第3話 日が昇るまで

 「ラン、起きて」


 メイに呼びおこされ、蘭は反射的はんしゃてきに剣の柄を握り、目を覚ました。


 「何か嫌なものが近づいて来るみたい」


 しーと人差し指をくちびるの前に立て、蘭は機敏きびんに周りを見渡し、耳を澄ませる。

 雨の音はもう止んでいた。虫もふくろうも鳴いていない。夜は明けそうなほどに深まっている。

 そんな静寂を引き裂けるように、聖堂の扉がギーと不気味な音を立てて開けられた。

 外の冷気が流れ込んで肌に触る前に、蘭は素早く剣を抜き、ランタンを手に取った。

 薪火まきびの弱まった光りに緑めいた蒼白そうはくな指が踏み入れられる。

 蘭がその指に注目するとたん、指の主人が息を呑む時間すら与えない速さで襲いかかってきた。

 踏み散らされた薪火が無数の火の粉と化してちゅうを舞う。

 降り落ちる火の粉が敵の姿を明かした。

 獣のような尖がった爪に引っ掻く寸前に跳び退いた蘭が目にしたのは、人の輪郭りんかくをして人あらざるものだった。睨めつく黄色い目に裂けるように開けた真っ赤な口、刃みたいな二列の牙、細くても筋肉が浮き出る四肢は、毛のない狼を彷彿ほうふつとさせる。


 「ちっ、骸食グールか」


 正体を見破られた骸食はまた蘭に飛びかかる。起こされた突風は火の粉を消した。 

 今回も跳び退いて何とかかわしたが、何度も闇に身をひそめ、何度も飛びかかる骸食に対し、蘭は辛うじて剣でその爪牙を目の前で防ぐだけ。

 蘭は骸食の姿が見えない。骸食はランタンの灯りに照らされる蘭をちゃんと見えている。

 ランタンの火で骸食を焼き倒したいが、どこを焼けば分からない。例え分かっても、ランタンの小窓を開ける瞬間に疲れの知らない骸食に押し倒される。

 苦戦に陥った蘭はだんだん祭壇さいだんの果てへ退却する。

 蘭の背中が神像しんぞうあたたった。

 もう一歩も退けない状態だ。

 次は衝撃しょうげきを真っ当に受けるしかない。

 骸食はいったん黒闇に戻り、消えそうになったランタンを提げて差し伸べた手に向かって決めの一撃をしかける。

 ランタンを提げていたものは観念して立ち尽くした。

 爪がランタンに当たり、後ろへ揺らぐランタンが照らし出したのは、いつくしみにあふれた神像の顔だった。

 驚愕きょうがくする骸食が気を取り直す前に、利剣りけんがそのうなじから刺さり込み、脊髄せきずいを断ち切ってのど貫通かんつうした。

 黒い血を吐きながら何度も痙攣けいれんして、骸食は無害の死体となった。

 ちょうどその時、主役を照らし出すように、かわらが割れている屋根と開けた扉の外から新生する天光てんこうが漏れこみ、両手で剣の柄を握る蘭の姿を闇から浮き出させた。


 「燃やしないの?またよみがえるかもしれないよ」


 梅は蘭の肩を越して骸食をチラッと見て言った。


 「そうしたいけど、ランタンが…」


 骸食の足元に、ガラスの破片と枠組みだった鉄片が散らされる。


 「直せないかしら?の魔法で何とか」

 「運び屋はランタンがないと魔法が使えない。もうダメだ」

 「ランタンがないとこれからはどうしよ」


 狼狽うろたえ出す梅に答えず、骸食の背中を踏んで剣を抜いた蘭はさき安眠していたところへ行く。


 「荷物は無事だ。」

 「でもランタンがないと大変じゃない!」

 「構わない。まだ剣がある。」

 「でも…」

 「行こう。ここはもうおまえの村に近い」


 荷物の木箱を背負い、蘭は聖堂を出る。


 もうすぐ着きそうだ。

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