今度は負けない。


 と、威勢良く飛び出したのは良いものの、後先を考えていなかった。

 ここからどうすればいいんだろうか。


「えぇ……、誰なのおじさん?」


 リーダー格らしいストレートヘアの子は怪訝けげんそうな目でオレのこと見てるし。あと、まだ二十歳はたち過ぎてないからおじさんって呼ぶのはやめてくれ。そんなに歳は取ってないからな。


「お、お兄……さん……なんで?」


 まさかの登場に、姫は目を白黒させて戸惑っている。オレだってこんなことになるなんて思っていなかったのでおあいこだ。


「誰こいつ、あんたの知り合いですかぁ?」

「教えてよ~?」

「いっ、痛いったいっ!」


 ショートカットの子とお団子だんご頭の子がぐいぐい脇腹をつねり、姫をいたぶりながら聞き出そうとしている。柔らかい肉を乱暴にねじられたことで、姫は苦痛にもだえて悲鳴を上げた。


「や……やめろっ!いじめなんて、するんじゃないっ!」


 どもりながらも、オレは懸命に怒りを吐き出す。

 かつてオレにも降り注いだ理不尽な暴力が、姫にも襲いかかるのを黙って見ているなんて出来ない。オレと同じ思いをするなんて御免ごめんだ。


「はぁ?私達がいじめ?ただ遊んでいるだけなんですけど?」

「これだから大人ってヤなんだよねぇ、首だけ突っ込んでくるんだもん」

「そーそー。私達のことなんて全然分かってないくせにねー」


 女子達は口々に文句を言い、今度はオレを悪者に仕立て上げようとする。

 ああ、こいつらは同じだ。

 オレをいじめてきた女子と同類の、口先だけで人をおとしいれる悪魔だ。自分優位で保護される立場から、好き放題に他人の人生を狂わせる性質たちの悪いクズ。女で子供という絶対に守られる立場にいるからこそせる、無敵モードからの悪行だ。


「ちょ、調子に乗るな!そんな誤魔化ごまかしが通じると思うなよ!?」


 だからこそ、もう負けられない。

 この類いの連中はその場の空気を支配して、自分達が弱者であることを演出するんだ。そうやって正義気取りの男子や上っ面しか見ていない教師を味方につけてきた。

 だが、今はまわりにギャラリーがいない。

 それもそのはず、いじめる時は周囲の目がない時にするのが基本。オレが乱入してきたのは彼女達にとって想定外なのだから。

 つまり、オレさえ『弱者が悪いことをしても責めたヤツが負け』という理不尽な空気に飲み込まれなければいいということ。

 小学生の卑怯ひきょう姑息こそくなテクニックなんかに、歴戦のいじめられっ子のオレが負けてたまるかって話だ。


「いっ、いじめなんてただの犯罪だ!こ、この証拠写真を警察に見せてもいいんだぞ!?」


 オレはスマホをちらつかせる。もちろん写真も動画も撮っている暇なんてなく、証拠なんて入っていない。完全なブラフだ。

 しかし、彼女達には効果てきめんだったらしく、『警察』という言葉を聞いておびえ始めている。

 やはりどの世代の子供でも『警察』は恐怖の対象らしい。警泥ケイドロという鬼ごっこ遊びの影響もあるかもしれないな。これでビビらなかった姫の方が少数派、ということでいいだろう。


「いじめをした罪で、た……逮捕されたくないなら……す、すぐに姫から離れるんだ!」

「何よ、写真だなんて!おじさんだって不審者じゃない!」

「「そーよそーよっ!」」


 強がって反論してくるストレートヘアの子とその配下。だが、その瞳が泳いでいるのは一目瞭然いちもくりょうぜん、逮捕される可能性を危惧きぐしているのが丸見えだ。

 オレがどう見ても不審者だったとしても、いじめをしていた事実が警察にバレたら大事だ。教師間だったらもみ消して不問に処されていたかもしれないが、警察沙汰ざたになったらニュースで報道レベルになる。下手したらネットの有志によって個人特定されて炎上リンチもあり得る。

