スカトロ趣味はないんだってば。


「マジかよ……」


 この唐突な便意。その原因は間違いなく、牛乳とコーヒーのダブルパンチだろう。牛乳だけなら、普段から学校で飲み慣れているだろう彼女なら耐えられたはず。だが、そこにコーヒーの利尿作用が入ったせいで悲劇が起きた。

 ああクソ、ちょっと頭を使えばこうなるって予想出来たはずだ。だが、オレは彼女の肌の露出で思考を乱され、コーヒーを渡してしまった。

 一応人生の先輩だというのに、なんというていたらく。

 最悪だ。このまま放っておいたら、間違いなくオレの部屋で脱糞沙汰だっぷんざた。そちらを避けてトイレに行くと、階下の母さんに見つかる可能性が大。前門のとら肛門こうもんおおかみってか。うまくないわバカ野郎。


「お兄さん……やばい、コレ、ガチでピンチかも」


 にへら、と引きつった真っ青笑顔の姫。今頃彼女の肛門括約筋こうもんかつやくきんは、必死に茶色い軍勢をせき止めており、それ以外に集中力を回せないのだろう。余裕のなさがひしひしと伝わってくる。


「どうしよう……トイレ、行った方がいいよね?」

「そ、そりゃあそうだよな。このままじゃあ部屋の中で、も……漏らしちゃうもんな」

「あたし、それだけはっ、ぜっ……たいに嫌だっ!」


 誰だって嫌だよ、お部屋でダイナミック脱糞。


「で、でも……もしお兄さんのママがトイレに来たら……見つかっちゃうよ……!」

「そ、そうだけどさ……すぐに戻ってくれば、ね?」

「音は!? 臭いは!? 女の子だって普通のきったないう○ちするからね!?――いぐぅぅぅっ!? き、来てるぅ……っ! ひぅっ!?」


 声を荒げたせいで、災厄さいやくはらんだ進撃が更に苛烈かれつになってしまった模様。

 内股でカタカタ足踏み。しかもどんどん激しくなっている。

もう一刻の猶予もなさそうだ。


「はぁ、はぁっ……! ちょっとコレ、マジの限界っぽい……くぅっ!?」

「は、早く行けってば!」

「だからあたしが行ったらバレるんだって! もう、お兄さんが代わりに行ってきてよ!」


 成る程、それは名案……って、オレがトイレに行ってどうするんだよ。

 お前の限界ギリギリ菊門アナル地獄は何も解決しねぇぞ。


「――はっ! そうだ、代わり……それだよお兄さん!」

「どれだよ!?」

「お兄さんも一緒に来るの! そっ、そしたらお兄さんがトイレを使うってことにして……!」

「んんんんんっ!?!?!?!?!?」

「だっ、だからっ! お兄さんはう○ちするフリ! あたしはホントにするっ! 以上! ああもうっ、無理ぃぃぃっ!」


 半べそ蒼白面そうはくづらで、姫が飛び出していく。いつものような忍び足ではない、騒音配慮なんてかなぐり捨てた勢いの重機走行音。母さんが絶対に気付くだろう足音だ。


「くそっ! 勝手に行きやがって……っ!」


 オレは急いで後を追い、一気に階段を駆け下りる――いな、もはやスタントマンばりの飛び下りだ。床板を踏み抜いちゃいそうで怖い。

 どすん、みしり。

 着地と同時に足の裏からしびれが駆け上がってくる。一瞬足の感覚が麻痺まひしたが、くじいていないし折れてもいない。それに床も無傷。丈夫な家で良かった、きしむ程度で済んだみたいだ。

