地獄な環境。


「う~ん、美代子さんの方がおいしいかな」

「うっさい。経験年数が段違いなんだから当然だろーが」


 オレが作った炒飯チャーハンにぶつくさ文句を言いながらも、姫はむしゃむしゃ食べている。よほどお腹が空いていたのだろう、良い食べっぷりだ。

 母さんの作り方と同じなのだが、力量の違いは出てしまうもの。たかが炒飯、されど炒飯。姫に見抜かれるくらいには腕が劣っているようだ。


「で、なんでオレから逃げたんだよ?」

「恥ずかしかったからに決まっているでしょ。お兄さんにあんなところ見られるの」


 やっぱり。

 予想通りの理由だ。


「今更そんなこと、オレが気にすると思うか?」

「あたしがイヤなのっ!もう、乙女心が分からないかなぁ」


 さっきまでボロ泣きしていたが、もう落ち着いて罵倒が出来ている。でもまだ本調子ではないのか、時折表情に陰りが見える。

 オレはなるべく辛い思いを掘り起こさせないよう、言葉を選びながら事情を聞くことにした。


 姫の話では、あの三人組の女子はクラスメイトでいじめの主導者らしい。ストレートヘアの子が水野みずの、ショートカットの子が山吹やまぶき、お団子だんご頭の子が朱本しゅもとという名前だそうだ。


「あいつらは貧乏びんぼうだからっていじめてくるのか?」

「そうみたいね」

「何で他人事ひとごとみたいなんだよ……」

「だって貧乏なのってあたしのせいじゃないもん」


 それはもう、おっしゃる通りですね。

 学区としてひとくくりに児童を受け入れる関係上、裕福な子から貧乏な子まで様々な層が通うのが小学校だ。だからこそその格差がいじめの原因になりがちなのだが、それについて子供自身には全くない。

 だが子供は残酷ざんこくで、自分達と違う存在となったら家庭の事情なんて構わずにいじめる。どれだけ非人道的な行為だってやる、集団心理や同調圧力というヤツで感覚が麻痺まひしているからだ。

 本来なら大人に責任がある問題だ。しかし学校も保護者も、何の対策もとっていないということか。職務と義務を果たせよ。


「というか、お前だったら言い返せるんじゃないか?藍染あいぞめみたいな危険人物と比べたら、クラスメイトくらい楽勝だと思うけど」


 先程のいじめ現場で一番気になったのはそこだ。

 大人顔負けの口先を持っているはずなのに、どうしてあんなに弱腰だったのか。そのため見ていられず、オレがいじめを止めることになったのだ。


「小学生の知能レベルって、お兄さん分かってる?」

「お、おう」

「あたしを基準にしたらダメだからね」

「そりゃあ、……うん……まぁ、そうだな」

「何よ、今の間は」


 レスバトルは圧倒的だけど、勉強って意味ではかなり低いだろって意味だよ。絶対口にはしないけど。


「小学生相手に言い負かしても、負けを認めると思う?」

「……認めないな」


 オレの小学生時代を思い返しても、理論的な会話が出来ていたヤツなんてごくわずかな秀才だけだ。あとの有象無象うぞうむぞうは感情のままに生きていて、結局は暴力と権力がものを言う。スクールカースト最底辺のオレにはどちらもなくて、何があろうと万年敗北で散々だったな。

 そんな中でレスバトルの末に言い負かしたとしても意味はない。それ以前にレスバトルが成立するかどうかも怪しそうだ。小学生特有の『自分ルール』が市民権を得ていて都合の良い解釈がのさばる環境では、学級委員会くらい舞台を整えないとまともに成り立たないだろう。


「だからあたしが何を言ってもダメ。最後は水野の権力に負けるだけだもん」

「その水野って子はそんなにヤバイのか?」

「すっごいお金持ちで、クラスのほとんどは彼女の手下っぽいよ」

「えげつないな……」


 人間の価値は金という話もあるが、小学生にしてソレを体現しているとは末恐ろしい。そしてそんな賄賂わいろが横行するようなクラスになんか入りたくないな。独裁国家より酷い。


「ひょっとして、担任教師もグルだったりするのか?」

「分かんない。でも、見て見ぬ振りはされていると思う」

くさっているな、お前のクラス」


 まさに四面楚歌しめんそか孤立無援こりつむえん。周囲全部が敵だらけで絶望的過ぎる。どんなに弁が立つ人が力を発揮しても無意味、言い返さずただ時が過ぎるのを待つだけになるわな。


「よく分かったよ、今のお前が置かれている状況が」


 聞けば聞くほど反吐へどが出るような話だ。

 学校は社会に出る前の学びの場とか言うが、大人の世界における暗部が蔓延はびこっている時点でただの縮図。弱者の場合、学ぶよりも先に潰されるのがオチだ。しかも生まれ持った性格や身体的特徴、そして家庭環境で。平等なんて言葉からはかけ離れた学び舎、綺麗事をのたまう割にその根幹はとっくに汚染されて腐り落ちる寸前だ。

 オレの時代から何も変わっていない。むしろ悪化しているレベルかもしれない。そんな地獄じごくの中で、姫は必死に生きているようだ。


「最悪でしょ?」

「ああ、まったくだ」


 オレと姫。

 出会い方こそ良い印象がなかったが、オレ達は似たもの同士だ。

 いじめという大きな敵に心身をすり潰されている哀れな存在。誰にも助けてもられず助けも求めず、無理して平気なフリをする……。


「ちょっと待て。この話って、親に話したのか?」

「出来る訳ないじゃん、心配させちゃうし。ホント、バカでしょお兄さん」


 バカはお前だ、コノヤロー。

 オレと同じあやまちを犯そうとしているんじゃねーよ。

 親を心配させたくない、いじめられていることを知られたくない。そんな余計な思いから道を閉ざして自分を追い込んでいって、気付いた時には身も心も壊れてしまうバッドエンドしか残っていないんだ。

 不安と恐怖が視野をせばめきってしまう前に、勇気を出して助けを求めないと……。

 いや、違う。

 オレの場合とは状況が違うんだ。

 姫の家庭は確かに貧乏だ。だけどそれだけじゃない。

 まだオレが知らない、姫の秘密があるんだ。

 それがきっと、助けを求められなくしているはず。

 そう、彼女の親と――――その関係。

 まだ会ったことのない保護者、それが鍵を握っているはずなんだ。


「なぁ、お前の――」


 お前の親ってどこにいるんだ。

 そう聞こうとしたが、直前でその言葉を飲み込んだ。

 正直に答えてくれる訳がない。つい最近まで家の所在地さえ教えたがらなかった姫なんだから絶対に言わないだろう。

 だから、その代わりに――


「……今度の休日って暇か?」

「……何よ、急に」


 ――なんて質問をしてみた。 



 

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