会いたくなかった。


 ミンミンミンミン、せみがうるさい。

 暑い上に大合唱しているもんだから、やかましくてイライラがつのるばかり。しかも鳴く理由がメスへのアピールだから余計に腹立つ。繁殖のための本能とはいえ、モテ街道を邁進まいしんする陽キャムーブそのものだ。

 陽キャといえばホモサピエンスの方も夏真っ盛りで盛りっぱなしだ。特に調子に乗った陽キャが周囲の迷惑も顧みずフィーバーするので、街のあちこちでバカップルやら大騒ぎをするクソ集団を見かける。

 視覚も聴覚も、ストレスバリバリでムカつく。

 ホント、夏は大嫌いだ。

 全世界のありとあらゆる陽キャが一斉に全滅すればいいのに。


「ねーねー、なんでそんなに怖い顔してるの?」


 汗だくで不機嫌なオレを見つめてくるのは姫だ。そんな彼女も汗まみれ。だけどオレとは違ってしずくが輝いていて宝石のように綺麗きれいだった。あと薄手のワンピースが肌に貼り付いていて、くっきりボディラインが扇情的せんじょうてき過ぎる。何とかしてくれ。


「大体分かっているんだろ」

「まーね。お兄さんって友達も恋人もいないし、そんな人達に嫉妬しっとしてるんでしょ?」

「ほぼ正解だよ、おめでとう」


 住んでいる世界が違う人間の、人生を謳歌おうかするところを見るのは大変不快だ。特に夏の、幸せ大爆発でテンション高い姿は一番不愉快。自分が味わえなかった幸福を、得る機会すら粉々に踏みにじられた営みを、一方的に見せつけられて平静でいられるほど聖人君主なんかじゃない。許されるのなら一人残らずこの世から駆逐くちくしてやりたい気分だ。


「さっさと済ませて家に帰るぞ」

「はいは~い♪」


 現在、オレ達は買い出し中だ。

 近所のスーパーへ食材の補給。姫は「お手伝いしたい」と言ってついてきた。正直サポートなんていらないのだが、母さんからの圧で渋々許してやっただけだ。

 こんなクソ暑い中の買い物というだけで大変なのに、それに加えて姫の相手をしなくてはいけないなんて。もはや拷問ごうもんたぐいだ。誰か役目を代わってくれ。


「そういえばさ、お兄さんってお友達いないじゃん?」

「はいはい、そうだけど?」

さみしくないのかな~って思って」

「余計なお世話だ」


 小学生目線で見たら友達がいないヤツ=孤独で寂しい人間と思われても仕方がない。子供向けのメディアでは古今東西友情を大切にしているし、友達がいるのは当たり前なんて風潮もある。

 別に友達がいなくてもいいじゃないか、とオレは言いたい。

 仲良しこよしが苦手な人間だっているし、友情の維持に精神をすり減らすことだってある。負の側面を無視して『友達は作るべき』と強要するのは間違いだろう。

 散々人間の汚い部分を見てきた身としては、下手に他人と関わって友情に縛られるくらいなら全くいない方がいさぎよいと思うぞ。


「あ、あたしは寂しいと思うよ?」

「オレは思わん」

「ひっど~い!雑に流した~!」

「ちょっ、静かにしろって!目立ったら絶対面倒なことになるだろ!」


 母さんからの指示とはいえ、こんな陰キャ大学生が女子児童と二人きりなんてはたから見たら異常な光景だ。兄妹きょうだいという可能性を考慮してくれるかもしれないが、オレ達は赤の他人なので意味なし。白い目で見られるのは確定だろう。

 だから出来る限り体を縮ませているのだが、姫と一緒にいるとどうしてか、自然と目立ってしまうのだ。

 そんな時。


「お、もしかして灰原か?」


 背後から呼びかけられた。

 この声はもしかして。

 悪寒がして、ぶわっと鳥肌が立つ。


「灰原って……あぁ、良太のことか」

「そんじゃあ隣のガキは誰だよ?」


 更にもう二人。

 間違いない。この声はだ。


「おい、灰原。シカトすんなよ」


 肩をつかまれて、強制的に振り返るハメになる。

 眼前にはつり目のオールバックヘアー男、紅松くれまつ。その後ろには髪が逆立っている藍染あいぞめとスキンヘッドの茶川さがわ

 中学校時代、オレをいじめていた三人組だ。


「う、うん……ごめっ……ごめん」


 最悪だ、この三人に見つかってしまうなんて。

 きっと夏休みだから地元に戻ってきていたのだろう。その可能性を念頭に置いて、外に出るべきだった。


「お前まだどもってしゃべってんのか?めてんのか、ぉお!?」

「やめとけって紅松。オレ達もう大人だろ?」


 オレの胸ぐらをつかもうとしてきた紅松だったが、リーダー格の藍染に止められる。


「悪いね良太ぁ、こいつキレぐせ全然直ってねーんだわ!」

「っせーぞ茶川ぁっ!」


 真っ昼間から怒声どせいを上げる紅松。だが、茶川はビビりもせずにへらへら笑っている。中学生の頃から変わらない、反吐へどが出るほど居心地の悪い不良特有の空気をき散らしていた。


「こんなんだけど、オレらこれでも社会人だから。昔みたいにやんちゃしないから安心しなよ」

「う……うん」


 藍染の偉そうなフォローに、オレはただうなずくことしか出来ない。物静かなこいつが、一番危ないヤツだって知っているから黙って従うしかないんだ。

 オレだって言い返したい。

 をしておいて、「やんちゃ」の一言で済ませるな。お前らみたいな連中が社会人を名乗るな……と。

 でも、それをぐっと飲み込むしかない。

 我慢して、耐えきるしかすべはないんだ。


「ねーねー。もしかしてお兄さんと知り合いなの?」

「ん~、誰なんだい君は?」


 おいおい、うそだろ。

 何を考えているのか、姫は恐れることなく藍染に問いかけていた。暴力を生き甲斐がいにしているような連中に、どうして絡もうとするんだよ。


「あたし?う~ん、良太お兄さんの教え子?みたいなかんじ?」

「ははっ、教え子ぉ?それは驚きですね、はははっ。あの学校一のいじめられっ子から何を学ぶんだか!」


 藍染は笑い続けている。

 どうして笑えるんだ。中学校時代のいじめをしたのも他の生徒を先導したのも、全部お前達だろ!

 それさえなければもう少し平穏に、ぱっとしないながらもまともな日々を送れたかもしれなかったのに……。


「それって、あなた達がお兄さんをいじめてたってこと?」

「お、するどいなこのガキ」

「そうそう。オレ達がいじめてたんだよな~」


 紅松と茶川が認めて、ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべる。

 反省など欠片かけらもしていない、今すぐにでも再びきばいてきそうな顔だ。


「こらこら、それはちょっと違うだろって。オレ達は気弱な良太をきたえてあげただけで、いじめてないから。ま、他のヤツらはマジでいじめてたらしいけどねー」 


 は……?

 何を言っているんだ、こいつ?

 全部お前らが発端ほったんだろ。お前らが他のヤツにもいじめを強制したんだろ。

 どうしてそんなうそを平然と言えるんだよ……!?

 言葉に表しきれないほどに燃え盛る憤怒ふんぬ憎悪ぞうお

 はらわたがえくりかえってき出してしまいそうだった。


「ふ~ん。そうなんだ~」

「そういうこと。オレ達はまぁ、こいつの恩人おんじんってとこ――」

「つまり三人ともクズってことなんだね」


 姫のその一言が、その場の全てをこおりつかせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る