 と、安心するのはまだ早い。

 姫はもうトイレの前。扉は既に開かれている。急いで追いつかないといけない。

 焦って後先考えず出ていった姫を、いつ見つかるとも分からない危険地帯で一人にさせるのはマズイ。

 オレはすぐさま駆け寄ったが――


「うぉうっ!?」


 ――近づいた途端、トイレの中に引きずり込まれた。

 ばたん。がちゃり。

 扉はすぐに閉められて、流れるように施錠される。

 狭いトイレの中、オレと姫の二人っきり。


「お前、どういうつもり――」

「良太~。今度は何暴れているの~?」

 居間から出てきただろう母さんの声がした。姫が雪崩なだれのような足音を立てて下りてきたから、何事かと思って様子を見に廊下へ出たのだ。

 い・い・わ・け・し・て。

 目尻に涙をいっぱい溜めた姫が、口の動きだけで伝えてくる。オレにどうしろと、なんて反論する余裕はない。即座に対応しなければ、全てが白日の下に晒されるのだから。


「ご、ごめーん。も、漏れそうだったから急いでいて――うおっ、デカイ! こいつは今年一番の大物だ! 三日分の量に匹敵するほど! い、今からデカブツとの決闘に集中するから、トイレには来ないでくれよ!?」

「あーはいはい。好きなだけブリブリしてなさい」


 思いつきで言い訳をぶちまけた。酷い内容過ぎて、自分で言っておいて笑いそうになるほどだ。だが、そんな下らないオレの実況風回答を聞いて、母さんはあきれ果てたらしい。すぐに居間へ戻っていったのが、扉越しの足音で分かった。下品な会話になってしまったが、ひとまずは成功である。


「はぁ~~っ。寿命が縮んだぞ……」


 間一髪。首の皮一枚。

 扉を開けたらそこには少女とオレ。完全にわいせつ現行犯な状況だ。

 どうにかやり過ごせて、本当に良かった。


「うぅ……っ!」


 そんな安堵も束の間。

 オレの目の前で、便座に腰掛けた姫がうめいている……外の世界へと解き放たれようとする、屈強なるブラウン軍団による行進を受けて。

 どうやら遂に最後のバリケードが突破されるようだ。


「音、ぜっ……たいに聞かないでよっ!?」

「だっ、だからンな趣味ねぇって!」


 姫を背に固く目をつむり、両耳を押し潰す勢いでべったりプレス。排泄音が絶対に鼓膜へ辿り着かないよう、全力阻止の体勢だ。

 直後、は始まった。


「……――ッ!…………ぅ………――――――ッ!」


 ああ、やっぱりダメだ。指の間から音が入り込んでくる。姫の息む声や放水&投下音。一人の少女の恥ずかしい音が、オレの真後ろで奏でられている。

 あー、聞こえない聞こえない!

 オレには何も聞こえていません!本当です!

 あ、トイレの芳香剤に混じって異臭が……あーダメダメ!呼吸も止めろ!

 心頭滅却しんとうめっきゃく。無心になれ、オレ!


 ザバーーーッ。ゴボゴボゴボッ。


「はーっ、スッキリ♪」


 部屋に戻ってきた姫は、爽やかな笑顔でベッドへダイブ。出す物出して気分が良いのかもしれないが、洗っていない手であちこち触らないでくれ。汚いから。


「あ。ところでお兄さん。さっきの、どうだった?」

「どっ、どうもクソもあるかよ。いや、糞はあったけど」


 こちとら頭の中がぐっちゃぐちゃだ。バレるかもしれない恐怖やら、少女の排泄音を至近距離で聞いた羞恥心しゅうちしんやら、その他諸々もろもろ怒濤どとうの感情の濁流だくりゅうでまだ心臓が落ち着いていない。

 こんな『大惨事』としか表現出来ないビッグトラブル、一般的な人生じゃあ早々ないだろう。


「目の前で女の子がおトイレしていたんだよ~?興奮したでしょ?あ、もしかしてった?」


 あー……やっぱりそういう話か。

 はいはい、どうせ煽りになるだろうと思っていましたよ。


「だ・か・らっ!オレに、そんな趣味、ねーってのっ!」

「うわ~、必死過ぎじゃない~?げっ、もしかしてガチなヤツ?」

「ちっ、ちちちち違う、絶対違う!」


 結局、その日はずっとロリコンスカトロマニア扱いを受け続けた。

 姫だって漏らしかけたくせに。好き勝手いじり倒しやがって、畜生。

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