デートじゃないと思いたい。


 警備員からの難を逃れ、オレと姫は一息つく。

 フードコートの騒々しさは安らぎとは程遠いが、陰キャが身を隠すにはこの猥雑わいざつさが丁度ちょうど良い。


「その……助かった。ありがとう」

「まったくもう。あんなにオロオロしてたら怪しさ百倍だよ~?あたしがいなかったらどうなっていたんでしょ~ね~?」

「ぼっちだったら怪しまれねーから」

「それもそっか」


 まさか言いがかりレベルで職務質問(警察じゃないけど)を受けるハメになるとは思っていなかった。こういうの、職権濫用しょっけんらんようって言うんじゃないか?……客観的に見てこのコンビが奇妙で気になるっていうのは認めるし、だからこそ人混みに紛れていたいと思うのだが。


「でもでもぉ、またあたしに助けられちゃったねぇ?年上の男として恥ずかしくないのぉ~?ねぇねぇ?」

口下手くちべたなんだからしょーがねーだろ……」

「えー?でもぉ、あたしとはちゃーんと話せてるんじゃなぁい?」

「それは……お前、その……アレだよ」


 オレがどもらず話せる相手は心が許せる親族くらいだった。なのに気付けば姫とも普通におしゃべり出来るようになっていた。

 それはただ慣れただけだと思っていた。

 でも、最近それだけじゃない気がしてきた。母さんも巻き込んで親交を深めるようになったし、昨日やついさっきのように助けられることもあった。

 姫はもう、ただからんでくるだけのウザいヤツじゃない。少なくともオレの中での認識はそうなっていた。


「あれあれ~?もごもご言ってどうしたのかなぁ?」

「う、うるせえっ。なっ何でもねーよっ!」


 ただ、彼女との関係について考えると元のどもりまくり状態になってしまうのだが。


「もしかしてぇ、今ドキドキしてたりするぅ?」

「はぁっ!?何だよ急にっ!」

「ほら。あたしとこうして一緒にお出かけしてるとぉ、デートしている気分になるでしょ?」

「しっ、知るかよ!」

「あっ、そっか~。デートしたことないから分からないよね~?じゃあじゃあ~、これでデート童貞卒業だね❤」

「言い方っ!その言い方やめろ!第一、これはデートじゃねーってお前も言ってただろ!忘れてるのかよ!?」

「うわぁ、必死過ぎ」


 オレと姫の関係は、正直うまく言い表せない。

 友達、仲間、家族。そのどれもがピッタリ当てはまらない。恋人なんて論外だ。

 それどころか人のことをいじくり回す、悪戯いたずら好きで毎度毎度困らせてくる小悪魔さんだ。

 出会った頃は何回寿命が縮む思いをさせられたか……。

 でも。

 今は不思議と嫌な気分はしなくなっているんだよなぁ。




 それからも姫に振り回されっぱなしだった。

 可愛かわいい雑貨屋巡りをさせられたり。

 宝石店に行って冷やかしすることになったり。

 あと、何故なぜか足つぼマッサージを体験したり。

 休む暇もなく上へ下へ、右へ左へ。遊び相手として存分に使い倒された。

 そしてもちろん、ワンピースも買いに行った。


「きゃーっ!これも可愛い~♪」

「それ違うだろ。どう見てもワンピースじゃないだろ」

「細かいこと気にしないの!モテないよ~?」


 姫はというと心が引かれる品を片っ端から手に取っており、本命のワンピースまでなかなか辿たどり着かない。女子の買い物は長いらしいと、どこかで聞いたことがあったが本当らしい。それと今更モテるかどうかなんて気にしないっつーの。伊達だてに陰キャしてないから。

 で、関係ない商品をたんまり堪能たんのうして満足するまでに大幅なタイムロス、それに加えてワンピース選びの時間も合わせるとざっと二時間はかかるのだった。さすがに長過ぎだろ、映画一本分はあるぞ。


「ねぇお兄さんっ。どっちが似合にあうと思う?」


 ようやく二点までにしぼってくれたようで、姫はオレの鼻先に薄い布っきれを突き出した。

 一つはターコイズブルーで透け気味なレースもの。

 もう一つは真紅のチェック柄で大人っぽいデザイン。

 どちらが似合うかなんて聞かれても、ファッションセンス皆無かいむなオレに聞いてどうしようというのだ。

 しかもこのタイプのシチュエーションって、自分の中で答えは決まっているけど最後の一押しが欲しいって場面じゃないか?女心を語るスレで読んだ気がする。

 じゃあどっちを選んでも大して変わらねーじゃん、とツッコミを入れたい。


「ねぇねぇ~どっちなの~?」


 姫がぴょんぴょん飛び跳ねて催促さいそくしてくる。

 答えが決まっているのならオレが深く考える必要はない。しかし即決してしまっては適当に言った感が強過ぎる。ならしっかり吟味ぎんみするべきかとなると、センスなし人間としては取っかかりすら分からない。大体オシャレに決まった答えなんてないはずだ。オシャレかダサイかなんてファッション業界の指先一つで変わるだろうし、バブル期なんてガッシリ系の肩パッドが流行ったくらいだ。


「ねぇねぇ~?」


 決めあぐねていたら催促は更に激しさを増し、姫はホッピングの玩具おもちゃで遊んでいるみたいに跳び回り始めた。

 ああ、もう。こんなしょうもないことで悩んでいてどうする。

 オレがクソダサ大学生なことは周知の事実、姫がそれをネタにすることも承知の上。だったら無駄に考える必要なんてない。

 答えるならただ一つ、直感だ。


「レースがいいんじゃない?」


 結局オレが答えたのは青い方のワンピース。まごうことなきただの直感だが、えて理由付けするならオレの好みの色だったから。それだけである。散々悩んだ結果だが、最後は自分の好みということだ。


「そっかぁ、お兄さんはこっちが好きなんだぁ♪」


 妙に嬉しそうにしているな。

 アレか。「透け透け選ぶなんて変態、ロリコン」 って言いたいかんじか。断じて違うからな。

 と、飛んでくる罵倒ばとうに身構えていたが――


「うんっ、こっちに決めたっ!」


 ――返ってきたのは素直な言葉。

 姫はオレが好きな方、レースをあしらったワンピースを選んだのだった。


「意外だな……」

「んー?どうしたのー?」

「べ、別に……」


 てっきり「ロリコンが選んだのは嫌」とか何とか言って、赤いワンピースにするかと思ったのに。恒例こうれいの罵倒が飛んでこなくて拍子抜けだ。

 ……お仕置き待ちってことじゃねーぞ。ドM系紳士じゃあるまいし。


「お兄さーんっ!早く買ってよーっ!」

「はいはい」


 姫がレジの前で呼んでいる。

 女心は……姫の心はよく分からないな。

 オレは疑問符ぎもんふを抱えながら、彼女の元へと向かうのだった。




「お会計、四千二十九円です」

「ふぁっ!?」


 あと、財布さいふの中身がごっそり持っていかれた。

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