したたかだなぁ。


「おい、大丈夫か姫!?」


 オレは地面にへたり込んだままの姫の元へ駆け寄る。


「姫?お~い、姫~?」


 だが、姫は呆然ぼうぜんとしたまま微動びどうだにしない。

 緊張が解けてそのまんま、心ここにあらずといった様子だ。名前を何度も呼ぶのだが、なかなか反応してくれない。


「…………あ、お兄……さん」


 ようやく呼びかけられていることに気付いて、ゆっくりと顔を上げる姫。

 その瞳からは一筋、輝くしずくこぼれ出していて……。


「うわぁぁぁああああんっ!怖かったよぉぉおおおおおっ!」

「どわあっ!?」


 大決壊。

 涙の大洪水をき散らしながら、オレに抱きついてきた。

 藍染相手に啖呵たんかを切った彼女だが、溢れ出しそうな恐怖を抑え込んで立ち向かっていただけだったみたいだ。

 そりゃそうだろう。体格差は圧倒的だし犯罪行為もいとわない相手だったのだから怖くて当然だ。

 実際、オレは何も出来なかったし。


「……ホント、すげーなお前」

「ひっく……ぐす。……そうかな、えへへ」


 泣きじゃくる姫の頭を優しくでる。

 口が達者で大人を言い負かしてあおり散らすいつもの姿ではない、年相応に素直な姫。……多分、こっちが素の彼女なのだろう。

 こんなに小さな体で戦ってくれたんだ。オレが言えなかった積年の思いを胸に、勇気を振り絞って果敢かかんに挑んでくれたのだ。


「でも、二度とこんな危ないことするなよ」

「……ふぇ?」


 感謝はしている。

 それでも、オレの代わりに姫が傷つくのも嫌だ。


「『ふぇ?』じゃねーよ。あいつ、オレの体を斬りつけたヤツだぞ。もしご近所さんが集まってくれなかったらどうなっていたことか……」

「うへぁ」


  こうして奥様方が出てきてくれたのだってただの偶然だ。もしかしたら今頃、姫の体にも消えない傷が付けられていたかもしれない。それだけ綱渡りな状況だったのだ。無傷で済んだのが奇跡、二度目はないだろう。


「とりあえずケガもなく済んでよかったよ」

「大問題だよっ!ワンピース伸びちゃったんだから!」

「服ならセーフだろ……」

「よくないもーーーーんっ!」


 藍染に引っ張られたせいでワンピースの首元はビロビロになってしまっている。だが、それでもケガをするよりかは百倍マシ。命あっての物種だ。


「ぶぅ。お兄さん、責任とってよ」

「何でオレなんだよ」

「だってお兄さんの代わりに頑張ったんだもん。当然でしょ?」


 ちょっと待て。どういう理屈だ、それ。

 客観的に見たらいじめられているオレを助けたという状況ではあるが、それは姫の独断であり頼んではいない。いや、藍染を言い負かしてくれたのは嬉しかったけどさ。

 それに損害賠償そんがいばいしょう的な話なら、普通壊した本人に言うだろ。少なくともオレと姫はどちらも被害者仲間なんだからお門違いというものだ。


「ということなのでー、お兄さんにはあたしの言うことを何でも聞く義務があるんですっ!」

「理不尽過ぎんだろ、オイ」


 超理論だ。子供特有の自分ルール発動かよ。駄々だだをこねる幼児と同じで常識が通じない、無敵過ぎることで悪名高いアレだ。これ以上の反論は無意味だろう。


「ああ、分かった分かった。ワンピース買い直せばいいんだろ?」

「ぶっぶー。残念、違いますぅー」


 わざとらしいくらいに腕で大きくバッテン印を作る姫。

 さっきまで大泣きしていたくせに、またいきなり調子に乗ってきたな。


「お兄さんには明日ぁ、一日お出かけに付き合ってもらいまーすっ!」

「ちょ、ちょっと待てって!それ、あれじゃないよな?デ――」

「そ、デート❤」

「え……いや、うそ……ええええええええっ!?」


 マジで言っているのか、こいつ。

 姫とデート?

 その辺に湧いているバカップルみたいにお手々繋いでお外でイチャイチャしろってか?

 無理無理無理。絶対無理。

 あんなTHE・リア充みたいなこと出来るかバカ野郎。そんな経験ないし、脳味噌のうみそスカスカな連中と同類になんてなれるか。

 そもそも大体小学生と大学生なんて、通報待ったなしの組み合わせだろ!


「ぷっ……!なぁんて、うっそだよーっ!デートな訳ないじゃーんっ!」

「は、はぁ!?お前……はいぃっ!?」

「ただの暇潰しの遊び相手だっていっ――ちばん最初に言ったじゃん。お兄さんは遊ぶためのお財布さいふに決まっているからね。……あー、ひょっとしてあたしのこと好きになっちゃったとかぁ?きゃははっ、やっぱロリコンなんだー!」


 姫が清々すがすがしいくらいにムカつく煽りをかましてくる。

 男女が二人でお出かけといえばデート。ただそれだけの連想だったのに、勝手に話を膨らめやがって。

 それと誰が『お財布』だコノヤロー。


「ちっげーよ!だっ誰がお前みたいなのを好きになるかってんだ!」

「う~わ~……公衆の面前で女の子を罵倒ばとうするとか、サイッテー」

「どこが公衆だって!?どこが……――――あ」


 忘れてた。

 ここ、道路の真ん中。周りにはご近所の奥様方。オレと姫のやり取りはばっちり見られている。


「あ~あ。いいのかなぁ、あたしのことぞんざいに扱って?ここはあたしの言うこと聞いて、お出かけ付き合ってよ~?」

「ぐぬぅ……っ!」


 感謝した途端にコレだ。抜け目がないというかしたたかというか、不測の事態すら自分が得になるように利用している。

 本当に小学三年生なのかよ、頭の中身が知りたいぞ。


「……分かった、付き合ってやるよ」

「いぇ~いっ!そうこなくっちゃねっ!」


 これで明日オレは、彼女の遊び相手兼財布にされてしまうってことか。泣きたい。




 これは後から分かったことなのだが。


 藍染達が起こした今回の騒ぎについて誰かが通報してくれたらしく、後日警察が事件の状況について話を聞きにきた。

 どうやらこの他にも色々問題を起こしているらしく、近々警察の方でも対応を取るとのこと。詳しいことは分からないが、多分逮捕たいほされるんじゃないだろうか。

 まぁ正直、オレはそんなに興味はない。

 というか二度と関わりたくないし思い出したくもないわ。

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