料理をしよう。


 なんやかんやあって、姫は不法侵入しなくてもよくなった。おかげさまで、今では我が物顔でオレの家の中を使っている。オレの部屋だけでなく、リビングやトイレなどの一階も平然とだ。そして今日はキッチンにも――


「美代子さん!お料理あたしも手伝いまーすっ!」

「あら、ありがとうね姫ちゃん」


 ――いや、ここは母さんと一緒にいるから別にいいか。

 どうやら夏休み期間に入ったようで、姫は午前中からオレの家に入りびたるようになった。そして当然のように昼飯を食べていくのだ。人のエロ本を読みあさっている時から思っていたが、こいつ本当に厚かましいな。

 まぁ今日は一応手伝うつもりらしいので、大目に見てやらなくもないが。


「……って、お前料理出来るのかよ?」

「も、もももちろんっ……!」


 声が震えてるぞ、オイ。オレのどもり並におかしくなっているからな。

 もうそれだけで心の底から心配しか湧いてこないんですけど。


「今日のお昼は炒飯チャーハンと……あと野菜炒めにしましょうか」


 メニューは母さんの十八番おはこ、お手軽簡単炒飯だ。数年前に朝の『あさトク』とかいう情報番組で楽々調理法を知って以来、何を食べるか迷う度に作っている。週に三回くらいは食べている気がする。そんなにしょっちゅう食べていたら飽きるのではと思われそうだが、作り方自体は変えずに味付けを自由に変えられるため、毎度新しい作り方が試せて問題なしなのだ。


「包丁は危ないから良太が担当するとして……姫ちゃんはお米洗ってくれる?」

「はいは~い、頑張りま~すっ!」

「ほら、良太も返事」

「……了解っす」


 全員で協力して準備に取りかかる。オレの仕事は材料の下ごしらえ。チャーシューは細切れタイプをそのまま使用するので、メインは野菜のカットだ。

 タマネギはみじん切り、青ねぎは小口切り。ついでにピーマンも入れてやろう。苦味が苦手な姫に小粋こいきな嫌がらせだ。ま、好き嫌いなく食べましょうってことで。


 さてさて、姫の方はどうだろう。まだ小学三年生だが、米とぎを上手に出来るのか。当時のオレは出来なかったが、女子だし案外サクッとやり遂げていてもおかしくない。

 もしオレよりも上手に米とぎしていたら悔しいな。調理技術で小学生に負けるなんて屈辱くつじょくだ。下手したらそれをネタにして、いつも通りのあおりに使ってきそうだもん。

 などと低レベルなことを考えながら、敵情視察に姫へと視線を移すと――


「どう?こんなかんじ?」


 ――炊飯釜すいはんがまの中が泡まみれになっていた。


「ちょっ、え……ええぇぇぇえぇぇえぇえええっ!?」

「ちょっとぉ、キッチンで騒がないで――――きゃあああぁぁああぁぁぁあっ!?」

「……どうしたの、ダメだった?」


 どうしたら釜の中が泡まみれになるのか。

 その答えは一つ。洗剤をぶち込んだからに他ならない。

 いや、確かに母さんは「米を洗って」とは言ったけど、マジで洗うヤツがいるか!?いるんだな、驚きだよ!!


「えっとね、姫ちゃん。お米を洗ったことある?」

「じ、実はぁ……あたし、初めて……なの」


 そのねっとりした言い方やめろ。「優しくしてね」ってか?しばくぞ。


「あはは……お米はね、お水だけで洗うのよ?」

「え!?そうなの!?」


 ボケでもなんでもなく、本当に知らないのかよ。まったく、出来ないことを安請やすうけ合いしないでくれ。張るほどの見栄なんてないだろ。


「じゃ、じゃあ代わりに卵!卵を割って溶いてくれる?」

「うんっ!任せてよっ!」


 自信満々な様子だが、不安しか感じない。一応割ってかき混ぜるだけで間違える要素なんてないはずなのに、それでも嫌な予感しかしない。真の料理下手は常人が想像するラインを軽々飛び越えてくるはずだ。


