挿話3 待ちぼうけをくらう魔法学校一年A組担任メイソン

「あぁ、ライリー様の事ですね? 駆け出し冒険者だなんて仰るので、分かりませんでしたよ」

「は? ライリー様だと!? ど、どういう事だ!? つい最近、魔道士と認定されたばかりだから、冒険者ギルドにも登録したばかりだろう?」

「えぇ、そうですよ。登録して直ぐにドラゴンを倒し、昨日も魔族を倒して来ましたからね」

「ま、魔族だとっ!?」


 ライリーを探して回っている内に、ふと思いついて冒険者ギルドへやって来た。

 私の勘が見事に当たり、ライリーが登録していた事は分かったのだが、守秘義務という奴だろうか。

 ドラゴンを倒したとか、魔族を倒しに行っているとか……ギルドの職員は真面目に回答する気は無いらしい。

 そもそも魔道士になったばかりの者がドラゴンなんて倒せる訳が無いし、魔族だなんて騎士団や宮廷魔道士でも手が出ず、勇者や賢者様に頼るレベルだろう。

 ただ、この国にも最強の勇者と賢者と呼ばれた男女が居たが、結婚されて二十年前に田舎へ行ってしまって以来、全く話を聞かないがな。


「……一先ず、出直す事にするよ。ライリーがこのギルドを利用しているという事が分かっただけでも、十分に価値があったからな」

「あ、もうよろしいんですか? 何かライリー様に御用があったのでは? 最近は毎日来られていますよ?」

「む……そうか。今日は未だ来ていないのだな?」

「えぇ。毎日お昼過ぎに来られますね」

「分かった。少し待たせてもらおう」


 学長に言われた期限を考えると、悠長にしている時間は無いのだが、闇雲に探すよりは待っていた方が確実だろう。

 しかし、正午まで三時間か。昼過ぎと言っていたから、昼食を済ませてから来ると考えると、四時間程待つ事になるな。

 どうする? この辺りを散歩でも……いやいや、今日に限って早く来ないとも限らない。

 私のクビが掛かっているのだから、四時間くらい待とうじゃないか。


……


「……ライリーが来ないのだが」

「そうですね。いつもでしたら、そろそろ来られる時間なんですけどね」


 ギルド職員が、悪びれも無く言い放つ。

 六時間だ。昼を過ぎてからも、今日はたまたま遅いのかもしれないと思い、昼食も食べずに六時間待った。

 ところが、いくら待ってもライリーは現れない。


 ……しまった! ハメられたのかっ!

 思えばこのギルド職員は、ライリーがドラゴンや魔族を倒したなどと意味不明な事ばかり言って、最初から一度もまともな回答をしていなかった。

 クソッ! どうして、私は相手の言葉を鵜呑みにしてしまったのだろうか。

 ただただ時間を無駄にしてしまっただけではないかっ!

 ずっと涼しい顔でギルドの業務をこなしているように見えるが、内心では私の事をバカにしているのだろう。

 それに気付いた瞬間、席を立ち、


「あ、お帰りですか? よろしければ、ライリー様に伝言を伝えますよ?」

「……結構だ」


 声を掛けて来た職員を一瞥してギルドを後にする。

 失敗した……ただでさえ少ない残り時間から、半日も無駄にしてしまった。

 一先ず、このギルドの近くに居る事は間違いなさそうなので、ライリーの容姿を思い出しながら、街で聞き込みをしていると、


「あぁ、その少年なら、さっきウチで肉を買って行ったよ。……ほら、向こうの方を歩いている三人組だよ」


 陽が傾き始めた頃に、街の外れにある精肉店で、ようやく見つける事が出来た。

 見知らぬ少女と中年男性と共に居るが、あの黒髪は後ろ姿でも間違えようが無い!

 店主に礼を言い、街の中心から離れていく三人に向かって走り出す!


「ま、待ってくれ! ら、ライリー……ライリー=デービス。止まるんだ!」

「ん? ……えっと、どちら様ですか?」

「私だ……一年A組の担任であるメイソンだ」

「…………あぁ、魔法学校の。何か用ですか?」

「うむ。先日君を退学にしてしまったが、あれはちょっとした手違いだったのだ。復学出来る様に籍を戻しておいたから、明日からでも学校へ登校してくるんだ」

「……いや、もういいです。俺には師匠が居ますし」


 そう言って、ライリーが中年男性に目を向ける。

 こいつが師匠?

 ふっ……笑わせてくれる。

 こんな魔道士かどうかも怪しいような、普通の中年男性に何が教えられると言うのだ。

 どうせ、寮を追い出され、住む所に困って泊めて貰っているとか、その程度だろう。


「ライリー。師匠と言っても……こんなどこにでも居そうな普通の人に教わるより、ちゃんと学校で学ぶ方が良いだろう。それに、ちゃんと寮にだって戻れるぞ」

「いや、だからもう良いですってば。俺は学校に戻る気なんて、全くありませんから」

「意地を張るのはよせ。こんなオッサンの下で何が学べると言うのだ! お前の才能を腐らせるだけだぞ!」


 復学できると知ったら、すぐに飛びつくと思っていたのに、ライリーが頷かない。

 全く、これだからガキは……さっさと戻りたいって言えよ。


「おいおい。俺の目の前で息子を引き抜こうってのか? 本人が望むならともかく、断っているのだから引いてもらいたいんだがね」

「うるさい! 関係無い奴は黙っていろ! お前のような者が、この私に……」


 な、何だ!? さっきまでは、魔力の欠片も感じられない、ただのオッサンだったのに!

 どうして……どうして、敵意を向けた途端に、強大な魔力が溢れ出て来るんだ!?


「俺に……敵対する気か?」


 何だこいつは!? ヤバい……クビがどうとかって話ではない!

 このまま、ここに残れば――こいつの前に居たら間違いなく殺されてしまう!

 魔法学校の教員となる前、大昔の冒険者時代に培った勘が、全力で告げている。

 この御方に逆らうなと。


「し、失礼致しましたっ!」


 その場で地面に頭を擦り付けて謝ると……いつの間にか三人とも姿を消していた。


「た、助かった……」


 しかし、あの中年男性は一体何者なんだ!?

 あの垣間見えた魔力は、到底人間が持つレベルの魔力では無い。

 ……だが、余計な詮索は身を滅ぼす事を知っているので、私はただ茫然と立ち尽くすしかなかった。

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