究極のスコッパー オーガスト・ダーレス

 今でこそ広く認知されているクトゥルフものですが、生前のラヴクラフトはほとんど無名だったそうです。

 私もラヴクラフトの短編集を持っているのですが、思い付いた言葉を片っ端から詰め込んで添削していないのではと思えるような文体で、読解にはかなり苦労しました。

 また、無神論(もしくは理神論)から端を発したであろう独自の宗教観が、キリスト教圏のアメリカでは理解されにくかったのかな? とも思います。

 鳴かず飛ばずだったラヴクラフトが、死後に再評価され、一大ジャンルとしての地位を得たのには勿論理由があります。

 それが、オーガスト・ダーレスと言う人です。

 

 オーガスト・ダーレスは、ラヴクラフトと文通で交流していた小説家でした。

 ラヴクラフトを師とあおいでいた彼は、ラヴクラフトの死後に、その作品群を神話として体系化しました。

 これが、現在私たちの知る“クトゥルフ神話”の成り立ちです。

 その啓蒙活動への執念は凄まじく、自ら会社を立ち上げてクトゥルフものの作品や作家を多数輩出するに至りました。

 ラヴクラフトの世界観を我が物顔で独占した、と言う批判も見られましたが、そもそもクトゥルフ神話はラヴクラフトが数人の仲間と世界観を共有しており、彼個人のものではありませんでした。

 その仲間の一人だった立場から、この思い切ったやり方が可能だったのだろうと思います。

 しかし、他人の才能を信じて一蓮托生の賭けに出るとは……常人の胆力と人を見る目で出来る事ではありません。

 そして、ダーレスと言う商才に恵まれた人間がこうまでしないと、ラヴクラフトはそのまま消え去っていたと言う事です。

 まさに、スコッパーの極地と言えます。

 

 もう一つ、ダーレスの“功罪”とされる事があります。

 それが、ラヴクラフト独自の宇宙的恐怖(コズミックホラー)と言うジャンルの定義を、ダーレス風のそれに摩り替えて広めてしまった、と言うものです。

 ラヴクラフトの書く恐怖とは、人間には知覚すら出来ない高次元の存在。まさしく「名状しがたい」恐怖です。

 しかしダーレスは、神や神話生物にランク付けをしたり、四大元素と言った既知の要素と結びつけてしまった……つまり、人間が言及可能な存在に「落としてしまった」「名状出来るものに貶めた」と言う事です。

 しかしながら、これに関してはラヴクラフト本人がダーレスの作った設定にノリノリで参加していたと言う説もあります。

 晩年に執筆したインスマスを覆う影等でも、ダゴンを崇拝する教団に言及があります。……と言うことは少なくともダゴンは、まだ人間が信仰対象とする余地がある=辛うじて名状出来る存在ではないか、とも思えます。

 そんなわけで「ラヴクラフトの真意を理解せずにクトゥルフ神話を広めた!」と怒っているのは外野ばかり、と言う事だと思います。

 ガンダムの富野由悠季監督とGガンダムの関係も、蓋を開けてみればそんなものだそうですし。

 

 ラヴクラフトが晩年に宗旨替えしたのか、宇宙的恐怖と常識の中間くらいの事象があっても良いじゃないか、と考えていたのか。

 はたまたダーレスが「わかりやすい入門編」としてそう言う設定を作った(そして、もっと勉強する気のある人だけラヴクラフト原理主義になれば良いとした)のか。もしもそうなら、かなりの先見性だとは思いますが、勉強不足な私の勝手な想像です。

 そもそも、仲間内でわいわいやっていたので、何を書いても否定される事がない(新解釈として扱われる)懐の深さが、作家の参入のしやすさに繋がったと思います。

 

 とにかく、人目に触れてこそ浮かぶ瀬もあります。

 ゴテゴテにくどくて不親切な文体と、大多数の人が自力で理解する糸口すら掴めない世界観。

 そんな、数行読んで捨てられかねないものの中にある、新境地のジャンル。

 それを理解し、皆が理解できるように変換してくれた人が居るからこそ、現在のクトゥルフ神話があると思います。

 商業と創作は時にジレンマを生みますが、その折衷を取り、橋渡しをする事もまた大事なのでしょう。

 天才が仇となって売れない作家には、そうしたスコッパーが必要不可欠なのかもしれません。

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