第19話 魔王

 朝目を覚ますと……当然だけど、ベッドには俺しか居なかった。

 昨日みたいに、アリスちゃんが部屋を抜け出し、こっそり俺のベッドに潜り込んでくる……そんな期待をして、昨日は結構夜遅くまで起きて待っていたのだが、無駄に終わってしまったようだ。


「おはよう、アリスちゃん」

「ライリー君、おはよう」


 うん。今日もアリスちゃんは可愛い。


「おはよう、ライリー」

「おはようございます。師匠」


 三人で朝食を済ませると、


「さて。今日はいよいよ魔王と戦ってもらおうと思う。昨日も言ったが、ライリーとアリスが互いを信頼していれば、きっと勝てる。そして何があっても、互いを信頼し続けてくれるはずだと、俺は二人を信じている」


 何やらいつもと違い、師匠がずっと真面目な雰囲気で話し続ける。

 一方でアリスちゃんは、師匠を安心させるかのように、俺の傍に寄って来て、ぎゅっと手を握っていた。

 大丈夫。どんな相手だろうと、俺は絶対にアリスちゃんを守る。

 そう思いながら、俺もアリスちゃんの手を握り返すと、


「では、行くか。……転移」


 師匠の転移魔法により、視界が一瞬で変わった。


「ここは……この前、魔族を倒した場所?」

「そうだ。二人が魔王の側近であるジェイコブを倒した場所だ」

「ジェイコブ? あの魔族の名前ですか? 魔族の名前なんて、良く知っていますね」

「あぁ。俺は魔族に詳しいんだ。それより、ライリー。魔力を溜めておけよ。最大限に」


 そう言って、師匠が一人で俺とアリスちゃんから、ゆっくりと離れて行く。

 既に魔王の存在を感じているのだろうか?

 残念ながら、俺は父さんとは違って魔族の気配なんて察知出来ないので、その真偽は分からないが。

 一先ず、言われた通りに魔力を溜め、四段階――十六倍の魔力となった。

 先日倒した魔族は、十六倍の魔力では弾かれてしまったので、魔王に攻撃する際は、もう一段上げたいところだ。


「しかし、師匠。魔王はこんな所に居るのですか? 先日、魔族と戦った時に、魔王は現れませんでしたけど」

「いや、魔王はその場に居なくても、部下である魔族から、常時情報を貰っていたんだ。だから、ジェイコブと戦っていた様子は、魔王に伝わっている」

「そう……なんですね。でも、魔王を倒したいという気持ちは知っていますが、どうやってそんな事を調べるんですか?」

「簡単さ。何故なら、俺がその魔王だからな」


 一瞬の沈黙の後、師匠がゆっくりと振り向いて俺たちを見てくるけど……残念ながら、アリスちゃんの手前、愛想笑いも出来ない。


「……師匠。そのギャグ……滑ってますよ?」

「いや、ギャグでも冗談でもない。俺がアリスの父にして、魔王フレディだ。弟子であり、我が愛娘アリスの夫であるライリーよ。頼む。どうか俺を――魔王を倒してくれ」

「な、何を言っているんですか!? 意味が分からないですよっ!」

「そのままの意味だ。俺は、あの日――自らの手で妻を殺めてしまった時から、ずっと死にたかった。だが魔王のスキルにより自死はもちろん、魔王を倒すと挑んで来た者に、わざと殺される事も出来なかったんだ。だから、俺を倒せる者を自らの手で育て……ライリー。そこへ、お前が現れたんだ」


 師匠が魔王!? その上、魔王のスキルにより、死にたくても死ねない!?

 だから、魔王を倒せる弟子を育てた……いや、全然分からないよ、師匠っ!


「……ま、待ってください。お父さんが魔王という事は……お父さんは、魔族!? そして、私も……」

「アリス……今まで黙っていて悪かった。アリスの思っている通り、俺は魔族だ。そして、俺の妻――つまりアリスの母親は人間。アリスには魔族の……魔王の血が半分流れてある」

「私が……魔族」


 師匠のもう一つの顔を知り、いや自身に魔族の血が流れていると知ったからか、アリスちゃんが呆然と立ち尽くし……その場にへたり込む。

 そうか……師匠が言っていたのは、この事か。何があっても互いを信じろっていうのは。


「アリスちゃん! 血なんて関係ない! アリスちゃんはアリスちゃんだっ! 俺がアリスちゃんを好きな事に変わりはないっ!」

「ライリー君……」


 今にも泣き出しそうなアリスちゃんに手を差し出すけれど、俺の顔と手を交互に見るだけで、手を取ってくれない。

 自分が半分魔族だって分かったからか?

 だから何だって言うんだ! アリスちゃんはアリスちゃんだろっ!


「まったく……本当に血とか、関係ないの……にっ!」

「ら、ライリー君!? な、何を!?」

「ほら、アリスちゃんがいつも通りに戻るまで、俺はアリスちゃんを離さないよ? 何だったら、胸も揉んじゃうよっ!?」

「胸を……って、すでに触っているじゃないですかっ!」


 地面に座り込んだままのアリスちゃんを抱き上げ、そのまま左手で大きな胸を揉み続ける。

 右手はむにむにした太ももを触り放題だし……ついでにキスもしちゃえっ!


「……ら、ライリー君。わ、分かりましたから……お、お父さんの前で、これ以上は……」

「アリスちゃんが、いつも通りに戻ったって証明してくれるまで……俺からじゃなくて、アリスちゃんからキスしてくれるまで続けるよっ!」

「し、しますから……ら、ライリー君っ! そ、そんなトコ触っちゃ……んっ」


 抱きかかえたまま、色んな所を触っていたら、ようやくアリスちゃんからキスしてもらえたので、約束通りアリスちゃんを地面に下ろす。


「うむ。流石はライリーだな。さて、準備も整った所で、俺を殺してくれ」

「それとこれとは話が別です。どうして、師匠を倒さないといけないんですかっ!」

「おいおい。俺はアリスの母親の仇だぞ? 殺される理由なんて、それで十分だろ。それが俺の意志とは一切関係のない、魔王のスキル≪自動戦闘≫によって起こった事だとしてもだ。頼むよ、ライリー。俺を妻の所へ行かせてくれ。このスキルのせいで、自分ではどうにもならないんだ」

「しかし……」


 アリスちゃんと共に師匠の話を聞いていると、突然沢山の魔物が周囲に現れる。


「さぁ、≪自動戦闘≫スキルが発動するぞ。ライリーはアリスを守る為、アリスはライリーを守る為に、俺を倒すんだ。手加減は……出来ないからな?」


 師匠がそう言った直後、周囲の魔物たちが襲いかかってきた。

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