後を追いかけてみた。
ある日の午後。
予定されていた講義が講師の都合で休講になったので、オレは早めに帰宅していた。
地元の駅に到着するが、周囲に人影はほとんどなし。元から
「あっちいなぁ……」
日が高いので直射日光がキツい。インドア派で色白なオレだと、あっという間にコンガリきつね色に焼き上がってしまいそうだ。全然おいしそうじゃない。
だが、そんな暑さの中でも元気さを失わないのが子供達だ。時刻からして、早めに授業が終わる低学年だろう小学生が、
「あ、そういえば……」
子供といえば、最近うちに(勝手に)出入りしているあいつ――姫はどうしているのだろうか。三年生だと低学年扱いで早めの下校中か。しかし近頃は学習量が増えて授業が多いらしいし、まだ学校で絶賛授業中だろうか。
まぁどうせ今日は家に侵入出来ないはずだ。何故なら母さんはお出かけ中、誰も家にいないのだから。もちろんオレは鍵を閉めてガッツリ居留守を使うので、姫が我が家に侵入する隙など一切ない。今日の
……そもそもの話、日中玄関の鍵を開けっ放しにしている、母さんのずぼらさから改善すべきな気がする。本当にそろそろ気を付けてほしい、防犯のためにもオレのためにも。
結局のところ、オレの読みは外れた。
しかしそれは姫が既にオレの部屋に入ってしまった、という残念な形での結末ではない。
むしろその逆……否、オレの家へ向かう過程にあると言うべきだな。
オレの前にはショッキングピンクのランドセルを背負った、ふんわりボブカットヘアーの女子。その特徴的な後ろ姿からして間違いなく姫本人だ。
現在、オレは姫に気付かれずにその後ろを歩いている。別に意図してやった訳ではない。本当に偶然。帰り道の途中で、前方の曲がり角からひょっこり出てきたのだ。
これは千載一遇のチャンス。このまま気付かれずについていけば、彼女のオレに見せない意外な一面――すなわちこの舐められっぱなしな状況を打破する鍵になる、『弱み』が見られるかもしれない。
例えば保護者がどんな人なのか。これは大事な情報だろう。『親の顔が見てみたい』なんて言葉をよく聞くがまさにその通りで、あのとんでもない子供がどうして出来上がったのか保護者を見れば分かるかもしれない。もっとも、下校中に運良く保護者と遭遇、なんて状況は
試してみるだけの価値はあるのだ。
幸い本日我が家はがっちり施錠されているので、彼女は自分の家に帰るしか
しかしまぁ、尾行しているオレが言うのもどうかと思うのだが、こんな幼い女の子を一人で下校させて大丈夫なのだろうか。いくら日中とはいえ、近所の人の目は少ない。これでは不審者がいても誰も気付かない状態だ。
姫の方にも問題がある。近所に住む友達……一緒の方角に帰る子はいなかったのだろうか。オレの部屋では薄着という面でよく無防備になっているが、外でも無防備というか防犯に無頓着なのは危険過ぎる。学校には集団下校を徹底してほしいものだ。
案の定、姫はオレの家に立ち寄った。周囲をキョロキョロ警戒しながら、そっと玄関の扉を開けようとしているが、残念ながら施錠済みで開かない。歯を食いしばり必死な顔で何度もトライしているが、無駄だからやめておけ。あと扉が壊れるから、力尽くで開けようとするのは勘弁してくれ。空き巣と間違われて面倒な事態になりかねない。
それでも鍵の力に勝てる訳がなく、扉が開く気配はさっぱりなかった。
しばらくやってもビクともしないので、彼女は悔しそうにオレの家から去っていく。しょんぼり残念そうな後ろ姿で、歩き方からして心の声がダダ漏れだ。オレにしてきた仕打ちやエロ本大好きに目を瞑れば、自分の心に素直なごく普通の女の子に見えるだろう。裏の顔を知ったオレにはさっぱり無理ですが。
それからしばらく歩いていくと、景色が段々見慣れないものに変わっていく。オレの家から歩いてもそれなりに近所の場所なのだが、幼少期から今までほとんど関わりのない地区だ。なのでこの辺りの地理には詳しくない。さすがに迷子にはならないと思うが、目に新鮮な景色ばかりで少々不安だ。
周囲に立っているのは古びた雑居ビル。看板には店主の名字や
そんな街並みの中を、姫はまだずんずんと進んでいく。
暗く入り組んだ道を歩いていくと、建っているビルは更に古い物になっていき、看板の店名はより怪しげでいかがわしくなっていく。色も絵も、性産業っぽい雰囲気だ。
本当にこの辺が彼女の住む場所なのか?いや、確かにいかがわしい店の近くで育ったら、マセたヤツになりそうだけれどさ。……いや、それは偏見か。
その時、ふっ……と。
姫の姿が曲がり角で消えた。向こうの道へ入ったのかと思いそちらを見ると、塀越しにあるのは古めのラブホテルらしき建物。
オイオイ、まさかここに住んでいる……なんてことはないよな?
半信半疑でオレは歩みを進める。
あり得ない話ではないが……それでも子供が暮らす場所とは思えない。
果たして答えは――
「なぁにしてるの、お兄さぁん?」
「ぬぉうっ!?」
――曲がり角の先には、
どうやらオレの尾行に気付いていたようだ。
「あたしのこと、ストーキングしていたんでしょ?」
「……そ、そんなこと……ない……ことも、ないような……気が……」
しどろもどろ。どうにか弁解をしようとするが、陰キャな上に臨機応変さに欠けるオレでは怪しさ満天な言い訳にしかならない。
半分ストーカー行為をしていたのは事実なのも、弁解の余地のなさに拍車を掛けている。
「別にいいけどぉ。その代わりに、今日はいっぱいお兄さんの家で遊ばせてもらうんだから」
「…………はい」
当然、断れない訳で。
結局オレの安寧は奪われてしまうのだった。
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