お風呂でまったり。


 不慮ふりょの事故だが、柔肌やわはだ桃源郷とうげんきょうとの接触を果たしてしまった。

 それはお互いにとって恥ずかしい体験であり、泡を流して湯船に入ってからはずっと沈黙したままだった。

 姫は浴槽よくそうの向かいでひざを抱えた体勢で湯にかっている。折り曲げられた足のおかげで胸も股も隠れているため、オレも落ち着いて湯の中にいることが出来ている。もっとも、ちょっとでもバランスを崩したら彼女の丸いしりと接触しかねないという事実に変わりはない。これ以上柔らかく刺激的な体験は心臓に悪いので勘弁してもらいたいぞ。


「…………むぅ」


 膨れっ面で、姫はじっとりオレのことをにらんでいる。散々人のことをおちょくり素肌をさらすことすらいとわなかった彼女だが、触れるのだけは嫌だったらしい。一応本人なりの限度があったようで、その点だけはほっとする。


「そんな目で見つめられても困るぞ。抱きついてきたのはそっちなんだから……」

「分かってるよそんなこと……」


 頭で分かっても納得は出来ない、といったところか。

 もやもやするよな、そういうの。


「というか、なんで背中流すの気に入ったんだよ」


 そもそもの発端ほったんは、姫のご所望しょもうだ。それがなければ秘所とのファーストコンタクトもないしこんな空気にもならなかったのだ。


「だって……気持ちよかったから」

「うん。それがいまいちピンとこないのよ」


 親にやってもらっているであろう背中を、代わりにオレが洗ったまでだ。それ以上でも以下でもない。ちょっぴりソープランドを連想してしまったけど、それはオレの主観だけ。姫には関係ないはず。

 ……え?もしかして性的な意味で気持ちよかったって話なのか?

 おいおいおい。

 それはダメだって。調教系エロゲでいうところの『開発』ってヤツじゃねーか。背中が性感帯ってか?

 などと妄想もうそう炸裂さくれつさせてしまったが、姫の答えは違った。


「一緒に体洗うの……ホッとするから」

「え……?」

「だって、いつもお風呂は一人だったもん……」


 それは……どういう意味だ?

 オレはてっきり、家庭でいつもしている通りにやってほしいから頼んできたとばかり思っていた。なのにいつもは一人ってどういうことだ?

 体を洗うのがうまくないのは親にやってもらっているせいではなく、一人で風呂に入っているから自己流になったということなのか?

 じゃあオレに「洗ってほしい」と言ったり「もっと」とお願いしてきたりしたのは……。


「なぁ、姫……」

「……なぁに?」


 思わず問いかけてしまった。だが――


「いや、何でもない」


 ――やめておいた。

 これは安易に踏み込んではいけないことかもしれない。ましてや憶測だけでその領域に入るなんて絶対にいけない。


「えー、言ってよ」


 しかし、寸止すんどめのままでは問いかけられた方は気持ち悪いままだ。せがんでくるのは当然の行動である。


「……べ、別に大したことじゃないから」


 聞ける訳がない。

 誰が「あなたの家庭って複雑?」なんて配慮も遠慮もない質問が出来るのだろうか。少なくともオレには無理だ。

 ここはうまいこと誤魔化ごまかすしかない。


「隠すことないじゃ~ん」

「う、うっさい。いいだろ別に……細かいことはいいだろ」


 だけど、口から出るのは具体性にける言葉ばかり。焦って取りつくろうとしているのがバレバレの、咄嗟とっさに嘘をつけない人間がする挙動だ。


「あ、分かった!エッチなこと想像しちゃったんでしょ!?」

「まぁそうだな……――って、ちょっ……ちょっと待て、今のなし!」


 思わず生返事で返してしまい、急いで訂正。

 確かにソープランドっぽいとか『性感帯開発』とか考えたけど、別に姫をエロ目線で見たってことじゃないから。

 ホントに勘違いしないでくれ、三次元ロリはアウト中のアウトなんだよ。


「うわ~……図星かぁ」

「違うからっ!ノット図星!オーケイ!?」

「ホーケイ?」

「ンなこと言ってないって!」

「ひょっとしてホーケーち○ぽっちゃった?」

「やっかましいわっ!」


 とまぁ、誤魔化しには成功したが下ネタいじりに移行するハメになった訳で。

 風呂でまったりする余裕は、やっぱりなかった。




「ああ、疲れた……」


 風呂上がり。

 オレはぐったりして食卓につく。

 テーブルの上には出来たての炒飯チャーハンと野菜炒めが湯気を立てている。香辛料がよく効いており、食欲がそそられて腹の音も一層よく響く。


「どうしてくたびれてるのよ、あんた。風呂場で何してたのよ?」

「色々あったんだよ、察してくれ」


 母さんが冷ややかな視線を送ってくるが、回答するのが面倒臭い。そんなことより早く食べたい。空腹も限界まできており、お腹と背中がくっつきそうだ。つまみ食いしたくなってくる。


「やけに騒いでいたみたいだけど、いやらしいことしたんじゃないでしょうね?」

「お、おいおい……まだ疑われてるのオレ?」

「だってやりそうだし」

「実の息子のことくらい信じてくれよ」


 ひどい扱いだ。

 再三の主張だが、オレはロリコンでおねショタ好きだとしてもそれは二次元に限る。現実でそんなこと求めたりはしない。ましてや悪知恵働く姫に手を出すなんて愚行ぐこうを――


「……うっ」


 ――手は出してないけど、触れてしまったのは本当だ。

 ああ、太ももあたりによみがえってくる。あの柔らかい秘所の肌触りが。

 あの未成熟な禁足地が……。


「っは~~~!お風呂気持ちよかった~~っ!」

「うわぉおっ!?びっくりしたぁっ!?」


 思い浮かべた瞬間、その持ち主である姫が戻ってきた。

 突然の登場に心臓が止まるかと思ったわ。その反動なのか、今度はもの凄いスピードで脈打っているし。さっきから心臓に負担をかけ過ぎな気がするぞ。


「びっくりはこっちのセリフ~」

「そうよ。もう大学生なんだからもっと落ち着きなさい」

「す、すみません……」


 あと、何故なぜか怒られた。

 あ、炒飯と野菜炒めはおいしかったです。はい。

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