エロ本隠しは計画的に。


「えっと、その……き、君の言う遊び相手っていうのは……?」

「だーかーらー、あたしの暇潰し相手だってば。とにかく色々なの」

「その、ね? ぐ、具体的に言ってほしいっていうか……その……」

「じゃあ、あたし漫画読みたいから~、お兄さんの持っているヤツ読ませてよね」

「……は、はぁ」


 ニヤニヤと口角を歪めて少女は笑う。

 見るからに男をあごで使うというかんじだが、その内容は年相応でちょっとほっとする。てっきり金品を貢がされたり犯罪行為をやらされたりするかと思ったが、この程度なら我慢出来る。もっとも、その内エスカレートするかもしれないから、何かしらの対策を考えないといけないが。


「ふんふ~んふふ~ん♪」


 少女はオレのベッドに躊躇ちゅうちょなく寝転び、鼻歌を奏でながら漫画を読んでいる。『複合狂気刑事サイト』という数年前に刊行された作品で、この子の世代はほぼ知らないであろうマイナー作だ。流行はやり物こそ正義な小学生が読んで面白いのだろうか、と思ったが割と夢中になっている。グロテスクな描写も多分にあるから少女受けは悪いと思ったのだが、意外に最近の子はグロ耐性があるんだな。

 最近と言えば、視界の端っこに映るランドセルだ。

 鮮やかなピンク色で、あまり目に優しくないド派手なビビッド。近頃のランドセルは色や模様のバリエーションがどんどん増えているらしいが、これはやり過ぎ感がある。よく見ると天使の羽が描かれていたりホログラムシールが貼られていたりしている。これは少女自身による魔改造デコだろうか。


「……ん、これは……」


 そんなゴテゴテに盛られたランドセルの内側、カブセと呼ばれるふたの部分に彼女の名前が書かれていた。


 三年 三組 桃城ももしろ ひめ


 姫様って呼ばせようとしていたけど、マジで本名だったのか。

 何様だよ、とか思って悪い。……いや、様付けはやっぱりおかしいだろ。


「そーいえばさー、お兄さん」


 漫画をベッドの上に放り出し、生意気少女――姫がこちらを見つめてくる。


「な、何だよ」

「お兄さんってエロ本持ってる?」


 ……突然、何を言い出しているんだこの子は。

 そりゃあ、オレもそれくらい持っていますよ。実物もデータも、どちらもバッチリだ。モテない陰キャですもの、悲しいくらいに蔵書がありますけど?

 でも、小学生に見せる気はないぞ。ましてや見知らぬ女の子に性癖を晒すなんて、まるで露出狂の類いじゃないか。絶対にしないからな。そんな変態行為。


「黙ってないで教えてよ~」

「も、もも持ってないね……そんな下らない本」


 よし、このまま誤魔化ごまかそう。幸い隠し場所は丁度ちょうど彼女の真下、ベッドと床の隙間だ。ポピュラー過ぎて逆に探されない、裏をかいた場所だ。


「あっ……。ふぅ~ん、かぁ♪」


 だが、姫は即座に自分の真下に目を付けた。

 彼女はオレの視線が泳ぎ、一瞬ベッドの下に向いたのに気付いたのだ。なんという観察眼。こうやって人の弱みを掴んでいく気なのか。恐ろしい。


「よっと」

 まるでねこのような身のこなしで飛び降り、するりとベッドの下へと潜り込んでいく。


「ちょ……やめっ……!」


 オレは咄嗟とっさに姫の左足首を掴む。

 そのまま力尽くで引っ張り出してやろうと思った。でも姫の足は幼い女子らしく華奢で、力を込めたら折れてしまいそう。下手な扱いは出来ない。


「ああ、もう! 出てこいっての!」


 オレは空いている右手で更に奥、エロ本漁りをしている姫の腰あたりまで手を伸ばし、一気に引きずり出した。

 ずる~~~~~んっ。

 まるで市場の冷凍マグロのように滑りながら、姫がベッドの下から出てきた。

 姫の背中はほんのりとスクール水着型に日焼けしており、肌はすべすべつややか。少し骨が浮き出ているように見えるが、丸みを帯びたしりからは女性らしい豊満な柔らかささを感じる。……ん、尻?


