見覚えある不審者。2
跳び上がった後、仔兎は突如パタンと倒れてしまった。 驚かせ過ぎて気絶したのではと焦るが、そうではなかったので一先ずホッとする。
(熱か……こんな小さな身体で大丈夫なんだろうか? 弱っているから獣形だったのか。 この毛の斑に染まった赤色は、もしや)
考えながらも、潰さないよう気を付けながら、毛繕いできていない汚れた背中の辺りを毛並みに沿って指先で撫でる。 平熱を知らないが、確かに体温が高い。
抱き上げた身体は存在を感じさせないほどに軽いが、確かな温もりが生命力を訴えた。
(やばい、そんな場合ではないんだが。 ……やはり可愛い)
普段どうしても草食獣や小動物、女子供には怖がられ、避けられがちな男は実のところ、可愛いものが好きだ。 物凄く似合わないが。
生きてきて、実際に触れ合うのはこれが初めてである。 今までは遠目に眺めるしかできなかった、それも嫌われ要素フルコンボの仔兎の温もりに、父性の様なものがぐんぐん育っていく。
そうして質問と確認を繰り返す度、男の中で膨らんだ可能性が確信へと変わっていった。
(お前が俺の、救い主)
面倒を見させてくれ、と言えば、軽くいいよ、と許可が下りる。
(変わった子だ)――もちろん、良い意味で。
「さて、と。 俺も大分血を失ったし、風邪ならば暖かくして、栄養をつけなければいけないな」
男は器用に、下半身と右腕だけを獣化させた。
武器は完全獣化すると扱えなくなるので、鎧と共に置いてきている。 素手で狩りをするなら獣の身体のほうが有利だ。 ところが仔兎を置いて出かけられる気が欠片もしない男としては、意識がない者を一緒に連れ歩くなら獣体は不利になる。 それ故の、折衷案として部分獣形。
誰にでもできる技ではない。
男の場合は熊種の中でも能力に秀でる、上位種と呼ばれる優れた血筋に生まれたこと、それから思い付きと遊び半分で子供の頃から練習を重ね、特に冒険者となってからは部分獣化の利便性に気付き、猛特訓を行ってきたからこそ今、何でもない事のように気軽に部分变化できている。
食べた卵果の種を木から少し離れた場所へ埋める。
これは願掛けのようなものだ。 この子が元気になって、健やかに成長しますように。 元は頂いた命に感謝し、自らの糧とした命が続きますように、という冒険者の風習だが、今はこの仔兎のために祈る。
そんなこんなで、男は眠る仔兎片手に獲物を探し歩く。
(狩りをするなら、やはり罠が効率良いか?)――近付く前に逃げられることが無い。
(だが今は、それほど時間をかけるのも、な……)
ガサッ
「ん?」
肩に傷を負い、仔兎を乗せた左手。 その男の左後方から、ゆっくり狐歩きで忍び寄る半魔獣と目が合う。
ピャッと方向転換しかけた狐の背を、素早い動きで襲い掛かった男が押さえ付けた。
「この子を狙っておいて、逃げることは許さん」
どうやら仕掛けるまでもなく、血の匂いに惹かれた獣が近付いてきたようだ。 万一、目を覚ました仔兎が惨状を目の当たりにすることがないように、お椀型にスペースをとった左手を胸に寄せて小さな空間を遮った。
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