私は自殺して、気付けば、生き返っていた……。

 それから、記憶が断片的になる……。


 何故か、私の意識はある。

 私はただただ、ひたすらにお腹が空いていた。


「怜子。なんで、死んだの?」

 葉月ちゃんの声が、この暗い世界の中に響き渡っていた。


「葉月、ちゃん…………?」

 声帯はとっくに無いが、私は声を発していた。


「怜子が死んだ事に私、耐えられない。ねえ、ずっと親友でいようって、ずっと親友でいたい、って言ったのは、確か怜子の方だよね? 高校一年の終わり頃だったかな?」

 葉月ちゃんの透明な声が私の耳に響き渡る。


「私は…………、一体…………」

「怜子。そちらは“死”の世界? 処でブードゥー教とか、日本の神道関連の本を漁っていてね。胡乱な大量の黒魔術の本もね。だから、私、試したくなったの、怜子にまた会いたいから」


「…………えっ?」


「“反魂の儀式”って行えるのかな? 死者は復活する? キリストは弟子達の前に復活の奇跡を起こした」


 強い蓮の匂いが、私の鼻を焼いた。

 そもそも…………、今の私に鼻なんてあるのか分からないが…………。


 ただその時、分かったのは……。

 私は自ら命を絶ったのに生きている……。


 そして、どうやら此処は病院の集中治療室では無くて、闇の世界なのだ。

 自分が今、何処にいるのかまるで分からない……。



 私は精神だけの存在になっていた。

 私の身体は無い。


 だから、葉月ちゃんは、私の新しい身体を作るのだと。


「私は怜子を生き返らせたいの」


 葉月ちゃんは、私の肉体を作る為に、沢山の動物達の死骸を与えてくれた。時には、死骸ではなく、生きたままの小動物も口にする事になった。


 肉体を形成する上で、どうしても生命をこの身体に取り込む必要があった。

 身体が作られていっている間、私はずっと酷い空腹に苛まれていた。


 最初は牛肉や豚肉を口にしていたが。

 私の肉体の身体は、スーパーで売られている肉だけでは足りない事が本能的に分かった。


 葉月ちゃんは、私の為に、何匹もの小動物の死体を持ってきてくれた。


「私、怜子の新しい血肉を作ってあげるね」


 私は泣きながら、彼女から渡される動物達の死骸を口に入れた。

 食べていけば、私の身体は作られていくのだと言われた。

 闇の底で、私はずっと泣いていた。

 身体から、墓場の土の臭いが漂ってくる。

 私は自分が一体、何者なのか怖くて仕方が無かった…………。


 それから、葉月ちゃんは、私の新しい服も用意してくれた。


 私の身体は腐って湿った土で出来ている。

 私は一体、どうなってしまうのか?

 私は、一体、何者になってしまうのか……?


 私は確かに死んだ。

 なら、こうやって生きている私は、一体、何者なのか……?


 葉月ちゃんの家に行く途中に、閉まっている店の窓ガラスや水溜まりに映る自分自身の姿を見て、私は言葉を失っていた。私は自分自身の存在が何処までも怖かった。


 私は葉月ちゃんの玄関の前で立ち止まる。

 彼女に私のグロテスクな姿を見られるのが怖かった。

 葉月ちゃんは、それを察したのか、私に色々なものを与えてくれた。


「大丈夫。私が怜子の身体を完璧な元の形に変えるから」


 玄関の向こう側で、葉月ちゃんはそう言っていた。


 私は必死で鏡に映った自分が恐ろしくて、罪の無い小動物達を口にして、自分の身体の血肉を作っていった。


 そして、肉体が完璧と言える程に完成した時に。

 私は葉月ちゃんの玄関の向こう側にいった。


 葉月ちゃんは、本当に嬉しそうに私を見ていた。



 私は姿だけは生前と同じ姿のままで、葉月ちゃんの部屋の中にいた。


 ラベンダーのアロマの香りがする。


「ずっと待っていた。ねえ、怜子。死んだ時の事、覚えている。っていうか、何故、死んだの? 事故って言われているけど」

 葉月ちゃんは笑顔だった。

 まるで、太陽のように輝いている笑みをしていた。


 テーブルには、ベビーカステラと紅茶が置かれている。

 葉月ちゃんは和菓子が好きだ。


「そうだね。私は死んだ時の事はあんまり覚えていない。なんで、死んだのかも……。ねえ、私、何処で暮らせばいいのかな? 今更、お父さんとお母さんの処に戻っていったら怖がられるかな?」

