それでもオレはやってないから。


「いやっ、これはですね母さん。あの~……」


 思考が回らない。

 咄嗟とっさに言葉が出てこない。

 二十歳はたち間近な息子の部屋に薄着の女児。しかも汗ばんだ体を重ね合って肌を密着させている。

 こんな状況をどう言い訳していいか、答えを知っているなら教えてほしい。出来れば今すぐに。


「ひっ姫、なんか言ってくれっ。オレには無理だっ」


 こういう時は口が達者な姫に任せよう。彼女ならきっとうまいこと説明してくれそうだし、オレが言うより『犯罪臭』も幾分いくぶんか緩和されるだろう。こんな状況だからこそ全面的に頼むぞ。


「ふぇっ!?あ、あ……あー……お邪魔じゃましてま~す……」


 何その友達の家に来た感覚みたいな言い方は。いつもの卓越たくえつした語彙力ごいりょくはどうしたんだよ。

 ああ、期待したオレがバカだった。


「……あなたはどこの誰かしら?」


 普段の母さんからは想像がつかない、底冷えするような重い声。だらしなさもおふざけも一切ない、氷柱つららごとき視線で射貫いぬいてくる絶対者がそこにいる。

 絶対零度ぜったいれいどの威圧に凍り付いたオレは動けない。それは姫も同様で、普段のスペックを発揮出来ずにいる。


「えと、そのですね……あ、あたしは~……桃城姫と、もっ申しますぅ~」


 なのでこんな状態。

 本当にどうした、姫。

 しゃべり方が可哀想かわいそうになるくらいトンチンカンになってるぞ。


「へ~。それで、どうして姫ちゃんは良太の部屋にいるのかしら?」

「それは、あの……そのぉ……ははっ。悪戯いたずらしたいから……かな。ねぇ?」


 こっちに振るな。悪戯したくてうちに立ち寄っているのはお前の方だろ。その辺の経緯けいいについてはオレにも説明出来ないんだから、姫がこと細かに話してくれよ。


「そう、分かったわ」


 どうやら母さんは納得したらしい。

 今の言い訳でどこをどう納得出来たのかはなはだ疑問ではあるが、とりあえず責められる時間が終わるのであればそれに越したことはない。

 いつも温厚でぐうたらな母さんが怒った時は、その温度差で風邪かぜどころか大病を患いそうになる。もちろん、メンタル面の話だ。

 絶体絶命の状況ではあったがどうにか収まりそうで良かった。

 と、思ったが。


「ちょっと姫ちゃん、どいてて」

「は、はいっ」


 姫がオレの上からどかされて。


「こぉんの、バカ息子がぁぁあああっ!!」

「ぶべらはぁあっ!?」


 脂ののった熟女マッスルから放たれるダイビング・ボディープレス!突き抜ける衝撃がオレの背中をブレイク。


「ロリコンだとは思っていたけどっ!」

「げほっ、ちょっと待っ――ぼひゅっ!?」


 ロリコンじゃねーしそんなこと実親に思われたくない、と言おうと思って立ち上がったところで鋭く蹴り込まれる延髄斬えんずいぎり!オレはえなく床にり倒され、あごをしたたかに打ちつける。


「まさかリアルに手を出すいたずらするとはねぇええええええっ!!」

「うわぁぁああっ――――ごべはっ!!」


 最終的に両腕を固めて持ち上げられてからのタイガー・スープレックス!ぶん投げられて宙を華麗かれいに舞ったオレは、見事自室の壁に叩きつけられるハメとなった。


「は、話を……き、い………て…………」


 全身ボッコボコにされながらも立ち上がろうとするが……視界が暗転。全身から力が急速に抜けていく。

 そしてオレの意識は闇の底へと、深く深く沈んでいくのだった。




「………ぃ………さぁん……」


 誰かが呼んでいる。


「……きてよ………お……さぁん……」


 あと多分、叩かれている。ビンタだ。


「起きてよ……にぃ……おーい……」


 痛いな。ちょっと力込め過ぎじゃないか?

 あ、今グーでやったな。グーは反則だろ。チョキじゃないだけマシだけど。


「もうっ、起きてってば、お兄さーーんっ!」

「ほんぎゅえぁはあああああああああああああっ!?」


 股間に惑星破壊級の衝撃が走り、内臓を握り潰されたような激しい鈍痛が体中を駆け巡る!

 微睡まどろみもクソもない、強制的な覚醒かくせいだ。


「あ、起きた」

「起きるわ!!つーか死ぬわボケェッ!!」


 目覚めて早々、オレのジュニアを握って粉砕クラッシュしようとした姫を怒鳴りつける。

 金的はよく漫画のギャグ描写に使われるが、一応内臓の一種なので潰れたらショック死しかねないんだぞ。間違っても悪ふざけでしちゃいけないからな。良い子も悪い子もよく覚えておいてほしい。

 まったく、親は一体どういう教育をしているんだか。オレの大事なジュニアが機能不全になるところだったぞ。


「…………あ」


 『親』という単語を口にして思い出した。

 姫がオレの部屋に入りびたっていることが母さんにバレたんだった。それで色々勘違いされた挙げ句、プロレス技を食らって撃沈ダウンしたんだったな。

 で、その母さんはというと――


「あ……あはは。おはよう、母さん」


 ――真後ろで正座していた。


「事情は姫ちゃんから全部聞きました」

「聞いちゃいましたか……」


 どうやらオレが気絶していた間に、それなりのやり取りがあったようだ。時計の針を見るとあれから十五分ほど時が進んでいるし、それだけあれば色々話せるだろうな。

 一体なんて話したのだろうか。まさかまた誤解されるようなこと言ってないよな?不安しかない。下手したらまたプロレス技でボコボコにされかねない。そして最後は警察に自首させられることにもなりかねない……って、オレは何も悪いことしてないぞ。断じて。


「どうして黙っていたの」

「そ、それは……まぁ……はい」


 言える訳ないって。自分の部屋に女子児童が出入りしていて、エロ貸本屋代わりに使っています……なんて滅茶苦茶めちゃくちゃ過ぎるだろ。絶対理解されないしとりあえず逮捕しておこう案件だろ、きっと。


「『はい』じゃないでしょ。大体、勉強教える手伝いなら別に隠すような話じゃないと思うんだけど?」

「は、はい……ですよね。――――え?」

「だから『え?』でもなくて。良太も一応大学生だし、子供に勉強を教えるくらい普通だってこと。でもね、そういうことはちゃんと話してくれないと困るのよ」

「まぁまぁ、美代子さん。あたしが誰にも言わないでって言ったことだから、あんまりお兄さんを責めないであげて?」

「まぁ、姫ちゃんがそう言うなら」


 どうやら姫は、オレのことを学習サポーターの類いだと言い訳してくれたようだ。幸いなことに机の上には勉強道具があり、そのうそ信憑性しんぴょうせいを持たせている。ナイスフォローだ、姫。

 と、その点は良いのだが。


「でもこんな汚い部屋で良かったの?うちの息子、モテないイケてないどうしようもないの『三ない』持ちだし」

「いや~、あたし家だと集中出来ないタイプだから丁度ちょうどいいんですよ~」


 何故なぜか母さんと仲良くなっているぞ。しかも名前呼び。オレをおちょくっていた時とは大違いの扱いだ。

 どういうことだコレ。差別かコノヤロー。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る