『Re:反魂の儀式・怜子』

朧塚

葉月ちゃんは私の事を友達だと言った。

 私には友達がいなかった。

 それから、家庭にも居場所が無かった…………。


 葉月ちゃんだけが、孤独で誰とも会話出来ない私の話し相手だった。

 葉月ちゃんは、とても不思議な女の子で、そして後に私を苦しめた……。



 高校一年生の時だった。

 私が葉月ちゃんと仲良くなったのは……。


「へえ。上城さん、下の名前、怜子って言うの。可愛い名前。そうだ、私と友達になる?」

 葉月ちゃんは高校一年の時に、友達のいない私と友達になってくれた……。


「美少女じゃない。でも、なんで、いつも一人でいるの?」

 そう言う、葉月ちゃんも美少女だった。

 ただ、彼女は少しキツめの顔立ちをしている美少女だが。


「えっ、その…………」

 私は女子生徒のグループから一年生の時から、眼を付けられていた。

 多分、私のおどおどした処とかが彼女達の気に障ったのだろう。


「私、その、友達いないの」

「そう。私も友達いない。仲良くならない?」


 そうして私と葉月ちゃんは、友達になった。

 葉月ちゃんは、高校の間、一度も私の手を握ったり抱き締めたりなどのスキンシップをしてくれなかった。何でも“他人の体温が気持ち悪い”との事だった。



 友人である、昼宵葉月には、悪い噂。そして怖い噂があると聞いた。


 中学校の時に彼女をイジメていた女子生徒の顔をシャープペンシルで何度も刺して、その女子生徒のグループが不良の男子生徒何名かを連れて、彼女を追い込もうとした時、昼宵葉月は、大型のカッターナイフでサッカー部に所属していた、その男子生徒の脚の腱をズタズタに引き裂いたのだと。以来、誰も彼女をイジメる人間はいなくなった。


「ああ。それ本当」

 葉月ちゃんは、天気の話をするようにその事を事もなげに言った。


「群れで弱い相手を踏み躙る事しか出来ない人達だったから、私は正当防衛でやった。それだけ。だから、その女子生徒の頬を刺して、眼球にペンを入れてみた。私は優しいから、失明しないように、ちゃんと白い部分を狙ってあげた」

「…………。怖くなかったの?」

「何が?」

「その、イジメてくる人達に対して……、それから他人を、その、傷付ける事に対して……」

 私がそう聞くと、葉月ちゃんは少し考えて言った。


「正直、イジメのターゲットに私を選んで嬉しかったわ。私は“正当な理由で他人を傷付けたい”。“彼らも何かの理由で他人を傷付けたい”。じゃあ、お互いの需要と供給が一致していると思って。面白い事にあんなに集まって、体育会系の男子生徒達まで呼んできたのに、男子生徒側のリーダーみたいな人の脚を二度とボールを蹴られないようにと、ズタズタにしてあげたら、他の人達はもう私に何も出来なくなった。全員で七名もいたのに」

 葉月ちゃんは、その時の事をまるで楽しそうな想い出のように語る。

 実際、彼女にとって、楽しい想い出だったのだと後で分かって、私は彼女が怖くなった……。


「…………。ああ、そうだ。その男子の脚がみなが想像している以上に、バケツの水を零すように広がっていっているのを見ている間、彼らにこう言ったんだっけなあ? “これ面白いね。次、誰が私に来るの? 次は顔を裂いてみたい。喉だと死んじゃうかな? カッターは予備も何本も持っている”。私がお腹を抱えて笑ったのもよく無かったのかもしれない。試したかったのに」

 まるで、修学旅行の想い出でも語るように、葉月ちゃんは、うっとりと、その記憶に浸っているみたいだった。


「その、お父さんとかお母さんとか、それから先生達に何か言われなかった?」

「ん。スマホの録音機能で逐一、私へのイジメは録音していたし、机とか教科書とかの嫌がらせも全部、写真撮影していて、黙らせたの」


「で。頭に脳味噌の詰まっていない教師の一人が“やり過ぎだ”って言ってきたから、私はこう返したの。“男子生徒まで連れて物陰に呼び出された。男子生徒を呼ぶって事は、私を強姦ないし輪姦する可能性があった。その光景も写真や動画で撮られてネットにアップロードされるかもしれない。もし、私が正当防衛に失敗して、男子生徒から性的暴力を受けたら、その証拠を集めてTV局に提出するつもりだった。TV局がダメなら被害者である私の方が自らネットで受けた自分の被害を晒す。この中学校、酷く世間からバッシングされるかもしれないわね?”。そう言って黙らせた」


