第12話 エクソシスト 前編
十二 エクソシスト 前編
群青に染まった空を朱に塗り替えて、朝日は規定速度の下に姿を現した。
早過ぎず遅すぎず、人類が出現する以前から守られて来た夜明けの時刻は、戦いを前にした兵士達には随分早くに感じられた。最後の仕上げと、戦いの準備に明け暮れる者たちが駆け回る。夜を徹しての作業も死の恐怖に比べればどうということは無い。
「殊勝なことだな。おかげでコッチはぐっすり眠れた」
「なに、元はたっぷり取らせてやるさ」
右に左に駆けずり回る兵士達を流し見つつ、二人の士官が薄い紅茶をすする。片方は、背中まで届く金髪に左顔に眼帯を付ける。もう片方はくたびれた士官服。騎士鉄十字章が左胸に輝いていた。
「髪……整えたんだな」
くたびれた士官が言う。頷いた金髪に隻眼の士官、ヴァローナ・フォン・オルレンドルフは少し切って小奇麗にした髪をかき上げた。
「貴様こそ、男前になったじゃないか」
くたびれた士官オットー・ブロウベルは、つるつるにになった頬を手で撫でる。笑みのないぶっきらぼうな顔で。
「今日は、大事な日だからな……」
一息ついたオットーが、恨めしそうに上る太陽を見つめた。太陽は空の群青を鮮やかな青色に変え、数条の光芒が空を切り開く。普遍的な美しき光景。だが光が広がれば広がるほど、彼の眉間には深い皴が刻まれた。
「……太陽が、こんなに恨めしいと思ったことは無い」
「だが、もう進むと決めたんだろう?」
そう言って陽光を正面から受け止めるヴァローナに、オットーは眼だけで頷き返す。ヴァローナは紅茶を飲み干し、カップを近くのテーブルに置いた。
「行こう……光の下で生きられぬ私たちが、まだ死ぬことを許されないのなら、それには何か、意味がある筈だ」
頷き合って二人は、兵士達が集う広場へと徐に向かった。演説台の後ろに控えるベルヒリンゲン達が、ブリキの車体に朝日の魔力をため込んでいた。
「……以上で訓示を終わる。祖国、いや、我々の興廃この一戦にあり。各員一層の健闘を期待する」
大尉は演説を終えると、固く結んだ口を少しだけ緩めていった。
「まあ、今日は私の話などどうでも良いと思っているだろう? 諸君待望の人物の御登場だ。先日一番の武功を立て、今日の作戦立案者、ヴァローナ騎兵少尉だ。どうぞ」
「頑張って……」
ハンナにそっと背中を押され、ヴァローナは毅然として歩みを始めた。背筋を張り、緊張した足取りで荒野を踏みしめる。変なところは無いか、何度も自問自答しながら頭の中で自分の姿を確認する。帽子、靴、爪、時計は大丈夫。勲章はない。髪は整えてある。確認しきった時は、丁度壇上に上がり切った頃合いだった。
「……!」
集まれるだけの兵士、その数五百名。顔を出せぬ者を合わせて千百名の視線が、壇上の彼女を捉えた。思わず、息を呑む。これから死にゆく彼ら、自分が死地に行かせる彼らの、それでも戦おうという思いは朝日に似て、その輝きでもって彼女を圧倒する。
振り返りたい、弱気がヴァローナの胸にこみあげる。しかしその思いは眼下の兵士達とは別方向からの圧によって衰退する。見なくとも感じる、オットー達から発される無言の圧だ。
分かっている、ここで振り返っては水の泡だと。ヴァローナは言い聞かせる。しくじればふんぞり返っているだけの、軟な学生に逆戻りだ。進みたい、そのために、彼女は――
「神の御手は赤旗に変わる」
最初の一歩を踏み出した。
