ほっとする。


「平気か、姫?」

「うん……大丈夫だよ、あははっ」


 目尻めじりからつたう涙の跡を手の甲で乱暴にこすり、姫はオレの腕の中から離れる。気丈きじょうに振る舞おうとしているが、作り笑いがぎこちない。


「あーーっ。泣いたらのどかわいちゃったなー。お兄さん、ジュース買ってよ」


 いつも通りに欲しい物をねだるその顔にもかげりがある。視線も逸らしがちで、誰がどう見ても無理をしているようにしか見えない。


「……悪かった。オレが祭りになんて誘わなかったら……」


 これはオレの失態だ。

 祭りに対するまわしき記憶……楽器演奏のことばかりにとらわれていた。オレのトラウマが、もっと大切なことを見失わせていた。

 姫の敵は現役の小学生。ということは祭りのメインに参加している訳で、山車だしの周辺にいるのが普通。それにまだ三年生ということは演奏技術が未熟で、引き回しの係である可能性は高いのだ。

 つまり、山車の渋滞を見た時点で危険地帯レッドゾーンに踏み入れていたということ。それなのにオレは気付かず暢気のんきにしていた。

 多くの負の経験を積んだオレが彼女を守ってやらなきゃいけないのに。

 クソったれが。

 何をしているんだ、オレは。


「バッカじゃないの、お兄さん」


 だからこそ、その言葉は深く突き刺さる。


「……ああ、バカでごめん」


 二十年弱の人生、散々ひどい目にってきたのに。それを何にも活かせず姫を傷つけてしまうなんて。

 オレは学習能力のない、救えないバカだ。


「そういうところがバカだってことだよっ!」


 どんっ、と衝撃。

 姫の細い腕がオレの腰に巻き付いてきた。


「なっ……!?え、どうしたんだよ!?」


 姫が。

 オレを。

 罵倒ばとうして。

 抱きしめた。


「もう、バカバカバカッ!お兄さんは全然悪くないじゃんっ!」

「いや、でも……!」

「だから、そういうところっ!いっつも自分のことダメ人間みたいに言ってばっかりっ!あたしもザコとかロリコンだとか言っちゃってたけどっ!自分のことなんだからさっ……!!」


 ぎゅうっと力を振りしぼって、姫は強く強く抱きしめてくる。

 それはまるでか弱い者を守るようで、じんわり染み渡るように温かくて心地良かった。


「あたしは別に……お兄さんのせいとか、思ってないから……」

「……そうか。オレの早とちりか」

「もう……ホントだよ……ぐすっ」


 姫はまた泣いている。

 でもそれは苦痛に耐える涙じゃない。

 それが分かるだけで、こんなにもほっとするなんてな。




「ということで、ジュース買って」

「はいはい」


 泣き止んだらすぐにご所望しょもうだ。

 ちゃっかりしていやがるぜ。


「何が飲みたいんだ?」

「んーとね、トロピカルジュース!一番豪華ごうかなヤツねっ!」

「遠慮する気は?」

「ありませ~んっ☆」


 ああ、今度こそいつもの姫だ。

 七色の層にナタデココとタピオカ盛り盛り、パイナップルまで突き刺さった特大サイズをチューチュー飲んでニッコニコだ。

 ……コレ、人間の飲み物だよな?


「んっふふ~♪おいし~☆」

「そ、そうなのか……?」


 魔改造まかいぞう通り越して悪魔そのものみたいな飲み物なんだが。え重視で味がともなっているようには見えないぞ。どんなものか、気にならないと言ったら嘘になるけど。


「あれれ~、もしかしてお兄さんも飲みたくなっちゃった~?一口だけならぁ、飲んでもい・い・よ?」


 ニヤニヤしながら眼前にゴテ盛りビビッドなジュースをちらつかせやがって。

 間接キス出来るのかってオレを挑発してるんだろ?

 お前の魂胆こんたんなんて見え見えだからな。


「じゃ、一口もらうわ」


 オレは一切の躊躇ちゅうちょなくストローをぱくり。掃除機もびっくりな吸引力で思いっきり中身を吸い上げる。


「あ~~~~っ!?飲み過ぎだよ~~~っ!?」

「でも一口だろ?」

「お兄さんのバカーーッ!」

「ぐべはっ!?」


 アッパーであごを持っていかれたわ。


「おー、痛ぇ」

「ふんっ、自業自得だもんねっ!」


 姫はそっぽ向いて残った分を大事そうに飲んでいる。

 というか、小学生にしては難しい四字熟語を使いおるな。勉強嫌いなくせに。


「ったく。オレをおちょくるからだぞ。大体、今更間接キス程度で恥ずかしがる訳ねーだろ」


 そんな程度の低い異性との接触で騒ぐなんて、小学生か中学生のバカ男子までだ。

 それに姫とは互いに裸を見てしまった仲だし、事故とはいえもっともタブーな箇所かしょも触ってしまったのだから。これ以上に恥ずかしいことなんてあってたまるか。


「むぅ~、つまんないの~……――――あっ」


 再びストローに口をつけたところで、姫の顔がぼんっと真っ赤にで上がる。エロ本大好きムッツリ小学生のくせに、まるで純真ウブな乙女みたいな顔しやがって。

 って、もしかして。


「お前、まさか間接キスが気になったんじゃないよな……?」

「ふぁいっ!?そ、そそそそんなっ、あたしが!?なっ、ないないないないっ!」


 顔をぶんぶん全力で振って否定しているよ。でも必死になればなるほど、真実味が増してくる訳で……。


「べ、別にお兄さんのことが気になるとか、好きになるとか!そういうことじゃないんだからねっ!」


 それ、もうほとんど答えじゃないかな。

 青春のひとときとは無縁だったオレでも、それの意味は分かるぞ。

 まぁどうせ、『LIKE』の方だと思うけどさ。


「んじゃ、そういうことにしておいてやるよ」

「ちょっと、信じてないでしょ!もーーーうっ!」


 


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