数段飛ばしてますよ。


 姫がジュースを飲んでいる間に山車だしは次第に進んでいき、混雑状態が徐々に解消されていく。おかげで出店通りの風通しはよくなり、法被はっぴ姿の子供もいなくなっていった。

 太鼓たいこや笛の音も遠ざかっていき、代わりに市場のような客と店員のにぎわいがよく聞こえるようになる。残っている大半は出店の人と見物客ぐらいになったようだ。


「少しは落ち着いてきたな」

「うん、そうだね」


 これで姫をいじめていたヤツらもいなくなった。オレ達が縮こまっている必要もない。

 ここからは思う存分出店巡りを楽しめるようになったのだ。


「空腹も限界になってきたし、そろそろ本格的な食べ物でも買うか?」

「お兄さん、やっぱりがっついてるね~?」


 人の食欲を笑ってニヤニヤ小バカにする姫。

 ぐぅ、きゅぅぅぅっ。

 でも、直後に自分が腹のを鳴らしていては世話がない。タイミング良すぎだろ。


「い、今のは違うからっ!ギャグ狙いで鳴らしたんじゃないんだからねっ!」

「ンなこと思ってないから」

「本当に!?芸人の真似だなんて思ってない!?」

「それよりお腹が鳴っちゃった方を恥ずかしがれよ」

「あっ!」


 こんな風にお互いバカみたいに掛け合いして、ツッコミを入れて。

 オレと姫。

 足りない者同士、心ゆくまで至福の時間を楽しんだ。




 時刻は午後九時前。

 山車はそれぞれの地区に戻っていき、太鼓の音も散り散りになっていく。

 残っているのはほのかな熱気だけ。夜の静寂せいじゃくと興奮による喧騒けんそうが半々に混じり合い、街にはぬるい風が吹いていた。


「ふぅ……腹が重いな」

「食べ過ぎなんだよ、お兄さんは―――う、気持ち悪っ」

「人のこと言えないだろ」


 鱈腹たらふく出店のご飯を食べまくった結果、二人揃ってご覧の有様である。オレも姫も腹がはち切れんばかりに膨れ上がり、よたよた歩いて帰路についているところだ。


「さすがに最後の追い込みはまずかったな……」

「うん……あそこでやめとけば……うっぷ」


 最初のトロピカルジュースに加えてイカ焼き、ジャガバター、たい焼き。一回かき氷ときゅうりの一本漬けで休憩をはさんで、牛串ぎゅうくし、焼きトウモロコシ。更に炭水化物祭りで大盛り焼きそばをシェア、その後に落書きせんべいで遊んだ。そして最後にベビーカステラをがっつり。

 以上、本日の愚行ぐこうでした。


「しばらくは何も食べたくないな、これは」

「あたしもー……おぅげっ」

「おいおい、大丈夫なのか」

「う、うん。大じょ――――うげろろろろろろろ」

「人の顔見て吐くなよ」


 姫は四つんいになって、思いっきり汚いスプラッシュでマーライオン化。いくら可愛かわいくてもゲロはゲロである。汚物であることに変わりはない。以前にう○こする場に同席したことあるから知ってたけど。


「……うん、スッキリ」

「そうか、良かったな」


 清々しい顔されてもコメントしづらいよ。

 ゲロった後だもん。どう頑張っても綺麗きれいに取りつくろうこと出来ないからねコレ。




「ふぅ、やっと着いたな」


 可愛い少女の嘔吐おうと場面という、人生で何度も見たくないくらいにひどい光景を見てからしばらくたって。

 ここは姫の住むアパート前。

 周囲で電気がついているのはいかがわしい店かラブホテルくらい。一応祭りの飾りを付けて地域貢献アピールしているだけまともか。

 そして彼女のアパートは……どの部屋にも明かりがついていない。どこの部屋が姫の自宅なのか不明だが、保護者が不在だということだけは確かだ。

 まさに鍵っ子。

 いくら祭りの日とはいえ娘をオレなんかに預けて、夜中までどこに行っているのだろうか。

 姫の親は一体どんな人物なんだ。


「なぁ、家に誰もいないみたいだけど平気なのか?」

「ん、どうして?」


 しかし、姫にとって夜中に親がいないことは日常なようで、オレの心配に対して不思議そうな視線を向けてくる。


「い、いや……ホラーが苦手なくせに家で一人なんて怖くないのかな~って」


 だから、オレははぐらかしてしまった。

 を聞いてはいけないと思って、一歩が踏み出せない。


「ちょっと、もうっ!お兄さんのバカーッ!あの映画思い出しちゃったじゃーんっ!」

「あ、すまんすまん」


 この前のデートもどきで見た、『呪村じゅそん』とかいうホラー映画だ。ぶっちゃけオレもトラウマな作品で、たまに思い出しては背後が気になってしまう。

 確かに、この若干じゃっかんさびれた地区で怖い話を思い出させるのは無神経だったかもしれない。


「せいっ!」

「どぐふぁぁあっ!?」


 で、その制裁にパンチ一発右ストレート。

 股間に直撃、結構めり込んだ。

 頼むから、子孫繁栄しそんはんえい不可能になるからやめてくれ。


「お前……ここ、大事なところなんだからな……!?も、もうちょっと優しく取り扱ってくれよ……」

「知ってるよそれくらい」


 エロ本で知識つけているんだから、そりゃ当然だ。どれだけ敏感な急所で、割れ物並の扱いが必要だということを。

 って、知っているならやるなよ。


「でも使う予定ってある?」

「それは言わないお約束だろ……」


 悲しい現実を突きつけないで。

 そうですよ。現状、その機会は全くないです。恋人も友達もいないのだから、今すぐ出会いって即合体なんて状況になるはずない。童貞卒業までに立ちはだかる壁が多過ぎて、やる気ポイントは既に底を突きかけているのだ。これ以上何に希望を持てと……?

 オレに好意があるみたいなそぶりを見せておいてこの一言だからなぁ。姫の考えていることはやっぱり分からない。

 なんて思った時――


「…………よかったら、予定に入れてもいいけど」


 ――姫の口かられた言葉は。


「は……?今、なんて?」

「だから、……いつか使ってこと」


 大人の階段を何段もすっ飛ばした宣言だった。

 


 

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