「この一言ののち、ゾルケンのテクノクラート共は我らが神聖なる王家の土地を汚し、その繁栄に終止符を打とうとした。それから一年。諸君らの目に映ったのは神や陛下が、不躾な共産主義者共にひざを折る姿だっただろうか? 違う筈だ」
「そうだ!」
脇から声が上がり、聴衆の視線が一瞬檀の横にいたヴェンツェルの方へ吸い込まれた。咳払いし、続きを述べるヴァローナ。
「……そう。拙い戦術、人員の無駄遣いでこの泥の海を死体で埋め尽くしたのは連中、ゾルケンの無能共の方だ。そして我らは寡兵ながら、精鋭となって狩場を果敢に駆け回っている。これこそ一騎当千の我らの実力と、祝福を受けし陛下の正当性を示すものである!」
にわかにどよめき出す聴衆。静寂を待ってヴァローナが続ける。
「先の大戦で敗北した我らは、不幸にもいくつもの国へと細断された。しかし、安易な革命や戦勝国への迎合を良しとせず、陛下と自分達の力を信じて懸命に働いてきた諸君らによって、祖国は見事復活を遂げたのだ。神の祝福、陛下の治世、そして諸君らの血によって築かれた楽園を、兵士一人まともに使えぬゾルケンなどに、みすみすくれてやるのか?! どうだ!」
「「「否( ナイン)!」」」
示し合わせたような拒絶の合唱が朝の空気を震わせた。サーベルを抜き、両手を広げたヴァローナは天を仰ぐ。
「神の右はメシアのもの! 神の左は精霊のもの! で、あるならば、神の膝元であるこの母なる大地は、我らが王家と、臣民たる我々にこそふさわしい! 神を裏切った連中はこの聖なる土地に入るのを許されぬ。引き裂かれ、焼き尽くされながら、暗き死の谷へと引き返すのが奴らの運命だ! 諸君!」
顔を下ろしたヴァローナは、眼下の聴衆を鋭い視線で見下ろした。
「神と、陛下の祝福を受けし千百名の精鋭たちよ! 一人一人が神罰の落雷となり、物を知らぬ連中にこの世の道理を教えてやれ! ハイルマインケーニグ(国王陛下万歳)!」
「「「ハ、ハイル!」」」
「声が小さい! それでも我が陸軍の精鋭か!」
ヴァローナの一喝は、兵士達を演説の聴衆から獰猛な狩人に変えた。
「「「ハイルハイルハイル!」」」
ここぞと、ヴァローナがサーベルを突き上げる。
「いくぞぉ! 総員配置につけぇ!」
戦意充分と飛び出した聴衆は、蜘蛛の子を散らしたように持ち場へと向かっていく。後に残った大尉や副官、オットー達四人と、拍手を送るスカラベ小隊の面々が壇上のヴァローナの下に歩み寄る。肩を落としたヴァローナが、力なく笑って言った。
「……少々、大仰に過ぎたかな」
「いや……まあ、生き残るため頑張ろうって質でもないだろ、お前」
オットーのねぎらいらしい何かに笑い声が漏れた。大尉も大げさに頷いて言う。
「良くまとまっていた、良い演説だと思うぞ。陣地の整理やら戦車の改造で徹夜したのも帳消しになるくらいにな」
「……悪かったよ」
「なに、要塞司令の宿命だ」
からからと笑う大尉は、次の瞬間には真顔に戻っていた。
「正直、前の作戦が決まった時にはな……認めたくないが、これで逃げられると安心する自分が心の何処かに居た……名誉挽回の機会をくれて、少尉には感謝している」
「大尉……」
「准尉も……悪かったな。危うく私の弱さの犠牲にするところだった」
「逃げられるのには慣れています」
感慨も無くオットーが言うと、あからさまに顔をしかめる大尉。
「口が減らんなこの平民は……まあいい。持ち場に戻るよ。武運を祈るぞ諸君」
