立ち向かう姿。


「う~ん、聞き間違えかな?今、クズって聞こえたんだけど」

「その通りなんだけど、クズトリオ。聞き取れないなんて、耳クソでもまっているんじゃないの?」


 張り詰めた空気。

 さっきまで騒々しかった蝉ですら、今はなりを潜めているよう。

 先程まで上機嫌でオレのことを嘲笑あざわらっていた藍染は無表情で、それに対する姫も一歩も退かない状況だ。


「君は礼儀ってものを知らないのかな?オレ達年上なんだけど」

「クズさと年齢なんて関係ないでしょ。なんでクズ相手に頭下げないといけないの?」

「そのクズっていう言葉が失礼なんだよ。分からないかな?」


 姫は徹底的にやり合う気だ。

 確かに小学生離れした口先があれば、都合の良いことばかりのたまう藍染を言い負かすことは出来るかもしれない。

 だけど、結局拳で解決させられるのがオチだ。頭が良いフリをしていても、藍染は暴力大好きグループのリーダー格。ただの女子児童ともやし大学生じゃあはなっから勝ち目なんてないんだ。


「や、やめよう――」

「お兄さんは黙っててっ!」


 気持ちを抑えてもらおうとしたが、姫の怒声どせいを前に足が止まってしまう。

 今まで姫の色んな姿を見てきたが、あんな怒気どきを食いしばってゆがんだ般若はんにゃのような形相ぎょうそうは初めて見た。


随分ずいぶんとお怒りモードってかんじじゃん。オレ達悪いことしたかな?」


 自分がやってきたことを客観視出来ないのか、それともする気がないのか。藍染は平然と無罪を主張してくる。

 オレの体にいくつも消えない傷を刻みつけたのに、それに対して何の感情も湧かないというのか。いや、そんな心を持っているのなら最初からいじめなんかしないのだろう。改心なんて望む方がバカを見るってことか。


「……良太お兄さんはさ、ホンットにダメダメな男だよ」


 姫が、急にオレのことを語り始める。


「友達も恋人もいないし、エロ本いっぱい持っているくせに本物の女の子の前ではテンパっちゃうし……」


 やめろよ、何でオレのどうしようもないところばっかり話すんだよ。

 確かに基本褒められるようなところなんてないけどさ、せめてオブラートで優しく包んでほしい。


「でもねっ!あんた達みたいに人を傷つけておいて、それなのに平然としているようなクズよりよっっっっっぽどマシで魅力的だよっ!」


 ……えーと、これは持ち上げられているのか?それともけなされているのか?

 どう受け取ってよいのか迷うぞ。


「はぁ。ごちゃごちゃうるさいなぁ……!」

「ひぎっ!?」


 藍染が唐突に姫の胸ぐらをつかみ、自分の目線の高さまで持ち上げる。

 ぶちぶちと繊維せんい千切ちぎれる音が姫の服から聞こえてきた。

 マズイ、藍染がキレた。

 紅松のそれとは違ってただわめき散らかすだけじゃない、理性という名のブレーキが一切効かない暴力魔になろうとしていた。


「やっやめろ藍ぞ――――ぐあっ!?」


 咄嗟とっさに姫を助け出そうと踏み出したが、直後に背後から圧迫。オレは地面に組みせられてしまう。


「灰原ぁ、生意気かまそうとしてんじゃねーぞ!?」

「そーそー。自分の立場わきまえなって」


 紅松と茶川の二人がかりで取り押さえられており抜け出せない。一対一ですら対等に渡り合えないのだから、二人相手ではびくともしない。

 畜生ちくしょう。オレは無力過ぎる。


「オレ達が良太より下だって?寝ぼけるのも大概たいがいにしようか。ね?」

「ほ、本当のことじゃないっ!だからこうやっておどしてるんでしょ?ちびっ子に口で勝てなくて力尽くなんて――――んぐぅっ!……げほっげほっ!」


 姫が目を見開きき込んでいる。藍染が服を締め上げて呼吸を阻害そがいしているんだ。


「『うるさい女には力尽く』っていうのがオレの格言なんだよね。これで大体は聞き分けがよくなるんだけど、君はどうかな?」

「……はぁ、はぁ。やってみれば?子供のあたしに手を上げたってことになったら、きっと重~い罪で逮捕たいほされて牢屋ろうや行きだよ!?い、いいのかなぁ……?」

「心配どうも。でもオレ達ギリギリ子供だから少年法でセーフなのよ。あれ?もう違うんだっけっかな?まぁいいや、別に」


 マズイ。藍染は本気だ。

 自分の怒りが収まるなら相手がどれだけボロボロになろうと意に介さない。かつてオレがされたように、子供相手にも容赦ようしゃしない気だ。

 姫の顔もみるみる青ざめていく……と思われたが――


「……やっぱりクズじゃん、あんた。?」


 ――直後、姫はにやりと歯をのぞかせて口元を歪めた。

 姫の視線の先、オレ達の周りにあるのは人影。それも一人二人じゃない。ざっと十数人はいる。


「何あれ、喧嘩けんかかしら?」

「でも女の子がつかまれているわよ」

「こんな時代にカツアゲ?」

「まぁ!昔のヤンキーがすることじゃない!」

「あれ、もしかして藍染さんところの……」

「あの荒れている高校に行ったとかいう……」

「それにつるんでいた悪いお友達もいるわよ」

「どうしましょう。藍染さんに言った方が……」

「ダメよ。それより通報しましょう」

「そうね、あの奥さんって息子を甘やかしてばっかりですもの」

「だからあんな風になっちゃったのね……」


 ざわざわと、近所の奥様方が家から出てきて騒ぎ始めているのだ。

 小声で話しているため詳しいことは分からないが、近所の間でもこれまでの悪行がうわさになっていたようだ。


「ちっ。なんでこんなに……!」

「だって、あたし達たくさん大声出してたもん。みんな気になって出てきたんじゃない?」


 狙って起きたことじゃないのにも関わらず、姫は自慢げに言う。

 ただの強がりなはずなのに、オレにはそれがとても頼もしく見えた。


「ざけんな、クソッ!」

「きゃあっ!?」


 もう潮時と判断したのか藍染は手を離し、姫を恐怖のめ上げから解放。姫は尻餅しりもちをついてしまい、痛みでもだえていた。


「とっとと行くぞ!おらっ、どきやがれババアども!」

「ゴルアァッ!邪魔じゃまだボケェッ!」

見世物みせものじゃねーぞ!」


 藍染は撤収てっしゅうの号令をかけると、紅松と茶川と共に人混みを威嚇いかくしてき分けながら立ち去っていった。

 

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