 葉月ちゃんはそんな事を淡々と語る。

 …………、ああ、発想が本当におかしいんだな、と思った。


「私は強姦されてその動画をアップロードされたら、それを利用して加害者の側を社会的に抹殺する。加害者の親も学校も晒す。どちらがネット民の怒りを買い、晒される対象になるのか、彼らは理解していない」


 葉月ちゃんは、まるでゲームを話すかのように言う。

 

 ……この子は、自分が傷付く事も、まるでどうでもいいんじゃないか、と、私はその時、思った。


「そう言えば、何で、私、イジメのターゲットにされたんだっけなあ? 集団に対する協調性が無いのと。それから……、そうだ、学校の図書室で黒魔術とか拷問とかの本を読んでいたのがマズかったのか。ホラー小説とか、よく分からないのよね…………」

 葉月ちゃんは本当に分からない、といった顔をしていた。



 葉月ちゃんは、男子からモテた。

 彼女に告白してくる男子が何名かいた。


 属性はバラバラで、陸上部の人だったり、一つ上の先輩だったり、放送部の人だったり、少しオタク的な雰囲気の人だったりした。


 思うに。

 みな、葉月ちゃんのミステリアスな部分に惹かれていたのだと思う。


 葉月ちゃんはみな、彼女に告白してきた男子を傷付けないように丁寧に断ってかわしていた。


 私はどう断っているのだろう? と、お昼休みに訊ねた事がある。


「ああ。断り方、丁寧にしてるの。ストーカーになられたら面倒じゃない? まあ、別にストーカーしてきても、それはそれで、私への強い執着に興味があるから嬉しいけど」

 そんな風に言った。


「…………。どんな断り方してるの?」

「必ず聞くのが。“それで、貴方は何が手に入る? 私以外にも可愛い女の子は幾らでもクラスにいる。私を選んで理由を聞きたい”って」

 彼女はそう言いながら、お昼ご飯である煮豆を口に入れていた。


「断る理由を丁寧に言うの。“私は恋愛漫画や恋愛ドラマのような、ラブストーリーが欲しいとは思わない。思春期の男の子にありがちな性欲を満たす対象として生きているわけじゃない。それから、私は他人と人間関係を持つのが疲れる。恋人だけじゃなくて、友達もあまりいらない”。で、重要なのは、相手を傷付けない。皮肉を言わないようにするの。最後に“告白してくれた事は嬉しい。他人から好かれるのは悪くないから”って」

 彼女はハンバーグを食べながら、青空を眺めていた。

 私達はよく晴れた日は、屋上でお弁当を食べていた。


「友達も彼氏もいらないの…………?」

 私は少し困惑する。


「うん。私の自閉的な世界観を共有出来る人はあまりいないと思って…………」

 ふと。葉月ちゃんは、窓の外を見ながら、少し寂しそうな顔をする。


「怜子。私は貴方が何か、闇を抱えている感じがするな。分からないけど。だから、私、何となく貴方と友達になりたい、って思ったのかな?」

 そういう葉月ちゃんは、何処か孤独そうだった。

 彼女は多分、表面上、形だけの友達は作れるのだろう。

 でも、彼女は何か問題があって、形だけの友達にうんざりするのだろう。


 …………、私は無力で色々な事が出来ない。

 でも葉月ちゃんは、やろうと思えば、普通の人間には出来ない事だって出来る。そう言えば、葉月ちゃんの学校の成績は優秀だった。もっとも、体育は苦手だと言っていたが。水泳や陸上は得意、でも、チームプレイのあるスポーツがどうしても苦手だ、と。



 私は五人くらいの少女のグループ達からイジメられていた。

 高校一年でさっそく目を付けられて、その少女達のグループは私に度々、嫌がらせをしてきた。


 陰口を言ったり、物を隠したり、そういったものだったが。

 私へのいわれの無い誹謗中傷などが女子の間で流行ったりした。

 たとえば、私は隠れて大人の男の人に身体を売っているだとか。

 陰湿な彼女達の攻撃は、三年間、幾度となくあった。


 ただ、酷いのは一年目で、露骨に弁当を捨てられたり、トイレの中で水を掛けられるなどされたが、葉月ちゃんが私と仲良くなっているのを見て、いじめグループは私への攻撃は控え目になった。