大尉達の背中を見送ったヴァローナは小隊員の方へ振り返った。夢も見ず、死の恐怖など知りもしない殺戮機械の集団がそこにはある。飾りの言葉など彼等には必要ない、ただの一言で充分だ。
「全員乗車」
しなやかに、ヴァローナの落ち着き払った声がマシーン達に息吹を吹き込む。無駄のない冷徹な動きでもってして持ち場につく隊員にヴァローナ達も続いた。ヴェンツェルのイグニッションキーが、純然たる機械の怪物アントンを目覚めさせる。
「……今日はいい声で歌うじゃないか」
「気のせいさ。 でかすぎる舞台でセンチなってるんじゃないか」
そう言って笑い合うヴェンツェルとゲオルク。傍で笑っていたオットーは、異変に気が付いてハンナに呼びかけた。
「無線手。各小隊、車長とのチャンネルを少尉に接続しろ。俺の方は又聞きで良い」
「あ、了解」
ヴァローナのヘッドホンから一瞬、無線がつながった事を示す空電が流れる。あれだけ欲した力への第一歩にも、彼女は笑み一つ浮かべずにいた。大きく息を吸い、一声。
「各車、前進。第二分隊は大尉の陣地に迎え」
小隊機は整然とした動きで縦隊を取る。道すがら、リボルの榴弾砲装備のベルヒリンゲンが別の道を行き始め、小隊は二つに分かれる。だがヴァローナには、右翼を支える三百名の兵士達を指揮するという、身に余る役目が与えられていた。
(過ぎた役ばかりか……)
心の中で呟いて、ヴァローナは目を閉じた。アントンの下腹に響く鼓動が今は頼もしく感じられる。馴染んできた、この環境に。ならば三十や三百がどれだけの違いか。目を閉ざしたまま笑みを浮かべる。
地を焼く太陽の光も、もう怖くはない。
土を鳴らしただけの道路に深い轍を刻みながら、戦車は新調した砲身を誇示する。すれ違う兵士達の、信頼と興奮の混じった視線を浴びながら第一分隊は進む。
(昨日地獄を見たのに、生き生きとした目だ)
顔には出さないが、ヴァローナも彼等から安心感を貰っていた。大丈夫、まだ戦える、自分が与えるべき活力を部下から与えられ、自信の高まりは境地に達する。
――異常に気付いたのは、その直後であった。
〈……ん……勝……〉
陣地のはるか遠く、梱包爆薬の平原を超えた荒野の向こう。こちらを包囲する敵側の陣から集団の声が、草花を揺らすさざめきとなって漂ってきた。
「……准尉、ちょっと来てもらえるか」
「了解」
〈は……らん……〉
オットーが姿を現してからも声はさらに音量を増した。一定の速度と、全員が抑揚を合わせて発される声。アントンが射撃位置に着く頃には、声の正体は誰の耳にも明らかとなった。
〈しじまを突く雄叫び、闇を切りひらき〉
「歌だと?」
薄茶色の軍服の波、戦列を成したゾルケン歩兵達の歌は、ヴァローナにとって不可解以外の何物でもなかった。
〈起つ同志の腕に、剣は光る〉
四kmに及ぶであろう戦列が、銃を腰だめに構えて前進してくる。その後ろを行く戦車や装甲車の姿なければ、数世紀はタイムスリップした錯覚に陥りそうな時代錯誤の光景を、ヴァローナは勿論、オットーでさえ物珍しそうな顔で言った。
「多分……士気を維持するための苦肉の策ってとこじゃないか?」
「あれで維持できるか? 私なら死んでも御免だが……」
「俺もだ……突撃前の準備砲撃も出来ずこの始末、連中も余力はないってことか」
〈海を越え鎖断ちて、我らを放つ〉
「准尉、砲撃準備だ」
「よし来た」
車内に戻って照準鏡に目を当てるオットー。戦列の中央に撃ち込もうと、アントンが左に旋回を始めた。故意か過失か、戦列の鈍い足取りは遅々として進まない。
〈真の志士の旗は、赤き血に燃ゆる〉
