2話

 あの日、全てがはじまった最初の10月18日の0時、僕は発売を2年以上待ち続けていた念願のゲームを即座にプレイすべく、あらかじめダウンロードでダウンロードし、インストールしておいたゲームを起動した。


 翌日――というか、9時間後には仕事に向かわなくてはならなかったが、そんなことはどうでもよいことだった。とにかく僕は、そのゲームをプレイしたくてしたくて、たまらなかった。まだ見ぬストーリーにワクワクし、まだ見ぬ強敵との戦いにドキドキし、まだ見ぬキャラクター育成にあれこれと頭を悩ませたかったのだ。ただパソコンの画面を眺め、異常が起こらないことをぼんやり願うだけの仕事のために、2年間ずっと待ちに待っていた、この最高に楽しく充実した幸福な時間を削るなんて、とても考えられなかった。


 これほどまでに僕が待ちに待っていたゲームというのは、RPGというジャンルの中でも、日本のメーカーが作るオーソドックスな形式のRPGである、いわゆるJRPGという分類にカテゴリ分けされる、『クラリオン5』だ。

 タイトルが示す通り、これはクラリオンシリーズの第五作目である。

 クラリオンシリーズは、ナンバリング毎にストーリーの繋がりはないが、現代日本が舞台で、主人公が高校生。太陽の裏に隠れた反地球が物語のカギになっている、という点がシリーズを通して共通している。

 だが、新作である5に関しては、この通例に反して、まず舞台が中世ヨーロッパのような場所で、さらに主人公が騎士という、これまでとは全く異なる設定ということが、発売前から公開されており、既にシリーズファンの間で物議を醸していた。


 いまさらではあるが、僕もこのクラリオンシリーズのファンである。シリーズ全てをプレイしているのは当然として、低レベルクリアや、ちょっとした縛りプレイなんかをするくらいには、シリーズをやりこんでいる。だから、『5』が発売される、とTGS東京ゲームショウで発表されたときには、声をあげて喜び、狂ったようにPVを見たものだ。

 だから僕は、これまでのクラリオンシリーズの中で明らかに雰囲気を異にする『5』が、果たしてどんなゲームになっているのか、ずっと気になって気になって仕方がなかったのだ。


 そうして訪れた発売日。幸福な最初の8時間は過ぎ、出勤しなければならなくなった。ゲームはやはり中世ファンタジーの世界観で、明らかにこれまでの現代日本が舞台のクラリオンシリーズとは異なる、異質な雰囲気である。僕はこのゲームが果たしてどんな展開を見せるのかとあれこれ考えたり、上司の目を盗んで眠ったりしながら、仕事をやり過ごした。

 帰宅するとすぐに、僕は再びコントローラーを握った。プレイに集中するために、一週間分の食べ物は全てテーブルの上に用意済みだった。翌日も仕事だったから、僕は睡眠は仕事中にすることにした。


 そうして迎えた午前0時に、アレが起こった。

 このあと、幾度となく経験することになる、ループ開始の合図。

 


 突然、コントローラーを握っていた僕の体が、ふわりと浮かんだ。ゆっくりと上昇した体の背中が、天井に当たっていた。窓の外では急速に光が強くなっていく。

 その光が、不意に弱くなる。それと同時に、僕の体は勢いよく床にたたきつけられた。そのまま、体はとてつもない力で床に押し付けられる。腕も、顔も、一切上げることが出来ないくらいに強く。

 力はさらに強まっていく。

 これ以上、この力が強まったら、体がぺちゃんこになってしまう。

 そう思った次の瞬間、僕はまた、コントローラーを握って、テレビの前に座っていた。テレビに映っているのは、ゲームの起動画面。時計を見れば、18日の0時になったばかり。


 ――これが、最初のコトの顛末である。

 このあと、ループするなら食べ物は無くならないし、働く必要もないから家で好きなことをすればいい、と思いきるまでに数日を要する。

 そうして僕は、この24時間でセーブが引き継がれずにプレイがリセットされてしまう、という環境下で、いかにしてクラリオン5のエンディングを見るか、という難題に取り組むことになるのである。

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