楽しかったらなにより。


「んふふ~♪新しいワンピース~♪」


 鼻歌交じりでくるくる回り、姫はご機嫌な様子。オレのことを荷物持ちにさせるかと思ったが、買ってもらった物は大事なようで自分で持っている。まぁその代わりに、彼女の私物であるショルダーバッグを持たされている訳だが……。


「いいのかよ、オレに預けちゃって」


 このバッグは、以前オレが中身を見ようとしてガッツリ怒られた物だ。あの頃はまだ姫のことを何一つ信用出来ず、弱みを握ろうと必死だった。だから人のかばんのぞくという、人として最低な行為をしてしまったのだ。そのせいで激しく喧嘩けんかをすることになったのだが、あのおかげで関係が深まったのも事実だ。まさに雨降って地固まる。逆に地盤がしっかり構築され過ぎていて驚きでもあるのだが。

 とまぁ、そんなある意味いわく付きとも言うべきバッグを、彼女は何の躊躇ちゅうちょもなくオレに預けたのだ。

 洋服を買ってもらったので嬉しくなり、判断が甘くなっただけなのかもしれない。だが、オレのことを信頼出来るようになったからとも読み取れるし、そう思いたい自分がいる。姫はいまいち捉えどころのないヤツなのだが、このことは良い方の意味で受け止めておこう。


 しかし、この中身って何なのだろうか。

 オレに見られたら困るのか、それともただ単に恥ずかしいだけなのか。肌をさらすことに抵抗がない姫があんなに怒ったのだ、余程見られたくない物なのだろう。

 気になる――のは確かだ。

 だけど、もう見る気なんてない。

 そんなことしなくてもいいって、オレはもう分かっているのだから。


「おーい。あんまり回ると危ないぞー」

「ふ~んだ。そんなドジしませんよ~―――へぶっ」

「そら見ろ、こけた」


 秘密の一つや二つ、誰にだってある。

 姫のことだって、知らないことだらけだ。

 でも、一緒にいる時間だけはお互いに信じ合うことが出来ている。

 そんな気がする。




 日が暮れて、空の夕焼けにこん色が混じり始める。陽光も弱々しくなり、熱されていた空気も徐々に冷えてぬるくなってきた。

 場所は姫の自宅があるだろう地域の周辺。雑居ビルが建ち並ぶ通り、例のさびれたラブホテルが見える角までやってきた。

 この近くに彼女の家があるはず。

 しかしその正確な場所は知らないし、教えてくれるそぶりもない。だからいつもこの角でお別れしていた。


「この辺までで大丈夫か?」


 今日もここでいいだろう。

 そう思って切り出したのだが――


「うーん……もうちょっとついてきて」


 ――姫はまだ一緒にいたいらしい。

 今までは自宅を知られたくなさそうだったのに、もうそんな気持ちはないようだった。


「どうしたんだよ、珍しいな?」

「ま、まだ昨日のお返し分が終わってないだけだから!そっそれに荷物も多いし!」

「照れてるのかよ」

「ちっ、違うもんっ!別に深い意味なんかないもんっ!」


 人をおちょくる割には自分がやられると弱いんだよな。紙耐性かよ。それから、自分の家の場所を教えるくらい大したことじゃないと思うぞ。オレと違っていじめられている訳じゃあるまいし、神経質になる必要はないのだから。


「あ、あんまりいいところじゃないから、期待しないでよね?」

「別に期待なんかしてねーよ」


 姫の反応を見る限り、家の外観にコンプレックスでもあるのだろう。

 周囲の古びた建物を見ればある程度の察しはつくが、この辺りは比較的低所得者層が住んでいる。

 最近(姫の情報集めで)調べて知ったことなのだが、この一帯はかつて大きないくさがあったとか巨大な墓地があったとかで地元の歴史を知っている者から評判が悪く、土地の持つ陰鬱いんうつな空気感からは良くない噂話を生んでいた。そのため土地の購入者が少なく価値が下がり、事情を知らない余所者よそもの向けに安く売り出されていた。

 つまり、言い方は悪いが姫は貧乏びんぼうな家庭の生まれなのだ。タダで本を読もうとしたり流行はやり筐体きょうたいゲームをしたことがなかったりと、そのヒントはいくつも散見された。


「ここが……あたしの家」


 そしてその答え合わせが、目の前にあった。

 姫が指さす先にあるのは近所の建物と比べても一際ひときわボロいアパートだ。壁の塗装はげまくっており、ひびや落書きも目立つ。ガラの悪い住人も住んでいそうで、とてもじゃないが子供が育つのに良い環境とは言えない。


「あーっ、恥ずかしいっ!やっぱり連れてくるんじゃなかったよーっ!」


 顔面を手で覆い隠し、姫はぶんぶんと頭を横に振っている。貧乏丸出しな家を見られたという羞恥しゅうちのあまり、顔から火が出てもだえ苦しんでいるのがよく分かる。


「気にするなよ、そんなこと。オレだってお前に性癖せいへきバレた時、すっげー恥ずかしかったからな」

「あー、それはお兄さんの方が恥ずかしいかも」

「どういう意味だよ、オイ」


 折角せっかくフォローしてやったのにけなし混じりで返されたぞ。

 恥の多い生涯しょうがいを送ってきたことは認めるけど。人生失格している感ありますけど。


「はぁ……。あたしが貧乏だからってあわれまないでよ?」


 姫の懸念けねんはやはりそれだったのか。

 確かに生活の質を同情されるなんて腹立つよな。上流階級の人間がどんなに慰めの言葉を口にしたって、マウントとって気持ちよくなりたいようにしか思えないもの。そう考えてしまうオレ自身が歪んでいるのかもしれないけど。


「オレが人のことをバカに出来るような立場にいると思うか?」

「それもそっか」

「即答するなよ、悲しくなるわ」


 オレのことを見てすぐ安心するなよ。下には下がいるってか、コノヤロー。


「とにかくだ、その服とか映画とか……なさけでやったんじゃないからな。それだけは覚えておけ」

「ならいいけど」

何故なぜにお前が上から目線なんだよ」



 ということで。

 自宅の場所を明かしたものの偉そうな態度は相変わらず、オレ達の間柄は変わらない。今まで通りの奇妙な関係のままだ。ただ、信頼という意味では距離が縮まったのかもしれない。

 オレとしてはそんなことより、今日一日を楽しんでくれただけで何よりだ。

 これで散っていったオレの財産も報われるはず。

 ……しばらくは節約しよっか、オレ。

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