「合図で射撃。先ずは牽制だ」
動きを止め、息を潜めるアントン。ヴァローナも静かに動向を見守った。
〈春は来たらん、万人の春〉
「まだだ」
〈赤旗掲げん、勝利の旗〉
近付く敵軍。陣地全体に緊張が走る。
〈春は来たらん、万人の春〉
「もう少し」
〈赤旗掲げん、地の果てへも〉
「撃てぇ!」
衝撃。浮き上がったアントンの脚が宙をかき、大地にがっしりと爪を立てた。
にわかに爆炎が戦列中央に咲き、敵歩兵達は遠くからでも分かるくらいの狼狽えだした。キューポラを飛び出し、アントンの上に立ったヴァローナは、サーベルを抜きはらって言った。
「さあ、貴様らの仇はここに居るぞ! 悔しかったら槍なり旗なり突き立ててみせろ!」
神妙になっていた陣地が一気に沸き立つ。敵は、下がることも出来ない。
「来るぞぉ、総員指示有るまで待機!」
足元の友軍を薙ぎ払い、今度は敵戦車が波をとなって押し寄せた。ヴァローナのいる陣地まで、距離にして四・五kmを轍で埋め尽くし、陣地に差し掛かる。まさにその時――
『発破!』
無線から大尉の号令がするとともに、敵の姿は土壁の中に掻き消えた。脚、砲塔、銃、人間の足、精強ぶりを見せたゾルケンの鉄騎兵達は、その自慢の体躯を空高く霧散させた。時を置かずして、土壁を破り敵の第二波が迫ると、すぐさま陣地から発砲炎が煌めいた。地雷と砲撃の山に、戦友の屍を盾にしながらゾルケン軍がどうどうと押し寄せ、対する要塞守備隊は二百三mm要塞砲の支援を受けて、近づく敵を次々に塵芥に変える。どちらも一歩も譲らぬ正面からの攻防は拮抗を続けた。ただ一箇所、ヴァローナの指揮する右翼を除いて――
「斥候より連絡。敵部隊、陣地まで食い込みました!」
ハンナより報告を受けるまでもなく、その様はヴァローナの目にもすぐ明らかとなる。総勢五十輌の行進間射撃によって、敵戦車は乱暴に戦線をこじ開けた。陣地を轍で埋め尽くさんと前進を続ける戦車の後ろから、後続のゾルケン兵も続々と押し寄せつつある。労せず右翼陣地中央まで踏み込んだ敵は、守備隊兵士達に榴弾と機関銃を浴びせ始めた。
「砲撃開始!」
ヴァローナが命じる。第一分隊の三輌が一斉に火を噴き、三輌のヴェストールが同時に破裂した。続けと掩蔽壕から戦車猟兵が対戦車砲を押しながら姿を現し、敵の薄い下面側面背面を続けざまに撃つ、撃つ、撃つ!
「先頭車を仕留めろ、指揮官をやられればあとは烏合の衆だ!」
ヴァローナが指示した通り、戦車猟兵は敵指揮官機を優先的に狙い撃つ。唯一の無線機持ちをやられた敵の戦車小隊は、果たしてその予言通り右往左往する木偶の坊と化した。ハッチを開けて僚機とコンタクトを試みる者、手旗信号を上げてみる者。
「突っ立ってちゃ駄目さ」
そして動きを止めた間抜けを狙い撃つオットー。狙撃、少しずらして、狙撃。立ち尽くす戦車など、エースの前には射的の的に等しい。パッパッパッと、立て続けに火の手が上がり、さっきまで意気揚々と突撃していた敵は燃え盛る松明に変わった。
「今日は良く当たりますね」
砲弾を抱えたゲオルクが言った。
「ああ、他に考える事が少ないからか?」
「恐らく。隠居も悪い事ばかりじゃない、ってことですか」
「……まだ現役だ」
顔をしかめたオットーが一撃、弾薬に引火した敵戦車は爆炎を上げて自身を焼き焦がす。噴き上げた黒煙が辺りを包む。次の標的とオットーがヴェンツェルの肩を蹴ったその時――
黒煙の中から、三輌のヴェストールが肉薄してきた!
