甘い物大好き。


「……ああ、くそ」


 もう視聴する意欲が削がれたので、パソコンをシャットダウン。エロアニメはまた後日にする。

 一方の姫はベッドで大の字に寝転がっている。先程スリル満点の経験をしたばかりだというのに……やはり身も心も無防備ノーガード過ぎる。


「そういえばお兄さんってさぁ、一人の時はちゃんとしゃべれるんだね」

「は、はぁ? どっ、どういうことだよ?」

「ほらぁ、そーゆーところ。あたしといると、いつも声がつっかかってるんだもん」


 姫が指摘しているのは吃音きつおん――いわゆる『どもり』に関してだろう。それについては自分でも嫌というほど理解している。

 オレは幼少期からどもってしまいがちだったが、いじめられて一気に悪化。親しい人(現状親族くらいしかいない)以外と会話すると、緊張も相まってどもってしまい、うまく話せなくなった。他人という存在そのものが怖い、人間不信が原因なのだと思う。多分。

 だが、その事実を姫に言いたくない。絶対にそれをネタにいじってくるのが目に見えている。


「そ、そりゃあ、じょっ……女子と一緒にいるからっ、き……緊張するからだよ」


 なので、それっぽい理由を付けておいた。安直過ぎる気もしたが、これくらいなら不自然じゃないだろう。


「うわ、そんなのだから童貞なんだよ?やーい、新品ち○ちんー。使い道のないザコち○ぽー」

「う、うっさいわ!」


 なんか酷い煽られ方されてるんだけど。

 小学生(主に男子)といえば、『う○こ』と『ち○こ』で一日中爆笑出来る年頃だが、彼女が言うと完全に卑猥ひわいそのもので困るな。ドMなロリコン紳士の方々にはたまらないシチュエーションかもしれないが、オレにはいまいち刺さらないぞ。


「ねぇゼロ円ち○ぽー、おやつ持ってきてー」


 そしてついでのように注文してきやがった。

 ゼロ円だけにタダメシ喰らいってか?コノヤロー、はっ倒してやろうか。


「もっ、持ってきてもいいけど、その呼び方は……や、やめろよな?」

「しょーがないなぁ……ま、いいよ。それじゃあお願いね、かっこいいデカち○お兄さん❤」


 ダメだこいつ。そういう意味じゃねーよ。

 あとオレのはそんなにデカくないと思う。




「……こ、これでいいか?」

「えー、牛乳? ジュースはないの?」

「わっ……悪いけどないんだ。我慢してくれ」

「ふーん。別にいいけど」


 お盆に乗せて持ってきたクッキーと牛乳、それとオレ用にコーヒーを一杯。姫はなんだかんだと文句を言いつつも、全クッキーを躊躇なくぶん取っていく。オレの分もあったのですが、問答無用ですか。欲張りめ。


「ん~~! このクッキー、おいしい~♪」


 それ、市販のごく普通のクッキーですけどね。

 あと、ボロボロ欠片を落とさないでくれよ。腹ぺこな虫達がわらわら寄ってくるぞ。片付けが大変になるから、せめて汚さずに食べてもらいたい。特に牛乳をこぼすのだけは絶対にノーだぞ。夏場だから生物兵器並の臭いになるから。一撃で昏倒こんとうするレベルだぞ。


「……はぁ」


 溜息をついて、オレはアイスコーヒーを一口啜る。心地よいのどごしと苦みが、オレの疲労した脳を癒やしてくれた。

 姫はマセているとんでもないクソガキだが、小学生らしく安物クッキーと牛乳で喜んでいる。男をATM扱いする女が多い昨今、素朴な姿にはほっこり出来る――――訳ないだろバカかオレは。こういう大人ぶっている女子は、大抵悪女に成長するんだ。実際、オレをいじめていた同じタイプの女子は、軒並み偏差値の低い高校で不良になったらしいし。どうせ姫もそのうち、オレみたいな人畜無害系陰キャをいじめるギャル系クソ女になるんだろうな、反吐へどが出る。


「ねー、お兄さん」


 ずいっと、姫がまん丸な瞳で覗き込んできた。

 前屈みな姿勢のせいでトップスの布が大きく開き、鎖骨さこつから薄い胸の小さなさくらんぼまで丸見えになっている。

 未発達な果実つるぺた

 見てはいけないもの過ぎる。


「なっ、なな……何だい?」


 視線をあさっての方向に逸らす。でも視線は自然と吸い寄せられて、禁断の柔肌やわはだへと向いていってしまう。まぁ、話し相手を見るって意味では間違いではないんだけどさ、人間としてアウトですよ。確実に。

 とまぁ、そんなオレのしょうもない葛藤なんて知るよしもなく、姫は鼻息が当たるくらいに近寄ってきた。


「これ、飲んでもいい?」

「こ、これって……コーヒーのことか?」

「そうそう。あたし飲んだことないんだよねー」


 どうやら彼女はコーヒーを飲んでみたいらしい。


「べっ、別にいいけどオ、オレ……もう口つけちゃったけど?」

「んー? 別に気にしないよ?」


 間接キスなんてお構いなしに、姫はコップを奪い取り、ぐいっとコーヒーをあおった。


「んぐぅっ!?」


 でも、すぐに飲むのをやめた……顔を真っ赤にして、涙目になりながら。

 吐き出さないよう、口内の液体を喉奥のどおくへと流し込んでいる。藻掻もがき苦しみ、必死の形相だ。

 それもそのはず。オレのコーヒーは超濃いめの無糖ブラック。どんな強烈な眠気も二秒で吹き飛ぶ逸品。未経験のお子ちゃまが飲むには苦過ぎるハードな代物だ。


「うえーっ! にっが~いっ! おえーっ!」


 やっとこさ飲み込めた姫の、全身全霊の感想である。

 普段偉そうにして人のことを煽るヤツが、こんなに無様な姿を晒すのは実にいい気味だ。気分がスカッとする。

 ……うん、性格悪いわオレ。

人格終了しているから友達も恋人もいないんだよ、バカ野郎。




 結局残りのコーヒーはオレが飲むハメになり、不本意ながらオレも間接キスだ。そんな些末事さまつごと、気にする歳でもないんだが。

 既におやつタイムは終了しているが、姫は未だに口内の苦みにさいなまれている。子供の味覚は敏感という話を聞いたことがあるが、気分ダダ下がりになるほどキツかったのか。可哀想に。


「うー……まだ口の中が苦いー……」

「の、飲みたいって言ったのはお、お前だろ」

「もう、うるさいなぁー……そうですよぉ……」


 姫はベッドに横たわったまま、ぶつくさ文句を垂れてばかり。コーヒーで興が削がれたせいで、いつもの暇潰しであるオレの私物漁りをする気配はない。願わくば、今日はこのまま静かにしていてくれ。

 そう思った矢先。

 ――きゅるるるるるるるるぅぅっ。


「……ヴっ」


 お腹からの緊急警報エマージェンシーと同時に、姫の顔が急に青ざめた。


「……お、お兄……さん」


 明らかに余裕がない、焦りと苦痛が入り混じった表情。そして脂汗。『切羽詰せっぱつまる』という言葉をそのまま具現化したような姿だ。

 理由はなんとなく想像がつく。オレにもそういう経験はある。

 だが、それはマズイ。


が……出そう」


 嫌な予感、見事に的中。

 腹の奥からう○こが進撃を始めているのだ。


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