 …………、そもそも、私はあの両親の下に帰りたくなかった。

 あの両親から離れたくて、それも叶わず、気付けば、ビルのベランダから飛び降りていたのだから…………。


「大丈夫。怜子は私が守ってあげる。私の部屋にいて。それに、来年か再来年には、一人暮らしを始めたいと考えているよ。大学生活にはまだ慣れないけど、そのうち、バイトも探してお金を貯めるつもり。そしたら、安くて広いアパートでも借りて、一人暮らしを始めようと思っている」

 私の両手は震えていた。

 葉月ちゃんは、私の腕を強く握り締める。

 葉月ちゃんの手は温かかった。


 葉月ちゃんは何処か陶酔的で、満足そうな笑みを浮かべていた。


「ありがとう、葉月ちゃん。……私、もう死亡届けが出ているから、世の中で生きていけないと思う」

「それなら、名前も出自も変えて、新しい人生を歩もう? それにほら、私、聞いた事ある。外国から日本にやってきた人達が戸籍とか買って、別人として暮らしているって」

「ふふふっ、戸籍買うかあ。なんか、怖い人達にお金を払わないといけなくなるかな?」

 葉月ちゃんは小さく溜め息を吐く。

 けれども、私を元気付ける表情にすぐに切り替えた。


「大丈夫。今は今後の事よりも、色々な事を話そう。楽しい事を話そう」

「そうだね、葉月ちゃん、ありがとう…………」


 私は死の淵の底から生き返ったのだ……。

 そして、当たり前のように、彼女と会話をしている。



 ある昼下がり、私はマスクを着用して外に出た。

 見覚えのある景色が広がっている。


 私が死んでいる間も、何も変わらない景色。


 時間は午後三時くらいだ。


 突然。

 私はどうしようもない空腹に襲われた。


 河川敷の辺りだった。

 一人の男性がマウンテンバイクを横に置いて休憩をしていた。この辺りでツーリングを行っている男性だろう。

 辺りを見渡すと、彼以外に人は一人もいない。


「やあ。お嬢ちゃん、今日は少し暑いね」

「…………。ええっ。少し、暑いですね」

 優しげな青年だった。


 内なる衝動が湧き上がる。

 私は空腹に耐えきれずに、その青年を食べる事にした…………。


 私は不完全な怪物だった…………。

 


「夕方かな? それとも午後三時前後? 若い男の人を食べたね?」

 そう訊ねながらも、葉月ちゃんは桜餅を美味しそうに口にしていた。

 彼女も、食事をしているのだ。

 葉月ちゃんは、和菓子が大好物…………。


「うん。どうしようもない衝動に襲われて、気付いたら、私は男の人を食べていた」

 私は自分が人を引き裂いて殺して、その肉を口にした事が未だに信じられなかった。

 私は化け物として蘇らせた、葉月ちゃんに怒りと憎しみの篭った眼で見据える。


 私は葉月ちゃんの家でシャワーを浴びる。

 私の血塗れの服が洗濯機の中で揺れている。後でシミ抜きでもするのだろうか……。


「正直に言うよ。私は葉月ちゃんの事、恨んでいる。それから、食べてやりたいとも思っている」

 ……葉月ちゃんが私をこういう風に蘇らせなかったのなら、あの人の良さそうなお兄さんは死なずに済んだ…………。

 私を食べてやりたいか、と、葉月ちゃんは顎に手を置いて少し考える。


「そう。それは、とても良い提案ね」

 葉月ちゃんは、私の恨み言をモノともしなかった。


 私のシャワーが終わった後。

 私と葉月ちゃんは、互いの今後の人生について改めて話し合う事にした。

 私は葉月ちゃんから与えられた、真っ白なワンピースを着ていた。


 葉月ちゃんは、パステルカラーを基調とした清潔そうなロリータ・ファッションを着ていた。頭には紫陽花の髪飾りを付けている。そして、彼女は麦茶を口にしている。私は出された麦茶を一滴も口にする事が出来なかった。


