怪しまれているよ。


 フードコートは大賑おおにぎわい。バカップルから家族連れまで様々な客が入り乱れている。人だらけで空いている席を探すのも一苦労、見つけたと思っても次の瞬間には埋まっているくらいだ。昼のかき入れ時が過ぎたというのに、混雑具合は大して変わらないようだった。

 そんな中オレはやっとのことで席を確保し、へろへろな姫を座らせることが出来た。


「ほら、これでも飲めよ」


 くるくる巻かれたストローが刺さった、透明の洒落しゃれた容器を彼女の目の前に置く。タピオカだかトロピカルだかのジュースだ。若者に大人気といううたい文句で大繁盛していたので買ってみたのだが、流行にうといオレにはいまいちピンとこなかった。姫が気に入ってくれるといいのだが……。


「……ん。……ありがと」


 姫は力なくストローに口をつける。

 ちゅるるるっと音を立てて色鮮やかな液体とゼリー状の物体が、姫の柔らかな口内に流れ込んでいくのが見えた。


「……っぷはーっ!生き返るーっ!」


 そして、晩酌ばんしゃく中のおっさんみたいな一言と共に元気が弾けた。

 あとさっきまで死んでたんか、やっぱり。


「復活したか?」

「うんっ!お兄さんのおごりだから最高の気分ね!」

「ってお前、わざと気分悪そうにしてたのかよ!?」

「えっへへ~♪だまされてて笑えるぅ~♪」


 心配してそんしたぞ。

 オレが気を利かせて奢るよう仕向けたってことかよ、クソ。


「あんだけビビッてたのも全部演技だったってことか?」

「そーに決まってるでしょ~?見抜けないなんてダッサ。ザコザコお目々めめ~。きゃはははっ!」

「じゃあ呪いを解こうとするシーンの、真っ黒な手が一斉につかみかかってくる――」

「わーーーっ!ダメダメダメ!!」

「ラストシーンの全身真っ黒な子供が――」

「やーめーてーっ!思い出しちゃうーーーっ!」


 怖さのあまり呆然ぼうぜんとしていたのはマジだったようだな。

 意地張って強がっていても得はないからな、やめておけって。


「お兄さん、性格悪いよー」

「だってお前が平気だったってうそつくから」

「嘘じゃないもんっ!怖いの平気だもんっ!」

「はいはい、そういうことにしておきましょう」


 ここは大人の対応で姫に花を持たせてやることにして、ホラー映画の話題は打ち切ることにした。それに口では平気と言っているが、苦手なのは一目瞭然な訳だし。


「ぶー、信じてないでしょ」


 けれど言い方が悪かったのか、本人は納得していない表情でジュースを吸っているけど。


「あの、ちょっといいかな」


 肩にぽん、とゴツゴツした手が置かれる。

 背後からの不意打ちにびっくりして振り返ると、そこにいるのはガタイの良い警備員の男だ。紺青こんじょうの制服はまるで警察官のよう、筋肉質な体格も合わさり威圧感で気圧けおされる。


「あ、あの……なっ、ななな何か?」


 急激に緊張が高まったせいでした麻痺まひしたように回らない。あごも震えていてどもりまくりになってしまう。


「『何か』じゃないよね。君達どういう関係?」

「え……そ、それって、どういう――」

兄妹きょうだいなのか、それともなのか」


 どくん。

 心臓が大きく跳ねた。

 遠回しな質問だが、その裏にある意図はすぐに分かった。

 この警備員、オレが小学生に手を出そうとする犯罪者だと怪しんで声をかけてきたんだ。

 言いたいことは分かる。

 オレと姫は年の差約九歳で、兄妹にしては顔がてなさ過ぎる。更に身だしなみや雰囲気も全然違い、異質な組み合わせだ。

 そして昨今さっこん、公共の場や商業施設でも子供を狙った性犯罪が目立つようになったことで、怪しいヤツに目を光らせるというのは警備員として当然の心理。

 だけど。

 確証もなしに疑ってかかるなんてひどくないか?オレは何もしていない、ガチのまっさらで無実だぞ!?


「それで、どうなんだい?つかえがないなら教えてもらいたいんだけど」

「あ……いや、その……」


 差し支えしかねぇよ。どんなに聞こえよく説明しても、自分の部屋に少女を入りびたらせてエロ本けにしたなんてアウトだ。話せる訳がない。それにこちらの供述を信じてくれるとは限らないし、その疑念が事態をより悪化させることになるかもしれない。

 一体どうすればいいんだ……。


「言えない事情でもあるのかい?」

「そっ、そういうことじゃっ……ないっ、です……けど」

「なら早く話しなさい」


 警備員の問い詰めのあつがどんどん強まっていく。オレへの視線の厳しさが増しており、『クロ』だと認識していることが見て取れた。

 周囲の客も何の騒ぎかと思ったようで、オレ達のことを視線を注いでいる。針のむしろにいるみたいだ。


「おじょうちゃんはどうかな?この人とはお友達?それとも知らない人?」


 答えあぐねているオレはそのままに、質問が姫に移る。

 その聞き方は、オレのことを「不審者なのでは」とあんに言っているもので、心なしか「知らない人」という言葉の方が強めに聞こえた。


「大丈夫、正直に言っていいんだよ。もし怖い思いをしていたらすぐに助けてあげるから――」

「ウッザ。さっきから何様のつもり?」


 だが、姫は善意の押し付けを突っぱねた。


「さっきから意味分かんないことばっか、うるさいんですけどぉ?」

「う、うるさいって……私は君の安全を思って――」

「安全って何?こうやってお兄さんのこと悪者扱いして責め立てること?話すの下手っぴなのをいいことに、好き放題言いがかりつけること?」

「そ、それは……。でもどう見てもおかしいから声をかけたまでで――」

「おかしい?あたしとお兄さんがするのがそんなにおかしいの?そんなこと、誰が決めたの?」


 姫は矢継やつぎばやにまくし立てて、警備員に一切の反論を許さない。

 まさに本領発揮だ。小学生離れした語彙ごいと口先で大人を言い負かしている。


「こっ、子供と付き合うなんて犯罪じゃないか!?どうなんだ、それは!?」

きよい付き合いならいいはずでしょ。それとも人の恋路こいじ邪魔じゃましていいって法律に書いてあるの?」


 その通りだ。性的な意味で手を出さなければ犯罪じゃないし、恋仲こいなかになることは可能だ。人の気持ちをしばることなんて、誰にも出来ないのだから。

 ただ、『清い付き合い』かどうかはかなり怪しいラインだな。アウトっぽい出来事がいくらかあるが、オレから手を出した訳ではないのでセーフだと思いたい。


「ふっふ~ん、反論出来ないでしょ」

「くっ……!あ、怪しかったから悪いんだからな!」


 正論を言われて追い詰められてしまったらしく、警備員は捨てセリフを吐いてフードコートから去っていく。

 これ以上勝ち目はないし多くの客が見ているので退散したのだろう。心証を悪くすることを思えばそれなりに良い判断だが、せめて一言謝ってからにしてほしかったな。


「あたしの勝ちーっ!馬にでも蹴られちゃえーっ!きゃはははははっ!」


 あと、姫の笑い方が悪人っぽい。オレにとっては間違いなく正義の味方なんだけど、絵面が実に惜しい。 

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