 昨今さっこんのいじめもみ消し問題はあくまでも学校内という治外法権だったからこそ出来たこと。公に出てしまえば逃げ場はないのだ。


「じゃ……じゃあ、一緒に交番か警察署に行くか?」


 更に駄目だめ押しの言葉。だが、これは賭けだ。

 何の証拠もないブラフオンリーのオレからしたら、本当に警察沙汰ざたになったらただの負けいくさになってしまう。行きたくはない。

 それでも、この言葉の持つ威力には変えられないのだ。

 実際に彼女達は動揺を隠せず、三人でひそひそと震え声で相談し合っている。オレを不審者扱いすれば自分達も破滅するかもしれない、だがいじめを今すぐやめるのならお互いに被害はない。

 とすれば彼女達が選択するのは当然――


「ふ、ふん!不審者のくせに偉そうにして!覚えておきなさい、この変態!」


 ――この場をさっさと去ることだ。

 お決まりのような台詞ぜりふを吐いて、ストレートヘアの子が逃げていく。その後に続いて配下の二人もダッシュで退散。そのおかげでらえられていた姫も無事解放された。

 まるで二日前の、藍染あいぞめ達と相対あいたいした時みたいだった。


「ふぅ、なんとか一件落着ってところか?」


 小学生相手とはいえ、いじめっ子を撃退することが出来た。ずっといじめられ続けてくすぶっていた、オレ史上初の快挙だ。あの頃の溜飲りゅういんが下がるような、未来が開けるような感覚だ。

 それにこの間の対藍染戦……その時の、姫に助けられた貸しも返すことが出来た。初めて姫に格好良いところを見せられた気がする。


「それにしても、お前もオレと同じだったとはな」


 解放されてからずっとへたり込んだままの姫に手を差し伸べる。

 今まで住む世界が違う女の子だと思っていたが、案外似たもの同士だったようだ。オレと違って肉体的なものではないが、弱者としてしいたげられている。だからこそ、あの時の藍染の言い分が許せなかったのだろう。人をいじめておいて悪びれない、それどころか追い打ちをかけ続ける人でなしの所業に。

 そしてその思いはオレも一緒だ。

 だが姫は――


「あっ、おい!どこに行くんだっ!?」


 ――オレの手を払いのけて逃げ出した。

 ぼろぼろ落ちる、大粒の涙を手で押さえながら。




 姫を探し回って一時間程度。

 時刻はそろそろ正午、腹が空いてくる頃合いだ。自堕落じだらくなオレならまだしも、小学生の姫の腹はとっくに限界の音を奏でていそうだ。

 ということで、何となく行き先も分かるんだよな。


「やっぱりここしかないよな」


 お昼ご飯と言えばうちに来るだろう。夏休み中ずっとうちで食べていたのだから容易に予想出来た。

 そしてそれは大当たり。姫は玄関前で体育座りしていた。


「悪いな、今日は母さんいないんだ。だから鍵は閉まっている」

「うるさいわね……」


 ひざの間に顔をうずめながら、姫が涙声で答える。鼻水をすする音も聞こえ、まだ泣き止んでいないようだった。


「どうせ腹減ってオレの家に来たんだろ?適当に作ってやるから、中に入れよ」

「べ、別にそんなんじゃないもんっ!」


 いじめられている現場を見られて恥ずかしかった。それなのに空腹に耐えかねて目撃者の家に行くなんて。今まで散々罵倒してきた相手に情けない姿なんか見せたくなかったのに。

 そんな姫なりのプライドが邪魔じゃましているのだろう。

 だが。


 ぐぅぅぅぅぅぅっ……。

「~~~~~~っ!?」


 ほら、やっぱり。体は正直なようだ。

 特大級の腹のを鳴らしてしまい、姫は声にならない悲鳴を上げた。


「我慢は体に毒だからな。遠慮せず食べていけよ」

「わ……分かったわよ。と、特別にお兄さんの料理、食べてあげる」


 結局、なんだかんだ言っても食欲はあるようで良かった。

 もっと素直になればいいのに。

 

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