「ど、ど……どぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 目の前には、ロリの尻。

 ぷりっとしたケツ。ぷりケツ。

 姫のボトムスは下着ごと脱げており、ギリギリ足首で引っ掛かっていた。

 誰が脱がせた?もちろん、オレだ。

 必死に引っ張り出そうとして、誤って服をひんいてしまったのだ。


「……うわぁ。お兄さん、意外とダ・イ・タ~ン♪」


 体を起こした姫は、下半身丸出しのままニヤニヤ笑っている。

 姿勢はぺたん座り……俗に言うお姉さん座り。もし両手をどかしたら、完全に丸見えだ。この歳になるまで生で見る機会のなかった秘境あそこが、最悪の形で目の前に展開してしまう。


「はっ、早く履けって!」


 視界を自身の手で覆って、なんとか理性を保つ。

 相手が成長しきっていない子供というのは分かっているが、オレ自身が女性に免疫がないのも確かだ。体で最も性差が出るところをおおっぴらにされてしまったら、冷静でいられるか怪しい。


「え~? 脱がせたのはお兄さんでしょ~?」

「だっ、だから、それはじ、事故っ! 事故だからっ! そ、そんなつもりはなかったんだ! わる、悪かった……ごめんって!」


 頼むから早く履いてくれ。事故だって言い訳しているけど、こんなところ誰かに見られたら『女の子にいたずらしたこの世で最低最悪のクズ』認定は確実だ。


「ちょっと、良太~? 何を騒いでいるの~?」


 ドキン、と。今日一番の心音が鳴った気がした。

 母さんが二階の異常に気付いたらしい。ゆっくりと階段を上ってきているのが足音で分かる。


「は、入っていろ! あ、あとっ、出てくるなよ!?」

「あっ……きゃんっ!」


 オレは半裸の姫を寝転ばせて、そのままベッドの下へとスライディング・イン。続けて彼女のランドセルも隙間の奥へと、カーリングのストーンよろしく滑り込ませた。

 それとほぼ同タイミングで、扉が開けられる。


「まぁ、ひどい。こんなに散らかして……小学生の頃みたいじゃない」


 入室した母さんの第一声は、部屋の惨状に対する感想だ。本を荒らしたのは小学生なので、あながち間違っていないから怖い。ぐうたらの割に、こういう時に限って勘が鋭いのだから困る。


「あはは……。ちょっと読み返したい本があって探してたら……ね?」

「別にいいけど。だらけずちゃんと片付けておきなさいよ?」

「わ、分かっているって」


 自分のことは棚に上げて小言を言う母さん。そのやり取りに対していつも通りの調子で付き合っているが、内心ヒヤヒヤ汗ダクダクだ。ベッドの下には半裸の少女、しかもいつ出てくるか分からない時限爆弾。彼女の気まぐれで、いつ爆発してもおかしくないのだ。


「あ、そうだ。洗濯物、乾いたら取り込んで畳んでおいてね」

「了解、了解しましたっす」

「……何その口調? まぁ、いいけど。じゃ、頼んだわよ」


 ちょっと様子が変だと思ったのか首を傾げていた母さんだったが、家事を頼み終わるとさっさと部屋から出ていってくれた。


「はぁ~~~~~っ。死ぬかと思った……」


 寿命が十年と半年は縮んだと思う。それくらい心臓に負荷がかかっただろう。まだドキドキが収まらない。


「きゃははっ。お兄さんったら、ホント面白~い」


 にゅっとベッドの下から顔だけ出す姫は、一切悪びれずにケラケラ笑っている。それでも一応気を遣ってくれているのか、声のボリュームは抑えめだ。

 何だかんだと言っていたが静かにしていてくれたあたり、暇潰し相手がいなくなるのは嫌ということか。


「ところでさー、この本なんだけどぉ」

「げっ」


 安心した矢先、姫が漫画本を取り出す。

 それは隠していたエロ本の中でも、特に重宝している一冊。


「お兄さん、やっぱり小さい女の子が好きなんだ~♪」


 『コミックL・ゼロ』。

 それはロリ系の漫画が収められた雑誌だった。その界隈かいわいでは有名な、最高峰の一冊。

 最悪だ。もう、本当に最悪だ。よりにもよってそれを見つけられてしまうなんて。


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