クマさんに、出逢った。
憧れの。1
「ひゃっほ〜いっ☆ ふふっ、これ一度言ってみたかったんだよねえー」
すっかり走ることに慣れた私は気持ちよく疾走していた。 とは言え、前世の死因があれですので、もちろん周囲への警戒アンテナはビンビン! 最近は何だか色んな気配にも敏感になってきて、かなり遠くから天敵を避けられる。 日々成長が実感できていて嬉しい。
速度も急ブレーキが効く範囲に留めているけど、やっぱり走るのは好きだ。 時々張り出した木の根を飛び越えるのもハードルみたいで楽しいし、この身体は急な方向転換にも対応している。 素晴らしい!
「んー、なんかこの辺来たら、毛がしんなりするぅ」
心持ち、おヒゲも垂れている。 これはやっぱり、ずっと遠くから聞こえていたこの轟音の……
「滝だぁ!!わあ〜〜すっごい!!!!」
やっぱりそうだった! と大はしゃぎで跳び上がる。 実は昨日から地響きのような音が遠くに聞こえていて、もしかしてと期待して来たのだ。
「好きだなぁ、滝。 迫力〜っ、気持ち〜い!」
耳は辛いけど。 多分今私の顔を正面から見ると耳は存在しない。 ウサギだと分かったら凄い。
早速ここで滝見ランチと洒落込むことにしよう。
「素敵な景色を見ながらだと、より美味しいよねぇ〜♪」
ご機嫌で草をもひる。 もひもひもひ、ももももっしゃくしゃくしゃく‥もひもひ……エンドレスで続きそう。
「グルゥゥゥッ」
も‥(ん? 何か聞こえた?)‥しゃくしゃく。 動きを止めてほんの少し耳を持ち上げる。
「ググゥ……フルルッ」
「え…………」
ぎ、ぎ、ぎ、と錆びついた機械のような動きで通り過ぎてきた左背後に視線を向ける。
「ひぇ」
この、巨大な、茶黒い、小山は……!!
「くっく、ク、クマだぁ〜!」
ぴゃっと跳び上がって距離を取り、身体を反転させる。 じり……と後退ろうとするが、すぐに様子がおかしい事に気が付いた。 このクマ、横倒しになって目を閉じており、息が荒い。
「あ、あれ……?」
「グ、グルウゥ」
そろ〜り近寄ってみる。 ほんのり鉄っぽい臭いがする。
「もしかして……怪我、してるの?」
ふんすふんす嗅いでみるが、やはりクマの方から血臭が漂っている。 チラともこちらを見ない辺り、意識を失っているのかもしれない。 よく見ると、毛に黒っぽい部分と焦げ茶色の部分が混ざっており、どうやらかなりべったりと血が付いているようだ。
「どどどっ、どうしよう?!」
――逃げる? 逃げるべきだよね?? でも……
(すごく、辛そう)
檻越しじゃないクマは、かなり怖い。 しかもこのクマ、相当デカイ。 もしかするとヒグマより大きい気がする。 色合いはナマケグマみたいで可愛いんだけど。 本能が物凄く逃げたがっている。
でも、クマ、憧れの動物、なんだよなぁ。 毎年、高校生になっても誕生日プレゼントにはテディベアを強請ったくらい。 はぅ〜やっぱりかっこいいよぅ。 ここで見捨てるのは、非常に寝覚めが悪い。 逃げたらこれから毎晩夢に見てしまいそうだ。 そしてこんな理由をあれこれ見つけようとしている時点で、心は決まっているって事。
「目が覚める前に、隠れたら大丈夫かな? だよね?」
いつでも逃げられる体勢を取りながら、ちょんと触れてみる。 反応はない。
「待っててね。 怪我はまず、洗浄」
ぱたぱた水辺に駆け寄り、思い切って浅瀬に飛び込む。
「きゃー冷たいーッ! うう〜〜っ」
しっかり自分の汚れを洗い落とせるように、あと寒さが我慢できなくて、水の中で暴れまわった。 そしてびちゃびちゃ水を滴らせたまま、クマの元へ戻って、「失礼します!」と声を掛けながらそっと懐に潜り込む。