「えいっ――――うひゃあっ!?」


 はい、知ってた。

 くしゃっと姫の手の中で、卵が端微塵ぱみじんに粉砕された。当然姫の手はドロドロのベットベト。白身と黄身、そして粉々の殻まみれになっていた。

 そりゃあ、力いっぱい握ったらそうなりますよねって話だ。


「……出来ないなら正直に言っていいんだぞ?」

「ふ、ふんっ!今日はたまたまうまくいかなかっただけだもんっ!」


 絶対うそだな。からが原形留めずぐしゃぐしゃって、明らかに慣れていない人のやることだろ。


「は、はい。卵はおばさんが割ったから、混ぜてもらえるかな?」

「うん、やるやるっ!」


 母さんは最上級にお膳立ぜんだてしてあげて、姫が楽しく料理に取り組めるようにしている。娘が出来たような気分で可愛かわいがりたいのは分かるが、そこまでしてあげなくてもいいんじゃないかと思うぞ。


「よーし、頑張るぞーっ!」


 姫はボウルを抱えて菜箸さいばしを突っ込み、張り切って回し始める。ちなみに持ち方は完全な握り箸だ。育ちの差が出るな。


「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃーーーーっ!」


 勢いよく卵をかき混ぜる姫。ボウルからは黄色い竜巻トルネードがちらちら見えていて、今にも飛び出してしまいそうだ。やる気十分なのは結構だが、加減しろバカ。こぼれるぞ。


 つるん。


 だが、それより先に銀色のボウルが宙を舞う。まるで古典的UFO、未確認飛行物体だ。ただのドジなのに、無駄に幻想的だね。

 それはそうと、回転して飛び出す卵液らんえきビーム。その黄ばんだ液体はやらかした張本人――姫の体へと真っ直ぐうねって伸びていく。


「きゃあっ!?」


 直後、落下。

 ボウルは軽い音を立てて、中身がすっからかんになったことを教えてくれる。

 卵液のほとんどは姫に、残りの分はオレの足にかかっていた。


「うえぇ……べとべとぉ……」

「オレもなんだけど」


 涙目の顔も可愛らしいワンピースも卵液まみれだ。まるでぶっかけ……いや、なんでもないです。ごめんなさい。


「これはひどい……。お風呂で体を洗った方がいいわね」


 あまりのドジっぷりに、さすがの母さんも引き気味である。それでも怒らないあたり、やっぱり甘やかしている気がする。オレがやらかしていたら絶対マジギレしてただろうね。


「ごめんなさい、美代子さん。あたし下手っぴでこんなに汚して、お兄さんにも…………あ、そうだ!」


 ぺこりと頭を下げた直後、何か思いついたらしい姫がこちらを見てにんまりと笑みを浮かべる。

 あ、嫌な予感アンテナが受信した。

 絶対余計なことを思いついたな、こいつ。


「お兄さんと一緒にお風呂入っていい?」

「はいぃっ!?」


 うん、やっぱりか。何を言っているんだこの子は。

 姫と一緒に入浴とかロリコンポイント限界突破でアウトだろ、バカ野郎。


「そうねぇ。良太も汚れちゃったし、いいわよ」

「んん!?」


 しかし母さんから出たのはオッケーサイン。どうして承諾しょうだくした?何なの、こっちもバカなの? 


「ちょい待て母さん。普通ダメだろ、常識的に考えて」

「あんただって小学生の時は母さんとお風呂に入っていたじゃない、普通よ普通」

「でもオレ、一応男だからさ……」

「何よ、姫ちゃんに手を出す気でいるの?ガチめのロリコン?」

「うぐっ」


 母さんにとって子供との入浴は当たり前のことで、それに抵抗を示している=ロリコンの可能性有りと認識しているようだ。あながち間違っていないから性質たちが悪い。


「わ、分かったよ……入ってやる」

「わーいっ!ありがとうお兄さぁん♪」

「うわっ!くっつくな!ぬるぬるする!汚れる!」


 結局オレは母さんに言いくるめられる形で、姫と混浴するハメになるのだった。

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