第22話 終焉

「お父さん……お父さんっ!? ライリー君、お父さんがっ!」


 人の形をした黒い炭になってしまった師匠を前に、アリスちゃんが地面に膝を着き、ポロポロと涙を流す。


「ねぇ、ライリー君。私のワガママ……お父さんと別れたくないって言ったのに。叶えてくれるって言ったのに……」


 アリスちゃんが泣き崩れているけれど……まだだ。まだ早い。

 早くしてくれ……と、内心焦りながら密かに準備を進めていると、不意にアリスちゃんの身体が淡く光りだす。


「……魔王のスキルを習得? そんなの要らないっ! それよりも、お父さんを……」

「アリスちゃん。魔王のスキルを得たんだね? 間違いない?」

「ライリー君……今は、そんな事……」

「お願いだ。アリスちゃん、正確に教えて。魔王のスキルを得たんだよね?」

「……はい」

「分かった! 後は、俺に任せろっ! ≪ためる≫っ!」


 アリスちゃんが泣いている間も密かにスキルを使用していたので、これで七段階目。

 それから更に、


「≪ためる≫……こ、これが限界か……」


 初めて八段階目――二百五十六倍まで魔力を溜めた。


「……ライリー君? 一体何を……?」

「アリスちゃん、少し離れて……行くぜっ! 時間遡行っ!」


 母さんから教えてもらった時空魔法の中で、唯一俺が使える魔法――限定的に時を戻す魔法だ。

 物には何度か使った事があるけれど、人に使うのは初めてだったので、念の為に魔力を最大まで溜めて使ってみたけれど、


「お、お父さんっ! お父さーんっ!」

「……ん? ど、どういう事だ? 俺は今から二人と戦うはずなのに、どうしてこんな所で倒れているんだ?」


 無事に、師匠の時間だけを戻す事に成功した。


「良かった……。お父さん、ライリー君がお父さんを生き返らせてくれたんです!」

「という事は、俺はアリスとライリーに負けたのか。流石、ライリーだな。俺の期待通りに……って、魔王のスキルはどうなったんだ!? というか、生き返らせる……って、ライリーはそんな事まで出来るのか!? す、凄いな。とっくに俺を抜いているんじゃないのか!?」

「いえ、まだまだですよ。俺は転移魔法なんて使えませんし、素の魔力は、あの本気になった時の師匠の魔力には到底及びません……し」


 七段階目まで溜めた魔法と、八段階目まで溜めた魔法を連続で使ったからか、それとも緊張が解けたからか……一気に疲れが来て、一瞬で視界が真っ黒に染まっていく。


「ら、ライリー君!?」

「いかんっ! 急いで……」


 慌てるアリスちゃんと師匠の声を遠くに聞きながら、俺は意識を失い……気付いた時には、柔らかい何かに優しく包み込まていた。

 その何かに触れている所は、凄く気持ちが良くて、温かくて、いつまでも触れていたくて、まるでアリスちゃんのおっぱいみたい……


「って、アリスちゃん!? どうして全裸なのっ!? あと、ここは!?」


 目が覚めた時には直径一メートル強の、青色の筒の中みたいな場所で横になっていて、何故か裸のアリスちゃんが俺に密着していた。


「あ、あのね。お父さんが家まで運んでくれたんだけど、調べたら魔力の使い過ぎで気絶しただけだったって。寝てれば治るって言うから、その……そ、添い寝を」

「添い寝は凄く嬉しいんだけど、この青いのは?」

「あ、えっと……どうやら私が得た魔王のスキル? で、≪絶対防御≫っていうスキルなんです。この中に居る間は、外へ攻撃とかが出来ない代わりに、外から絶対攻撃されないっていう効果みたいで」

「なるほど。俺が眠っている間、守ってくれていたんだ」

「はい。あと、その……こ、今夜は誰にも邪魔をされずに、ライリー君と過ごしたいと思いまして……」

「そ、それって……えっと、そういう事……だよね?」


 念の為に確認すると、目の前に居るアリスちゃんがコクンと小さく頷く。


「あの、ライリー君。一生私の傍に居て、ずっと愛してくださいね?」

「もちろんっ! 約束するよっ!」


 それから、誰にも邪魔される事なく、アリスちゃんと一夜を過ごし……俺は真の意味でアリスちゃんを知る事が出来た。

 お互いに全てを知り合った後は、抱き合って朝まで眠り、二人揃って食堂へ。


「お、二人とも、おはよう。俺は覚えていないが、魔王と戦ったんだろ? おそらく激しい戦いだったのだろうから、そんな直後くらいゆっくりすれば良いのに」

「えっと、私とライリー君は夫婦ですから」

「知ってるよ。とりあえず、アリスのスキルがあれば、十六歳になった後でも、顔を見に来るくらいは出来そうで良かったよ」


 なるほど。アリスちゃんの絶対防御を使えば、師匠の自動戦闘スキルが発動しても、平気だもんな。

 まぁそれでも師匠が意識を失う前に帰ってもらう必要はあるけどさ。

 ずっと二人で手を繋いでいたけれど、食事の準備をすると言って、アリスちゃんがキッチンへ姿を消したので、昨日抱いていた疑問を聞いてみる。


「ところで、師匠。魔王の自動戦闘スキルが勝手に発動するのは、十六歳以上の魔王の血縁者が居る時ですよね? どうして、人間であるアリスちゃんのお母さんに対して発動してしまったんですか?」

「あー、魔王のスキルが自動発動する条件はもう一つあってな。こっちは、血縁者とか関係無しに、殺気を向けられると発動してしまうんだよ」

「殺気? どうしてアリスちゃんのお母さんから――奥さんから殺気を向けられたんですか?」

「……ライリーを信じて話すが、絶対にアリスに言うなよ? ……実は、隠し子が居る事が妻にバレてな」

「……は?」

「いや、いつも朝はアリスの所に居るけど、昼から他の街へ行くだろ? あれは、もう一人の娘の所へ行っていてな。今、十四歳なんだが、アリスとは違う可愛らしさが……ちょ、待て! ライリーが殺気を向けても自動戦闘スキルが発動するんだっ! 落ち着いてくれーっ!」


 まったく。アリスちゃんが十六歳になったら、魔王の血縁者から守らないといけないんだよ!?

 その為にも、これから師匠の下で更に修行を続けようと思っていたのに。

 一先ず俺はアリスちゃんだけを愛し続けようと胸に刻み込み、女性関連だけは師匠とは違う道を歩もうと心に決めたのだった。

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