公認になったじゃねーか。


 でも人生終了ゲームオーバーだけは回避出来て良かった。一番の懸念事項なだけあったし、それだけでも一安心だ。

 だが、代わりに姫と母さんが仲良しになったのは問題だ。具体的に何が、と問われると困るが、とにかく面倒な展開になったということだ。あとコレ、女子会のノリかよ。年の差考えろや。


「それでね、うちの良太ったら恋人どころか友達すら家に呼ばなくってね~。だから姫ちゃんが初めてうちに来てくれた子なのよ~」

「え~?そうなんですかぁ?とっても光栄ですぅ♪」

「もうそろそろ二十歳になるっていうのに全然女っ気がなくって。姫ちゃんがいたらちょっとは変わるかしら?」

「えへへ、どうでしょう~?あたしぃ、まだ子供だし~?」

「そうよねー、こんなモテない男を相手にするのは難しいよねー」


 ガールズトーク(?)に花咲かせる二人。その内容は大体オレ関係の話で、過去の失態からモテない現状まで幅広い。それなのにオレ自身は蚊帳かやの外。すでに色々な物を見られてしまったから今更遅いけど、せめてオレの目の前で話すのだけはやめてくれ。大変居づらい空気です。

 でも、いじめられていたことに関しては二人共話さないのだけは良かった。もし口にしていたら窓の外へとジャイアントスイングでダイナミック不法投棄ふほうとうきしていたと思う。確実に。


「いっけないっ、もう五時過ぎじゃない!そろそろお開きにしないと」


 母さんが時計を見て慌てている。夏なので外は明るいままだが、一般的な小学生にとっては遊びを切り上げて家に帰る時間だ。

 ただ、姫はオレの部屋に七時過ぎくらいまでいるような不良女児だけどな。他にも悪さは色々しているし……って、その辺を教えたらオレの評価がダダ下がり&犯罪者扱い確定じゃねーか。


「ほら良太、姫ちゃんを送っていきなさい!」

「は?どうしてオレが……」


 急に名指しで役目を押し付けられた。

 これはアレか。男だからか弱き乙女を守るのが義務、って話か?

 そういう役割分担は嫌だし、こいつは乙女どころか悪女の卵だぞ。今のうちにかち割っておいた方がいい。


「当たり前でしょ、物騒なんだから責任持って家まで送り届けなさい」

「そうだよ、良太お兄さーん。セ・キ・ニ・ンとってよ~」


 だが、この空気で断れる訳がない。

 あと姫はその言い方やめろ。絶対誤解されるヤツだから。手を出したと思われかねないパターンだろ、ソレ。


「……はぁ。分かりましたよ」


 渋々しぶしぶではあるがオレは彼女を家まで送ることにした。

 これ以上食い下がっても良い事はないからね。女性相手の口喧嘩はやるだけ無駄、トンデモ理論武装で無敵ムーブするんだもん。勝てっこないよ。




「いやぁ~、美代子さんに『また来てね』って言われちゃった~♪」

「オレは二度と来て欲しくないってんだけどな」


 母さんのつるの一声で、姫がオレの家に来る口実が出来てしまった。学習サポーター的な存在とその生徒ということにして誤魔化ごまかした弊害へいがいだ。現実にありそうで違和感のない良い言い訳ではあったが、そのすきのなさが逆になかったことにしづらくしている。

 そもそも母さんにバレることで警察に通報されて人生みと考えていたのに、その母さんと姫が友達になるというのが想定外の事態だ。昨日のオレにこのことを伝えても「はぁ?暑さで頭溶けちまったのかテメー」って言いそうなレベルである。