「グガゥウッ」
傷に染みたのか、クマがうめき声をあげるのが、めっちゃ怖い。 気が気じゃない。 私何やってるんだろう。 お願い起きないで。 必死に祈りながら任務を遂行する。
「ごめんなさい、我慢してぇ〜」
もぞもぞ全身をこすり付けながら、今こそ活躍するべし! と自身の毛を真っ赤に染めて固まりつつある血を拭い、傷口を探していく。 何往復も、何往復も。 小さな全身をフル活用する。 その結果、本来の毛の色がはっきりする頃には粗方の傷を探し当てることができた。
「内傷まではさすがに分からないけど、肩に大きなかぎ裂き傷が……小さな傷は足や顔にも……ゔぅ痛そう、絶対痛い」
傷がある部分は特に優しく、念入りに。
「他には…………あっ、薬草!」
そうだあれがあった、と思い出した私は大急ぎで探し回った。 これを最初に思い出さないなんて、かなり気が動転している。 わかってたけど。
私が薬草と呼んでいる例の草は数は多くないけれど、生えているところにはまとまって何株も生えているので有り難い。 食べたら痛み止めになる葉は、直接傷口に貼っても効果があるし治りも良くなると、あれからまたできた自身の怪我で実証していた。 まさか、ここで役に立つとは。
「これが怪我の功名かぁ」
いや、下らないことを言っている場合ではない。 リスのようには伸びないけれど、頬袋パンパンに葉を詰め込んでまだ意識を失ったままのクマの元へ。 ぺたぺた一心不乱に、吐き出した薬草を貼り伸ばしていく。
「こんなに大きい傷、本来はちゃんと縫うとか、そうじゃなくても包帯巻くとかして抑えてあげたほうがいいんだろうなぁ……」
ウサギのこの身にできるのは、こんな事だけ。 それでも、少しは痛みが和らいだのか鼻と眉間のシワが浅くなったのを見られて嬉しい。
「そういえば、いつからこうしてるんだろう? 食べ物……は、無理だけど、飲み物! 水分補給はしないとだ」
――うん、クマはしっかり眠っている。
横目に確認しつつ、ジャブジャブ血塗れの身体を洗濯する。 もう冷たさに麻痺してきて最初ほど暴れたくはならない。 というか悴んで動かないだけかも。 鼻垂れる。 本来、ウサギは水に濡れちゃいけないんだからね!
「ふぅ‥っあ、くしゅん!」
ずびっずるっ。
「ふぇえっくしゅ!! っくしょんっ! ぷしっ」
よたよたクマの様子を見ながら近寄り、首を捻る。
「うーん、栄養のことは後で考えるとして、とりあえず水だけでも」
反応を見ながら頭に登った。 思わず「やだなぁ」と呟きながら閉じている唇の端を捲り、剥き出しにした歯列に身体を押し付けて、毛にたっぷり含んだ水分を絞る。 すると無意識なのだろうが、べロンと舌が伸びてきてお尻を舐められて「ひゃあっっ!」と竦み上がった。
「うお、美味しくないです。 喰い出もないですからぁ、ひぅっ、食べないでぇ〜」
そのまま全身をべろんべろん舐め取られて、ぴぇーと訳わからん悲鳴と涙が漏れた。
「起きてない……? 良かった、生きてる私」
心臓めっちゃ早い。 チワワとかの小型犬が散歩してる時の足音みたいになってる。 やばい。 取り敢えず距離取ろう。 そうしよう。
「寒いし疲れたぁ。 今日はもう無理! 寝よう!」
クマが横たわる木をぐるりと回り込んで、死角になる側の根本にせっせと小さな穴を掘る。 くまさんのヨダレまみれ〜なんて考えてはいけない。 今日はもう濡れたくないから。 無心で毛繕いしてから蹲った。
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