「葉月ちゃんは知らなかったよね? 私はお父さんから虐待されていた。それも性的に……。幼い頃からずっと、お母さんは見てみぬフリをしていた」


 私はこれまでの自分の人生を、葉月ちゃんに話した。

 ずっと言えなかった人生を、彼女に話した。


 お父さんの事。

 お父さんに性的に虐待され続けていた事。

 それも小学校から続いており、お母さんは見てみぬフリをしていた事。

 そして家に縛り付けて、一人暮らしをする事を妨害した事。


「高校を卒業した後も、これから、ずっとこんな人生が続くんだと思うと耐えられなくて、気付けば、私はマンションから飛び降りていたよ……」

 私にとって、父親は、私をなぶり苦しめる存在以外の何者でもなかった。


 葉月ちゃんは、ベビーカステラを美味しそうに食べながら、私の話を聞いていた。


「怜子は、ずっと、何かを抱えていたね。私達は親友だった。もっと、心を開いて話して欲しかった」

「親友だと思ったから言えなかったの。言って、葉月ちゃんは、私の事を嫌いになると思っていたから、汚らしい私を見て、軽蔑するのだと…………」

 私は嗚咽を漏らす。

 葉月ちゃんは、首を横に振っていた。


「嫌いにならないよ。怜子が人を殺して食べた事を知っても、私の事を食べたいと言ってくれた時も嫌いにならなかった。でも、怜子、私達がこれからやるべき事は決まったね。今後の人生について」


 そう言う、葉月ちゃんは、明らかに楽しそうな顔をしていた。


 私はその時、心の中で思ったのだ。


 彼女は、この世界の道徳観や倫理観なんて持っていない。

 全てをあざ笑っていて、彼女の見える世界は、全てが歪んで映っているのだ。


 ああ。

 やっぱり、葉月ちゃんは、本当に“化け物”なんだろうなあ、と…………。


「なんでもやるよ。怜子、私の血肉も、命も捧げたっていい」

 夜の闇の中、葉月ちゃんに抱き締められた。

 私も彼女を抱き締める。

 温かい身体だ…………。


 でも、彼女の眼差しは、氷のように冷たい…………。


 何が彼女をおかしくさせたのだろう…………?

 

 私は…………、葉月ちゃんが怖かった……。



 闇の中、葉月ちゃんは刃物を手にしていた。


「間違えて肋骨の部位を刺した。だから、中々、絶命しなかったね。それにしても、生きている人間の血は気持ち悪いわね」


 最初。

 宅配業者か何かを装って、葉月ちゃんは私の家に侵入して鍵を開けさせようとした。

 お母さんが玄関の前に立っていて、怪しんでいた。


 葉月ちゃんはビニールの手袋をはめていた。

 指紋を残さない為なのだろう……。


 私はお母さんに声を掛けた。

 お母さんは鍵を開けてくれた。


 私を見て、完全に驚いていた。

 葉月ちゃんは、後から私の家の中に入って、私のお母さんとお父さんを殺害した…………。


「やっぱり、どうしても、言いたい事があるの。葉月ちゃん…………」

「何? 怜子?」


「葉月ちゃん。本当は私の事、好きじゃないでしょ?」

「私は怜子の事。大好きだよ」


「なら、なんで…………」

 葉月ちゃんは、独善的だった。


 ……なんで、私をこんな化け物として蘇らせたの?

 人や小動物を食べたくなるような、化け物として……っ!


 私は暗闇の中、叫んでいた。


 血溜まりを見て、葉月ちゃんは血痕が乾いていく様子を観察していた。


「貴方の人生の旅路に“親殺し”は必要。物理的な生命活動は、私が止めた。だから、怜子。貴方は彼らを“壊す”だけ」

 葉月ちゃんは、バッグの中から予備の包丁を取り出して、私に渡す。


 私は葉月ちゃんから渡された刃物で、何度も何度も、お父さんの死体を突き刺した。

 憎みながら、私は涙を流していた。


 そして、お母さんの死体を食べた。

 肉体による欲望と、過去の憎しみを混濁させながら、憎い母親の腹を裂いて内臓を口にしていた。私はずっと涙を流していた。


 そして……。

 これは葉月ちゃんの味だった。

 葉月ちゃんの見ている世界の味……。葉月ちゃんの暗黒の精神の闇の味だ。

 葉月ちゃんは、私の行動を見ていて、クスクスと笑っている。


「人間の肉は酸味があって、美味しいと聞くわ。それに怜子、自立の為に、親殺しを済ませないとね。その血肉を取り込み、これから生きるのよ」

 葉月ちゃんはそう言いながら、私の父親の死体で遊んでいた。ぶよぶよと固まっていく腹を蹴り飛ばしてみたり、ブーツで顔を踏んでみたり……。死後硬直みたいなのを確かめているのだろうか……? 彼女は私の父親だった物体の上でダンスを踊っていた。一通り、私の父親の死体で遊び終えると、彼女はベランダを見ていた。