 それでもずっと抱えてきたリスクの一つがなくなるのは良いことだ。これでストレスが大幅に軽減される。


「これからも勉強いっぱい教えてよね?」

「はいはい」

「エッチな方もね♪」

「はいは……―――って、ダメに決まってるだろ!?」

「どうしてダメなのー?」

「ダメなものはダメだからっ!」

「えー、何それケチー。お兄さんのケチお○んちんー、ケチ○ちんー」

「変なあだ名付けるなって!あとここ公道だからそういう話はやめろっ!」


 家の中ならいざ知らず、誰が聞いているのか分からない住宅地の道路でその呼び方はいけない。

 だというのに自然な流れで人をあおるわ下ネタに繋げるわ、やっぱりこいつといるとストレスがゴリゴリまっていくな。


「ま、でもオレがぶっ倒れている間にうまいこと取りつくろってくれてありがとうな。ホント助かったよ、姫」

「ふぇっ!?」


 突然のお礼に驚いて、姫の顔がぼんっとでダコみたいに真っ赤に染まる。夕焼け空の色と重なって濃いめの色に仕上がっていた。


「え、何お前照れてんのかよ……マジか」


 特に考えず何となく口走ってしまったが、どうやら姫の謎な琴線きんせんに触れてしまったらしい。もしかしてエロゲの口説き文句みたいになっていたか?


「てっ、てて照れてないからっ!ダッサいセリフ言うからあたしの方が恥ずかしいんだからっ!キョ、キョーカンセーシューチってヤツ!?だからね!」


 両腕をぶんぶん振り回して必死さ満天過ぎて、本当に照れていたとしか思えなくなってきたぞ。

 ……まぁ、オレのクソダサ陰キャオタクな姿を見なければ良いセリフだったのだろう。彼女くらいの年頃ならそんなクサい言葉もキューピッドの矢なのかもな。

 あと共感性羞恥きょうかんせいしゅうちとか、小学生なのにもう感じるのかよ。これから中二病がひかえているというのに大変だな。


「分かってるよ。オレなんかでキュンとしたのが嫌だったんだろ?」

「はぁ!?お、お兄さんなんかにキュンとくるはずないでしょ!?バッカじゃない!?」

「いって!?蹴るな!地味に痛いから!」


 そんな調子でド突かれながら歩いていると、いつの間にか寂れた空気ただよう雑居ビルの通りを歩いていた。流行はやっていない居酒屋やスナック、いかがわしい店が建ち並ぶ場所だ。

 この少し先には、以前尾行していたことがバレた場所――古びたラブホテルが建っている。

 あの時は彼女の弱みを握るためにこの辺りまで来たが、もうそんな必要はない。公認になってしまったが、代わりに姫と母さんは仲良しだ。ゆえに、姫もわざわざ自分の年の差交友関係を破壊してまでオレをおとしいれようとはしないだろう。……多分。

 まぁ詰まるところ、姫の身辺を探る必要性はないということだ。

 だが――


「お前の家ってどこなんだ?」


 ――家まで送り届ける、という話なのでしっかり自宅は把握しておこう。別に悪用する気はないからな。念のためってだけだ。


「んー、その辺」

「アバウトだな、オイ」


 しかし適当にはぐらかされるだけで、姫は自宅を教えようとしない。オレに自宅までついてきてほしくないのだろうか。


「お前を家まで無事に帰さないといけないんだよ」

「お兄さんがいなくても大丈夫ですぅ。むしろこんな人気ひとけのないところで二人っきりって方が不審者感あるんじゃない?」

「またそんなことを……」

「とーにーかーくー、もうお兄さんは帰っていいからっ!」


 なおものらりくらりとやり過ごそうとする姫。こうなると意地でも調べてやりたくなるが――――オレはそこで踏みとどまる。

 きっと、彼女なりに知られたくない理由があるのだ。

 オレ自身、子供時代は所在地を誰にも知られたくない気持ちでいっぱいだった。その件に関しては結局普通にいじめっ子にバレて家に押しかけられそうになり、見逃してもらう代わりにいじめがより苛烈かれつになったのだが。

 だがそれもこれも、母さんに心配されたくない一心だった。姫にもそんな当時のオレのような、人に知られたくないという思いがあるのかもしれない。

 これ以上の詮索せんさくはよしておこう。


「ま、いいよ。気が向いたら教えてくれ」


 頭をひときして、オレはきびすを返す。


「あっ、お兄さん……っ!」

「じゃ、気を付けて帰れよ」


 呼びかけには振り返らず、別れの挨拶あいさつに手だけ振って。

 オレは帰路きろについた。

 


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