「彼女達、可愛くないでしょ。可愛い貴方に嫉妬しているのよ」

 葉月ちゃんは、私の話を聞きながら、少し楽しそうだった。

 頭の中で、どうやって私をイジメるイジメグループを攻撃するか、そんな事を考えているように見えた。


「怜子が助けて欲しいなら、私は何かするけど」

 彼女はそう言う。


「うん、でもいいよ…………」

 学校は家よりは、ずっとマシだったし、何より葉月ちゃんの噂を聞いて“報復に対してやり過ぎなんじゃ?”と思ってしまったから、私は彼女が私の事で何かする事が怖かった。


「怜子は優しいね。天使のように優しい」

 そういう葉月ちゃんの声音は柔らかい。



 いつだったか。


 高校生活で、活発なグループの男子生徒が悪ふざけをしていて、四階から転落した。

 頭から血を流していた。

 みんなが慌てふためいている中、葉月ちゃんだけは、その男子生徒の様子を真剣に眺めていた。


「もしかすると。これから死んでいく人の映像を撮れるかもしれない」

 そう言いながら、彼女は男子生徒をスマホで撮影し、動画を撮っていた。


 そう言う、彼女の眼は、まるで博物館に初めていった子供のそれだった。

 結局、その男子生徒は病院に行って、頭に何針も縫って、左手の指と両脚を骨折しただけで済んだ。葉月ちゃんは、とても残念そうだった。



 家に帰ると、私の前にはお父さんが待っている。

 私はお父さんの奴隷だった。


 お父さんは一流企業の責任者でおかしくなっていた。

 だから、お父さんは私に酷い事をし続けた…………。

 その事を、私は誰にも言えなかった。

 高校二年の頃は、親友と言ってくれた、葉月ちゃんに対しても……。


 葉月ちゃんに家族の話を訊ねたら、葉月ちゃんは、両親との関係が、とても良好だと言う。

 葉月ちゃんは、父親を尊敬しているし、ファザコン気味かもしれない、と語ってくれた。中学校の時、葉月ちゃんが問題行動を起こした時も、父親は一貫して彼女を庇い、相手に対して謝る理由も一切無いと言ってくれたと。だから、反抗期でも、両親に対しての犯行行動はやらないようにしているのだと。


 その話を聞かされて、私は葉月ちゃんに、自分の家庭の事を打ち明けられなくなった……。


 私は私の父から、罵倒される。

 いつだって…………。



 葉月ちゃんには、お気に入りの場所があった。


 それは廃神社の周辺にあった『ペットの墓地』だった。

 いつからあるのか分からないが、みんなして、亡くなったペットを此処に埋めに来るのだ。元々は神社跡地で、神聖な雰囲気があって、供養をするのに相応しい場所、という認識で広まったのだろう。


「中学校の頃に読んだキングの小説に、こんな雰囲気の場所があったけど、此処は美しいわね。沢山の死が眠っている」


 この先は沼地になっているらしい。

 そして、沢山の虫が飛んでいる。


「怜子。真夜中に見る小動物の死骸の事を教えるわ」

「それは何?」

「何度も何度も、車にひき潰されてコンクリートの大地と一体化した猫の死骸は、とっても美しいの……。血が砂と混ざり合い、虫が集っている。頭蓋骨や臓物までもが平らになっている。既に物体になってしまった、その猫に触れる時、私は仲良くなれた気がする」