「やっと。本当の意味で親友になれるね。怜子」

 葉月ちゃんは腕を組んで、窓の外の景色を見ていた。

 鍵を開いて、ベランダの外に出る。


「ねえ。このベランダから飛び降りたんだっけ? それにしても、此処は風が強いね」

 葉月ちゃんの髪の毛が強風に煽られている。

 葉月ちゃんは、ベランダから、私が落ちた地面をまじまじと眺めていた。

 葉月ちゃんは、今、髪の毛をオレンジに染めている。

 オレンジが揺れている。


「月が綺麗よ、怜子。ねえぇ、月の光に照らされる人間の死体は、こんなに真っ白なんだね? これはとても美しいわっ!」

 そう言って、葉月ちゃんは、両手を広げる。


 葉月ちゃんの眼が、とても怖かった。

 彼女の瞳は、赤く見えるのだ。


 私は、所謂“ゾンビ”なのだろう。

 そう言えば、葉月ちゃんから聞かされたのだが、ブードゥー教においてのゾンビとは“囚人”なのだと。重い罪を犯した囚人。……私は、何の罪を負ったのだろう? 自殺したからなのか? それとも、私は生まれた事そのものが罪だったのだろうか? ……私は両親にマトモな形で愛されなかった…………。


 私は、今も、籠の中の小鳥だ。

 鳥籠を替えられただけの、小鳥。


 私に悪夢をもたらす者が両親から、葉月ちゃんに変わっただけ…………。


「葉月ちゃんは、これからどうするの?」

 私は顔を上げて、月に照らされる彼女に訊ねる。


「私は今まで通り、大学に通う。でも、怜子にも会う。その方がいいでしょう?」

 そう言う彼女は、これだけの事をしておいて、まるで自分の日常生活の一切が脅かされないという言い方だった。実際、そうなるのだろう…………。


 葉月ちゃんは洗面所で手や血が付着した部分を洗っていた。

 今度は、もっと高いビニール手袋がいいな、と言っていた。


 お母さんの死体の所々を食べて、満腹感を満たした私は、葉月ちゃんの指示で、通帳などを手に入れるように言われた。これからの生活に必要になるだろう、と。


 その後、一通り、物的証拠になりそうなものを消して、私が必要なものを家の中で入手した後だった。


 葉月ちゃんは、用意していた灯油を私の家に撒いていった。 

 彼女は、人間の死体が燃える様子を生で見たいと言っていた…………。


 炎の勢いが強くなる前に、私達二人はマンションを離れた。


「まだ。炎が燃え広がる前に死体の香りを嗅いだけど」

 葉月ちゃんは火の手が上がっていくマンションを見上げていた。


 私のマンションの部屋が燃えていく。

 他の部屋の住民達が大騒ぎをしていた。


「牛や豚を焼いた匂いと変わらなかったなあ」

 葉月ちゃんは、炎を見つめていた。


 私を苦しめていた両親。

 彼らと私のトラウマの想い出が焼かれていく。


 私は、葉月ちゃんと“同じ世界を見ている”。

“彼女の世界観を共有している”。


「これから、どうする? 葉月ちゃん? 何処に行く?」

 私は縋るように訊ねていた。

 

「そうだね。甘いものが食べたいかな。これから、ファミレスに行こう。きなこ味のパフェが食べたい。それから。チキンがいいな。ハーブ入りのね。皮がパリパリの奴」

 ああ…………。

 …………。この人は、先ほど、人を二人殺害した事を何とも思っていないのだ…………。


「ふふっ、葉月ちゃんらしいね」

 私は何もかもおかしくて、……笑った。

 眼の前にいる彼女も、両親を殺した事も、自分が死体のまま蘇った事も、これから先の事も何もかも…………。自分が母親の肉を食べた事も、自分が人を喰らう化け物になってしまった事も、何もかもが、喜劇に思えて仕方が無かった…………。


