第二章:進展

童貞ですよ、どうせ。


 今日もまた姫がやってきた。無論、勝手にである。

 大学から帰ってきたら当たり前のように部屋にいて、ベッドの下から引っ張り出したエロ本を読み漁っていた。読んでいるのは以前の性癖ドストライクな特選作品ではなく、いまいち肌に合わなかった性癖シリーズの方だ。調教ものとか触手系ファンタジーとか、好きな人には刺さる類い。オレにとっては、買ったはいいが手放せなくなくなった本達である。こういう品は処分に困る。古本屋にも資源回収にも出しづらい。


「あ、お兄さん、おかえり~。おじゃましてま~す」

「……はぁ、おじゃまされてますよ」


 テキトーでも挨拶あいさつが出来ているだけ、まともとするべきなのだろうか。悪事ばかりし過ぎており、どこからツッコミを入れればよいのやら。もっとも、下手な文句を言ってお姫様のご機嫌を損ねる訳にもいかないのだが。


「うわ~、これは……うっわ~……」


 姫はベッドにうつぶせで寝転がっており、細い足をバタバタする度にスカートがふわふわなびいている。そんな可愛い仕草で読んでいるのはエグめのボンデージきらめくハードSMエロ漫画。実にミスマッチな絵面である。

 小学三年生にその内容が理解出来ているのかはなはだ疑問ではあるが、本人は読んではいけない禁断の書を読んでいるという背徳感を楽しんでいる様子。その気持ちは分からんでもない。オレも幼い頃は本屋の隅の、大人専用ゾーンによく入ってはガッツリ怒られたものだ。まさか今時の女子でも、同じようなワクワクを求める感性のヤツがいるとは思わなかったけど。

 だが、オレと決定的に違うのは、やらかしているリスクのデカさだ。

 オレの場合は、あくまでも本屋の店員に怒られる程度で済む案件だが、姫の場合は見知らぬ男の家に入って脅した上で読んでいる。もしオレじゃなかったら、それらの本に載っているキャラクターと同じ目に遭っていてもおかしくない。というか、むしろこんなかもねぎを背負ってきたみたいな状況こそ、まるでエロ漫画みたいに安易で王道なシーンじゃないかと思う。


「ねーねー、お兄さん? ちょっと聞いてもいい?」

「な、何だよ。字でも読めないのか?」


 当たり前だが、エロ本に振り仮名なんて振っていない。読者は良識と理解ある大人であるはずなのだから当然である。となると、小学三年生では習っていない漢字もわんさか出てくる。ノリと勢いでなんとなく読める字もあるが、状況がさっぱり理解出来ない場面もあるのだ。

 これも、オレのかつての経験から推察出来た。

 子供は善悪問わず、様々な経験を通して学んでいく。それがたとえエロ本からでも、知りたい欲求から漢字を覚えていく。案外、学校の勉強よりも効果が高かったりするんじゃないか?

 なんてどうでもいい分野に考えを巡らせていたが、彼女の疑問点はそこではなかった。


「初めてって痛いの?」

「…………は?」

 漫画の描写の方だった。

「だってぇ、お兄さんの漫画でよく出てくるんだもん。『初めてだと痛い~』って話が」

「あー……うん」


 ヤベェ。めっちゃ説明しづれぇ。

 言語的には簡単なのかもしれないが、その内容を子供に伝えるのはハードルが高過ぎる。もはや棒高跳びだ。易々やすやすと跳べないわ。散々エロ本を読まれている時点でもう遅い気もするが、自分の口で説明するとなると段違いにキツいぞ。主にメンタル面で。


「じゃあさ、お兄さんが恋人とエッチした時ってどうだった? 相手の女の人って痛がってた?」

「それは……いや、えっと……うーん」


 知らねぇよ。

 オレ童貞だから、実技的な話なんかさっぱりだよ。

 恋人どころか友人すらいない、可哀想かわいそうな人なんだよ。ほっといてくれ。


「もーしーかーしーてー……お兄さんってぇ、ド・ウ・テ・イ……なんでしょ?」

「なっ……!?」


 にんまり八重歯やえばを覗かせて、姫があおり散らしてくる。それはもう、ぶん殴りたくなるくらいイラッとするニヤニヤ笑顔で。


「あー、やっぱりだー。童貞なんだー。やーい、すっとこ童貞~。きゃははははっ!」

「う、うるせぇっ! お、おお、お前だって処女じゃねーかよっ!」

「当たり前じゃ~ん。だってあたしぃ、まだ子供だし?」

「てめっ……ずるいぞっ!?」


 こんなマセガキとエロガキを足して二でかけたようなヤツのくせして、どの口がほざくのかこいつは。自分が有利になる時だけ子供扱いを持ち出すんじゃねーよ、くそ。


「っていうかお兄さん、やっぱり意気地いくじなしだね~」

「はぁっ!?」

「だってこういう時はぁ『痛いかどうか確かめてやるよ』って言って、がばーって襲うチャンスじゃん?」

「バッ、バカじゃねーかお前。は、犯罪だよハンザイ」


 そんな理性吹き飛んだ行為をしたら、情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地なく一発でアウトだろうが。最悪レベルの悪手だよ。こちとらお前みたいな時限爆弾とはさっさと手切れして、早いところ平和に生きたいんだから。

 まぁ、童貞卒業という目標だけは達成出来るな。その代わり人生卒業だけど。


「でもぉ、この漫画だと、小学生と大人が付き合ってるよ?」


 姫が指し示す先は、ロリ系純愛ストーリーの単行本。心温まるハートフルなエロ漫画だ。エロ漫画だ。大事なことなので二回言った。で、その話はお互い愛し合っているラブラブカップルの、年の差なんて気にしない甘酸っぱい物語なのだが……。


「げ、現実ではダメなんだよ。そっそれはフィクションの中だけ――嘘っぱちなんだよ」

「ふ~ん。そっかぁ」


 どんなに愛し合っていたとしても、十三歳未満としてしまえば犯罪だ。法律で決まっている。

 いわく判断能力が未熟な子供を保護する目的だそうだが、これに関してはあんに「子供には愛だ恋だなんて分からないから大人が判断してやる」って言っているみたいで傲慢ごうまんさを感じる。別に性犯罪者ヘンタイどもを擁護する気はないけどさ。

 って、オレもこの現状を見られたら、略取りゃくしゅや監禁・軟禁をした犯人扱いされるかもしれないんだよな。他人事ひとごとじゃねーぞ、オイ。


「じゃあさー、あたしがお兄さんを襲ったらどうなるの?」

「絶対やめてくれ、頼むから」

 多分、それでもオレが捕まると思うからダメだ。

 まぁ、全力で抵抗するけどな。お前に犯されるくらいなら、一生純潔を守り通してやるわ。


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