 こんな話をする時の葉月ちゃんの眼は怖かった。

 彼女の眼からすると、それは素晴らしいものに映っているらしいから……。


「………葉月ちゃん…………」

 私は彼女の言っている事に引いたし、怖くなった。


「そんな顔で見ないでよ、怜子。私は死んだ猫さんを見たら、線香を買ってきて、焚いてあげているわ。安らかに、空に登れるように」


「ねえ。その猫さんを見る時、どんな気持ちなの…………?」

「子供の頃に行っていた、大聖堂のステンドグラスを見ている気持ちになる。なんだろ、そうだ。崇高なものに触れている気分になるんだ」


 葉月ちゃんは、明らかに異常だった。

 そして異常なまま年齢を重ねている。

 でも、彼女自身は自身が明らかに異常である事を忘れて、こんな話を始める。


 私達は、よく“ペットの墓地”で、お月見をしていた。

 葉月ちゃんは御団子とおはぎ、お茶を買ってきて、沢山の墓石と簡易的な十字架を眺めていた。


 墓場の匂いは、心地よい、と彼女はいつも言うのだった。



 高校二年生の冬頃だった。


 葉月ちゃんは、最近、彼氏を作ったらしい。

 私は驚いた。


 私達二人はいつものように、屋上でご飯を食べていた。


「ん。性的関係にならない事と、キスとかハグとかもしないとかの条件で、その男の子と付き合う事にしたの。告白されたから」


「…………。意外だね。ずっと彼氏作らないと言ってきたのに……」

 私は少し寂しくて複雑な気持ちになった。

 なんだか、友達に見捨てられたような感覚……。

 実際、最近、葉月ちゃんは、私とお昼ごはんを一緒に食べてくれない事が多くなった。


「私も意外。告白されて、最初は、断ったんだけどなあ。でも、彼は美術部で、宗教的な絵を描いていた。十字架に張り付けられたキリストの絵。それを見て、私は彼と付き合ってもいいかな、と思った」

 そう言いながら、彼女はお昼ごはんのハムカツサンドを口にしていた。

 何でも、母親の手作りらしい……。

 私はいつも、コンビニ弁当だった。

 私の母親は、昼食代こそ渡すが、私の弁当を作ったりはしなかった。仕事で忙しいとかなんとか……。


「だから。彼とデートしたり、お昼ご飯を食べたりしている。あ、ごめんね、怜子。怜子との時間を共有出来ない事が増えて」

 そういう葉月ちゃんは、私に対して本当に申し訳なさそうだった。


「怜子。私はずっと、誰とも自分の感性を共有出来ない世界で生きてきた。だから、友達なんていらなかったし、彼氏とかも、まるで興味無かった。でも、彼、佑大(ユウタ)って言うんだけど、彼と話しているうちに、思いのほか、私と話があって…………」

 彼女はハムカツサンドを全て食べ終わった後、少し口を閉じる。

 そして、悲しげで空しそうな顔で、私にこんな話をした。


「小学校の時に、親戚のお姉さんの首吊り死体を見た……。第一発見者は私。……あれ以来かな? 私が死とか、死体とかに強い興味を抱くようになったのは…………」

「そうなんだ。そんな事があったんだね……」

 私はコンビニ弁当を食べながら、悲しそうな顔をしている彼女の話を聞いていた。


「佑大とはキリストの話をよくしている。それから、宗教の話も。特にキリストの復活の奇跡の話が好きなの。佑大は憑かれたように、宗教の絵を描くの」


 そう言う葉月ちゃんの横顔は、完全に恋する乙女だった。


 ただ…………。


「佑大に。貴方を殺して、張り付けにしてみたい、って言ったら、嫌な顔をされたなあ。私は人間が冷たくなった身体に、もう一度、触れてみたいのに」

 

 やっぱり、葉月ちゃんは、葉月ちゃんだった…………。


「今日は学校帰りに、佑大とデートする。怜子、本当にごめんね。貴方といる時間も、もっと作るようにするから」

 葉月ちゃんは本当に済まなさそうな顔をしていた。

 そしてお昼休みの終わりのチャイムが鳴った。



 月日は流れ、もうじき、高校の卒業式の日が訪れた。


 商社マンで年収も多い、私の父親はねっとりとした口調で私を見ていた。


「怜子。お前は一人暮らしをしたいと言ったな。だけど、お父さんは怜子にずっと、傍にいて欲しいんだ。服飾系の専門学校に通う事は認めよう。だけど、お父さんから離れる事は許さないよ?」


 そう言って、父は私の部屋で、ネクタイを解いて、ワイシャツを脱いでいく。

 私は眼を閉じた。


 父は私に裸で近付いてくる…………。

 私は考えるのを止める…………。

 自分自身を人形だと思うようにする……。


 私は篭の鳥。

 本来は感情を持ってはならない籠の鳥。


 どんなに踏みにじられ、どんなに凌辱されようとも籠の外に出てはいけない鳥。

 あるいは、綺麗な肌の白い人形…………。


 数日後。

 私は気付けば、全てに絶望して、マンションのベランダから飛び降りていた。


 地面に落下していく直前、私はまるで殉教者のような気分になった。

 頭の中で走馬灯となって、葉月ちゃんの顔と、彼女が語るキリストの話が駆け巡っていた。


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