覚えがない。1

 ねむい……けどそろそろ起きなきゃ。

 ふわぁ〜っと大きなあくびを一つこぼして、もぞもぞ動くと何かがパラパラと降ってきた。

「んあ〜、あれぇー暗い……?」

 幽かに光が射す方へ突き進むと柔らかな何かにぶつかるけど、それに構わずグイグイ押して出た。


 ポコっと空間が広がり、新鮮な空気と朝陽に包まれる。 すぅと緑の香りを胸一杯に吸い込めば、先程まで充満していたのが土の匂いだと思い出す。 ぷるるっと身震いし、しゃがんで長い耳に手を伸ばす。 ーー毛繕い大事……あれ、耳?


「耳、長い……。 えっ? 長!! てゆーかもふ! ふぇっ?!」


 ――そうだよね、耳は長いよね。 いや、あれ、おかしい??


 何だか記憶が混乱していた。 いつも親が掘った穴の中で微睡んでいた仔ウサギとしてのとぎれとぎれの記憶と、先程まで観ていたと思われる迫真な夢の中の記憶が混ざり合って、よく分からなくなる。


 何となく、あれが前世での自分の最期なんだと思う。


 あの時、ギュッと目を瞑って、スマホの砕ける音が耳に響いて、それからのことは覚えていない。 死ぬまで相当痛くて怖い思いをしただろうから、記憶にロックが掛かっているのかも。 それとも当たりどころが悪くて‥ううん、この場合良くて? 何を感じる間もなく即死だったとか?


 ――寝坊が理由で階段で転んで死ぬなんて……! なんて最悪なのぉ!! お父さんやお姉ちゃんに申し訳ない。 しかも高校卒業の日って、友達や先生もびっくりしたよね。 はぁあ〜〜…………自業自得すぎて、悔しくて涙が出た。 歩きスマホ、ダメ、ゼッタイ。 よそ見走行禁止!

 心の中で茶化してみても、涙は止まらない。 お母さんの分まで長生きできなかった、親不孝な娘でごめんなさい。 ずびっと鼻を啜りながら、疲れて自然と気持ちが落ち着くのを待ちながら状況を整理しようと試みる。


 しかし私……

「何でウサギ?」

 ――しかも喋れてるんだよねぇ。

 そして朧気な今生の母、うさ耳だけど二足歩行の人型だったような……??


「友達とかに、ウサギに似てるってよく言われたなぁ。 ほんとになっちゃうなんて、何か変な気分」

 そして人間、一人で居ると独り言が増えていく。

「お母さんとか兄弟とか、居たはずなのになぁ。 なんで私、独り?」


 きょろきょろ辺りを見渡してみても、家族どころか今のところ、他の生き物の気配もない。

 何かがあったんだった気がする。 けど、夢のインパクトが強くて思い出せない。 もしかしたらこっちでも、記憶を失くすようなショックな出来事が? と思わなくもないけど、今はあれやこれで心が麻痺していて、然程気になってはいない自分に気付く。 日本人だった前世の記憶に引き摺られて、今生の多分一〜二ヶ月しかない人(?)生への執着が薄れていた。

「私って、親不孝の星の下に生まれたのかな」


 取り敢えず、お腹が空いたしこのままでは飢え死にしてしまうよね。 家族が戻ってくるか分からないし……

「そうだ、旅に出よう」

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