に早く教えてくれててもおめでとうぐらいしか言ってあげられないし、それで良かったんじゃない? 私は今日教えてくれて嬉しかったけどね」


 引っかかるところは正直に言えばある。

 幼稚園からずっと一緒にいるんだから隠さずに教えてくれればいいのにと考える自分もいる。

 でも、結局こうして大事なことを教えてくれたのならそれでいいと思う自分もいるのだ。

 あとはいつも通り、ポジティブ思考をしながら生きていけばいいのではないだろうか。

 彼女とはいられる時間も減るが、楽しそうにしていてくれればそれでいいから。


「未依とずっと一緒に過ごしてきて良かったわ」

「え、なに急に、そんな終わりみたいにさ」

「終わらせないわ、絶対に」

「私だってできればずっと一緒にいられる方がいいよ。夕美といるのは楽しいし、なにより安心できるからね」


 あー、これまで恋に興味がないとか言ってきたから言いづらかったんだろうな。

 結局、恋してるじゃんと言われたらなにも言い返せなくなってしまうから。

 察することのできる私はわざわざそれを口に出したりはしない。

 ……友達をやめたいとかぶつけられなくて良かったな。


「ぶあっくしゅっ」

「あ、風邪を引かれても嫌だからもう帰りましょうか」

「う、うん、ごめんね、寒いのは得意じゃなくて」


 何気にお風呂に入った後だったのもなあ。

 ……くちゅんとか可愛くできたらいいのに親戚のおじさんみたいな勢いと威力になってしまっているのはなんだかなあと。


「じゃあね、夕美も風邪引かないでね」

「ええ、ありがとう」


 少し歩いてから「未依っ」と大きな声で呼ばれて振り返る。


「また明日会いましょう」

「うん、また明日ね」


 最後に結局、とかにならなくて良かった。

 帰り道は少し浮かれていた。

 どれだけ仲良くしようがこれ以上前には進めないけど、深くまでは望まないからずっと一緒にいたい。

 謙虚に生きていれば少しはそうなれる可能性が上がる。

 だからこれからも出しゃばらない程度に一緒にいようと決めた。


「ぶあ――違う違う、ふぁっ……ふぁっくちゅ!」


 よ、よし、少しは可愛くできたようで結構だ。

 って、ひとりでなにをやっているんだろうかね。

 早く寝よう、風邪を引いたら会えなくなってしまうから。




「お母さんごめん……」

「気にしないで今日は寝てて、なるべく早く帰ってくるから」

「大丈夫、夕方頃になれば落ち着いて家事もできるから……」

「いいから、あっ、行かなくちゃっ。ちゃんと暖かくして寝てねっ、お水もちゃんと飲んでね」


 はぁ、おじさんみたいにならないように練習していたのが悪かったか。

 夕美と会ってもまだ20時だったから寝なかったのが悪かったね。

 明日って言ったのに風邪で休むことになってしまった。


「やっぱりなしとか言われないかな……」


 もしそんなこと言われたら、どうなるんだろう。

 そうなんだと片付けられるかな、それとも泣くのかな。


「頭痛い……」


 いまは変に使ったりせずに休むことに専念しないと。

 母にこれ以上負担をかけるわけにはいかないから。

 家事すらできなくなったら私の価値がなくなるからね。

 で、正午頃まで寝て1回飲み物を飲むために起きた。


「お腹空いた……」


 早めの準備は後が楽だけど、翌日に響くから考えなければならなそうだ。

 冷蔵庫を開けてみたら丁度、うどんがあったので作って食べる。


「寒い……」


 こたつはすぐに戻るため点けずにささっと作ってそこで食べて。

 洗い物は後の自分に任せて大人しく部屋に引きこもる。


「寂しい……」


 そうでなくてもひとりは嫌なのに風邪のときはやばかった。

 そしてやばかろうがどうにもならないことを分かっているから、なんとか頑張って寝ることだけに専念したのだった。

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