葉月ちゃんは、消防車のサイレンの音を、まるで交響楽団の演奏のように聞いていた。


 葉月ちゃん…………。


 貴方は…………、狂っている。

 …………、そして、私は、その狂気に縋るしかないのだ。


「私は葉月ちゃんを恨んでいる。食べてしまいたいとも…………」

 私の心の奥底から怒りと、そして救済の叫びのようなものが湧き上がってくる。


「さっきも言ったね。それいいわね。どうする? 私を食べる?」

 葉月ちゃんは満面の笑顔だ。


 まるで、私にゲームを仕掛けているかのようだ。


 私はうずくまった。


「…………。……ムリ…………」

 私は…………、葉月ちゃんを、殺せない……。

 親友……だから…………。


 葉月ちゃんは私の頭に優しく手を置く。

 そして、彼女はまた何かを思い付いたみたいだった。

 私は葉月ちゃんのこの笑顔を知っている。

 何か、邪悪な企みを考えている時の顔だ。


「ねえ、葉月ちゃん。なんだか、幸せそう。何かいい事でも思い付いた?」

「うん。怜子、私一人じゃ寂しいんじゃないかと思ってさ。だから、私の家族とも仲良くして欲しいな。きっと、仲良くなれると思う」

 そう言う、彼女は月と私を交互に見比べる。


「ねえ、これから、どうするか、気付いたよ。葉月ちゃん。葉月ちゃんが、何をしたいのかも……」


「それは何? 怜子? 当ててみて…………」

「私を生き返らせた時と同じ事を、他の人にもやろうとしているね? それから、自分自身の力がどれほどのものなのか、この世界に誇示したいと思っている…………」


「うん。当たりっ!」

 葉月ちゃんは、何処までも楽しそうだった。


 葉月ちゃんは、先ほど、私のお母さんを刺した包丁を月明かりに透かして、まじまじと見ていた。乾いた後の血の色が違う、と彼女は喜んでいた。そして、それを他の誰にも見られないように仕舞う。


「さてと。ファミレスに着く前に、佑大と話をする。怜子と一緒に、怜子の両親を殺害してきたって」

 そう言いながら、葉月ちゃんは、スマホのLINEを弄っていた。


「ああー。それにしても、佑大は、私の事をどう思うのかな? 興味があるな。あれ程、私の事を好きだって言ってくれたのに。ふふっ、どうするのだろう? 私の事を警察に言うのか、それとも、私の罪の共犯者になるのか……」

「葉月ちゃんは、どう思っているの?」

「私は佑大を信じている。私の共犯者になってくれると思うっ!」


 ああ。

 私の口元に、先ほど、食べたものが逆流していく。

 葉月ちゃんは、私の顔を見ながら、咄嗟にビニール袋を手にして私の前に掲げる。


 私はビニール袋の中に、嘔吐していく。

 お母さんだったものが、ビニールの中に吐き散らかされた。


「怜子がそんな調子じゃ、ファミレスに入れなくなるなあ。これは公園に中身を捨てていこうか。仕方ないな、怜子、コンビニで夜ごはん、買ってこよっか」

 

 葉月ちゃんのその双眸は、この世界を見ていない…………。

 何が、彼女をそうさせるのか…………?



 もうすぐ初夏だ。


 彼女と私は“ペットの墓場”にいた。

 昔みたいに、彼女は大量の墓石を見下ろしている。


 月が綺麗だ。

 まだ夜は長い。


 彼女はコンビニで買ってきた、みたらし団子とカスタードのたい焼きを傍に置いていた。

 それから、パリパリのチキンを口にしている。


 そして、戦利品として持ってきた、私のお父さんとお母さんの骨の一部を手にしながら、それをまじまじと見ていた。


「怜子。私は、この世界を美しいと思っているわ。貴方は?」


 私の先には、深くて暗い絶望が口を開けていた。

 

 ペットのお墓には、大量の線香が突き刺さって煙を上げている。

 蓮の強烈な匂いが立ち込めていた。

 お墓の土の下から、沢山の呻き声が聞こえた。


「そう言えば、怜子。怜子をイジメていた、五人の女子生徒いたよね」

 葉月ちゃんは、みたらし団子を頬張りながら言う。


「彼女達で試してみよっか。どうせ、怜子の事を忘れる。でも、それって悔しいよね? ふふふっ、虫と小動物、どっちがいいかな? ああ、どっちも使おっかっ!」

 ペット達のお墓の底では何やら生き物達がうごめいているみたいだった。

 この辺りには虫の死骸も沢山、転がっている。

 葉月ちゃんは……彼女は、人以外のものでも試してみたいのだろう……。


 葉月ちゃんは、殺した私の母親の小指の骨を手にして、キスをしていた。


「眠りの時間はもうおしまい。みな、起き上がるのよ」

 月明かりの下、彼女は笑っていた。


 …………。

 そうして、私はゾンビとして、葉月ちゃんの傍にいる事になった。

 彼女の暗黒の精神の付き人として…………。


 これが友情や愛のカタチなのか、今の私には、まるで分からない…………。


END

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『Re:反魂の儀式・怜子』 朧塚 @oboroduka

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