奴隷は不幸?

 今回、創作論で奴隷について言及しようと思ったのには二つのきっかけがありました。

 

 一つは、前回の話を読んで下さった方にはお察しの通りだと思われますが「最近トレンドとされる一定の作品群」において、ヒロインを奴隷商から買うと言うエピソードが頻出していると言う事です。

 これについては、少しでも質の高い考証を行うには? と私なりの考えは述べました。

 と言うわけで、異世界の美少女を金で買う事(を書く)、それ自体は否定しません。

「こんな娘が売られていたら、自分なら買ってでも助け出して、絆を育んでいくのに」

 そう言う願望もまた、物語を書く原動力ではあると思います。

 私も、似たような空想を一度もしたことが無いと言えば嘘になります。

 王子様の到来を望む乙女心や、終わりの無いサザエさん空間の学園生活を書き続けるのと同じです。

 ただ、その行為に付随する様々なネガティブ要素に自覚的であって欲しいとは思います。

 まず、奴隷商の“売りもの”であったヒロインを金で買うと言うことは、彼女がそこに追い込まれた元凶である奴隷の売買と言うシステムを肯定する事です。

 もっと言えば、買う側の需要によって、売る側の供給は支えられています。

 現代の児童ポルノ問題に当て嵌めれば明白です。

 買う人間が居るから、売る人間が被写体と言う被害者を出す。だから、両者は全くの同罪なのです。

 そこを踏まえて書くのなら、何ら問題は無いと思います。

 それが例え「自分一人の売り買いなんて、ただちに世界を変えるわけではない」と言う愚かしい自己弁護であったとしても、書き手がそれを自覚しているのなら、それも良いでしょう。

「一目惚れした! この商人の懐が潤い、新たな奴隷が生まれようが、俺はこの娘と居たい! この娘しかいない!」

 もしくは、

「げへへ、こいつぁ上玉だぜ。これからは毎晩が熱いぜ!」

 と、エゴに自覚的でさえあれば、この辺の動機でも否定はしません。

 後者はよほどうまく書かれていないと、気持ち悪いと言う感覚がなかなか払拭出来ませんが、最初から「そう言う奴」だと突き抜けている場合は悪くないかと。

 また、そこからどう話を膨らませるかは結構な茨の道と思われます。道中、お気をつけて。

 それでもやはり、最悪なのが、書き手も主人公も無自覚なパターンとは思います。

 さて、ここで前回の馬鹿げた未来予想「人類が働かなくてもよくなった数百年後」の話です。


 労働が野蛮とされる程に成熟した未来から、一人の男が現代にタイムスリップしたとしましょう。とりあえず持ち物は「被弾者を問答無用で蒸発させる無敵のビームガン(発射音:ZAP)」を一丁。そして、当たり前のように不死身。

 ヒロイン(もち、美少女!)は、コンビニのアルバイトでレジを打っています。常に浮かない顔。

 公平を期す為(?)彼女には「浪費家の両親のせいで下の兄弟を養うためにやむを得ずバイトをいくつも掛け持ちしている」と言う背景を付けましょう。

 そしてヒロインは、先輩のお局に嫌われ、毎秒息をするようにイビられています。

 舞台設定完了。

 

先輩「あのさぁ、アタシさっき、あそこの棚の品出ししといてって言ったよね? 何で手付かずなワケ」

ヒロイン「ぇ……そんな事聞いてません……」

先輩「アぁ!? じゃあ、アタシが嘘ついたってんの!? 言ったっつったら言ったんだよ、このビッチがァ!」

主人公「な、なんだこの野蛮な光景は! 俺の時代にこんな事はなかった! これでは家畜の扱いだ、許せん!」

 ZAP ZAP ZAP ZAP!

先輩「うげっー!」

 嫌味な先輩は死んだ。

店長「何だ、どうしたんだ!?」

主人公「貴様が元凶か! 権威をかさに着て人々を奴隷に貶め、挙げ句彼女をこんな目に遭わせて許せん!」

 ZAP ZAP ZAP ZAP!

 店長は死んだ。

主人公「これで君は自由だ。君を救えて本当によかった。俺は正直、元の時代に倦んでいた。この時代で第二の人生を歩みたい。共に行かないか」

ヒロイン「ぁ、あぁ…………」

警察「何の騒ぎだ!」

主人公「ちっ、まずはここを切り抜けるぞ!」

 主人公は彼女の手を取り、逃避行に走った。

 その後、未来から来た彼は指名手配され、単身での国際テロリストとして世界をも敵に回して勇敢に戦い抜いた。

 その腕には常に、憂いを帯びた美しい少女が抱かれていたとも言われる。

 了

 

 かなり恣意的な条件ではありますが。

 と言うか人身売買描写の是非を語っていたはずなのに、ぬっ殺してしまいましたね。まあ、そう言う強奪まがいのパターンも見聞きしたので、それも内包していると言う事でご容赦下さい。

 とにかく。

 この後、ヒロインの立場は? 下の兄弟とは今後会えるのでしょうか? 

 彼女が守ろうとした日常には、まず戻れないでしょう。

 それが例え、毒親に搾取されるものであっても、彼女にとっては維持したい生活だった筈です。

 そして、有無を言わさず殺された店長に家族は居ないのか? 彼は何のために働いていたのか?

 この例では全く無辜の店長でしたが、例え奴隷商を生業としていても、それが自分や家族を養う最適解であったなら、一方的に蹂躙して良い謂れはありません。

 

 前回、現代の労働もある種の奴隷制では? と述べました。

 無職は駄目だと急かされるまま、何かしらの職を選び、嫌でも自分を売らなければならない。そうした選択をしなければ、大多数は生きていけない。

 それでも恐らく、現代人は消極的ながらも選んだ道を進んでいるとも思います。

 無論、好きで激務の道を選んで充実した人生を送っている人も居る事でしょう。

 とにかく経緯や実情はどうあれ、我々は今がベターな状態だと判断して学業や労働を行っているのでは無いでしょうか。

 逆説的に、非正規職員やヒラ社員だけでは無く、主任や、ともすれば部長すらも“奴隷”と言えます。

 現場の責任を取る、奴隷を統率する奴隷。

 私も現職には概ね納得していますが、不満は決してゼロではありません。

 そもそも何かの間違いで一生食べていけるお金が入ってきたら、早々にリタイアするでしょう。

 だからと言って、上記の“主人公”のような人に手を差し伸べられても受けるわけには行きません。

 その時代、その世界の住民には“基盤”があります。例え天涯孤独で、全く良いことが無かったとしても。

 また、現状ほど最悪なことは無いから抜け出したい、と願って止まない人ほど、こうして棚ぼた的にもたらされた救済には懐疑的となるでしょう。

 

 大体予想はしていましたが、やはりきっかけその1だけでも、かなり長くなりました。

 きっかけその2は次回に回し、今回はここまでにします。

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