エロコンテンツに誠実でいよう。
今日も姫はオレの部屋にいるのだろうか。
彼女がいるだけで、オレの心は全く安まらない。いつ母さんとはち合わせるか分からない、という恐怖がつきまとうのはもちろんのこと、彼女そのものがオレを社会的に殺す時限爆弾みたいな存在なのだから。
そんな不安を抱えたまま今日も帰宅したのだが、オレの部屋には誰もいなかった。……いや、誰もいないのが当たり前なのだが。
しんと静まりかえった部屋の中に、人影らしきものはない。
「
夏風邪というものがあるし、子供は夏場のプールかなんかでもよく病気になる。オレも当時そうだったから、姫も今頃家で療養中なのだろう。プリンか桃缶でも食べて、大人しくしていればいい。
「うーん、
ここ最近、ずっとオレの私生活を侵食していたヤツがいないと、妙な寂しさを覚える。パズルの最後の一ピースが欠けたような、どこか不足した感覚。
だが、その代わりに今日は完全に自由。気兼ねなく自分の趣味に没頭出来るのだ。
「よーし。それじゃあ、早速やるかっ!」
というわけで、オレはパソコンの電源をオン。パスワードを打ち込んで開いたのは、デスクトップに貼り付けた隠しフォルダー。そのフォルダー名は『日記』となっているが、中身は全く別のもの。
フォルダー内に入っているのは、ダウンロードしたエロアニメの数々だ。とある有名サイトにて購入したのだが、その直後に姫と出会ってしまい、そのまま放置だった作品である。
「そうだな……どれから見ようか」
レビューサイトで評価が高かった作品を中心に買ったのだが、どれもレベルが高そうで何から見ようか迷ってしまう。
ここはおねショタ系の最新同人アニメ『甘とろ❤おねリフレ』から見るべきか。それとも
「う~む、やっぱり……こっちだな」
陰キャでぼっちな
となると、選ぶべきなのは全ての原点である『くりぃむめろん』の方だ。これを履修せずして、エロアニメを語るべからず。否、語ってしまっては失礼だ。
「イヤホンつけた、音量もオッケー……準備は万端だな」
下の階には母さんがいるので、音だけは絶対に漏らせない。だがイヤホンを両耳につけてしまうと、今度は二階に上ってくる足音に気付けなくなってしまう。なので左耳だけ外してどちらも聞こえるようにする。これはエロを
「よし……じゃあ、いくか」
意を決して、再生ボタンをクリック。
流れる映像には劣化している
冒頭からしばらくはキャラクター同士の会話や心情描写に注力しており、普通のアニメとあまり変わりはない。ここからどんどん内面描写を深めていって、本番に至るまでのキャラの感情の高ぶりを構築していくかんじなのか。インスタントなエロではなく、キャラと雰囲気を大事にした、物語重視というコンセプトなのだろう。
「エロアニメ界の初期に作られただけあって、これは興味深い作りだな……」
エロ目的ではなく一人のオタクとして、画面に引き込まれる。視界いっぱいにセル画の世界観が拡がっていく。
場面はそろそろクライマックス。最も重要な濡れ場シーンへと突入しようとしている。オレの興奮も最高潮に達しようとしていた。
その瞬間。
ふぅっと。
オレの首筋に生温かい吐息がかかった。
「うわぁあああっおぉぉおおおおおおおおぉぉぉぉおおおおおおおおうっ!?」
オレの死角に、誰かがいる。
その存在を認識したオレは、
誰だ?何だ?どうしたんだ?
バクバクと激しく脈打つ心臓。荒く吐き出される呼吸。
思考も肉体も、乱れまくってパニック寸前。尻の痛みも吹き飛んでしまう。
それでもその何者かを、オレは見据えようとする。
果たして、そこにいたのは――
「うわ、ちょっと何してんの、お兄さん?」
――見知った顔の少女、姫だった。
いや、いたのかよお前。
「おまっ、お前っ!? ど、どこにいたんだよ!?」
「ベッドの下だけど?」
「かっ、かか隠れる必要なかっただろ!?」
「だってぇ、『あたしがいない』って思って、油断したお兄さんが見たかったからぁ」
あ、はい。そうですか。
つまりオレはまんまとハメられた訳だ。しかも単純明快な『かくれんぼ戦法』でやられた。
くそったれ。もっと慎重に動いていれば、気付けたかもしれなかったのに。
そう易々と安心しているようでは、この先生き残れなさそうだ。
「ちょっと、良太~? 何を騒いでるの~?」
階下から母さんの声。そして階段を上ってくる足音。大声と転がり落ちる音を、不信に思ったのだろう。
今、間違いなくピンチが訪れようとしている。
「やっべぇ、隠れろっ」
「う、うん」
こんな状況を見られては、一撃必殺で何もかもが終了だ。
その思いは姫も同じようで、ベッドの下へと緊急退避しようとする――が、すってんころりん。顔面から思いっきり転ぶ。
「――ッた~い……」
鼻の頭を押さえて姫は急いで立ち上がるが、もう間に合いそうにない。
足音はもう、すぐそこまで迫っていた。
――がちゃり。
ノックもなしに扉が開かれる。
ごくり、と文字通り
残念ながら姫は隠れられず、部屋の隅で真っ直ぐピンと立ち、景色と同化しようとしている。だが、パステルピンクのスカートという格好は周囲から浮いており、誰がどう見てもすぐ分かるレベル。母さんの視界にちょっとでも入ったら、違和感で凝視&発見で全てが台なしだ。
「もう、あなたもいい加減大人になるんだから、ちょっとは静かに――って、あら」
そして突然の襲来者である母さんの視線は――幸いにもオレの方を向いている。いや、違う。オレよりももっと上の方だ。
そこはテーブルの上。つまりは――
「あぁ、うん。邪魔しちゃったみたいかな。ははは、ごめんねー……」
――パソコンのモニターを見ているのだ。
「あっ、ちが、これは……その!」
よりにもよって母さんに、エロアニメを見ているとバレてしまった。しかも凄く気を遣っているようで、引きつった笑いで誤魔化している。
なんとかして取り繕いたいが、ただ
「……よく手は洗うのよ?」
そそくさと、母さんはそのまま階下へ去っていった。
……ああ、夕飯の時はどうしようか。恥ずかしくて気まずくて、どんな顔をしていいのやら。
「いやー、今のは危なかったねー」
「……お、おう。そうだな……」
姫が見つからなかっただけ幸運だった、とポジティブに考えよう。
そうじゃないと悲し過ぎる。
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