「対戦車班、かかれ!」
ヴァローナの号令に続き、ヴェストールの足元で続けざまに爆発が起こる。即席爆弾に足をやられ、焦ったヴェストールはアントンに照準を合わせた。直後、二mの棒に成形炸薬を取り付けた簡単な兵器、刺突爆雷を持ったプファイツ兵が壕から飛び出し、ヴェストールの横腹に爆雷を突き刺した。
爆発と同時に、高温の液体が噴き出す音がヴェストール内部を木霊した。成形炸薬によるメタルジェットを四方から浴びせられ、車外に飛び出した敵兵は銃剣や小銃の餌食となる。まさに必死、陣地守護のための最後の砦である。
「気を抜くな。我々が死ねば戦線は一気に瓦解する」
車内に顔を覗かせるヴァローナに、オットー達は頷いて答える。見届けて、ヴァローナは再び車外に姿を現す。突出した敵は大半が逃げるか骸を曝していた。ヴァローナが守備隊が硝煙の陰に潜んで次の攻勢に備えるのを見ていると、ハンナからの鋭い報告が飛んだ。
「第三波、来ます!」
逃げ帰る友軍を追い立てて、敵の第三派。先頭を行く八輌はどれも図体が大きい。エルディルとボードス両戦車の重戦車小隊だ。彼らは横隊で陣地に突入し、一つ一つ塹壕を確実に潰す戦法に出る。
「砲兵の支援があればそれでも……だが」
狙いを付けるオットーが発射レバーを引く。
発射炎。以前よりも初速を上がった砲弾は空気の壁を突き抜けて、安穏と歩を進めていたエルディルの正面装甲を八つに切り裂いた。
操縦席をえぐり取られ、エルディルはその場にへたり込む。キューポラから噴火の如く火炎を噴き上げると、引火した百五十二mm榴弾の一斉爆破が、敵陣に大輪の花を咲かせる。
「良いぞぉ、この砲なら連中の装甲もブリキ同然だ!」
「やりましたね准尉」
拳を打ち付けてオットーとゲオルクが喜び合うと、盛り上がる車内の中でヴェンツェルは不満げに溜息を洩らす。
「……俺も暴れてえなぁ」
車外ではヴァローナが一人、各部隊に対し指示を飛ばしていた。
「歩兵は下がって敵の通り道を開けろ! 戦車猟兵、対戦車砲の準備をしておけ。すぐに戦車が来るぞ! 対戦車班は刺突爆雷の補充を急げ!」
連携を要する複雑な機動にも、寄せ集めの兵士達は高水準の仕事でもって応じていた。これも下がって待ち伏せを基本にしたおかげで、兵士達が指示を実行に移す事だけに集中できるからだろう。
(すべて准尉の想定通り。これも年の功という奴か……)
「少尉、戦車猟兵が撃たせろと五月蠅くてかなわん。何とか言ってやれ」
感心しているヴァローナの耳に、オットーからの無線が届く。
「……すまん。猟兵部隊は射撃を開始しろ、奴らを生かして返すな!」
塹壕のあちこちで対戦車砲の発射炎が上がり、考え無しの敵先頭が再び骸を重ねる。敵歩兵が肉薄すれば守備隊歩兵が、近づき過ぎた敵戦車には対戦車班の刺突爆雷が猛威を振るった。だが反撃の狼煙は、隠れていた味方の位置を敵に暴露する。
大気の壁に亀裂を生じさせ、百五十二mm砲の咆哮が陣地に轟いた。同時に、壕に潜む味方の対戦車砲一門が、周囲の土ごと空中に打ち上げられる。ヴァローナの視界を猟兵の千切れた手足が横切った時、彼女の口は無意識に指示を飛ばしていた。
「陣地転換、急げ!」
指示を受けて発砲した対戦車砲は、次の掩蔽壕目指して地下坑道を駆ける。前進し、場所が発覚した壕にエルディルが榴弾をたたき込む。味方を援護しようと未発見の対戦車砲が火を噴くと、報復は何十倍にもなって砲に襲い掛かった。
「准尉、アイツをさっさと始末しろ!」
「今やってるだろ! 少し待て!」
ヴァローナの怒声に急かされながら、オットーは照準中央に捉えたエルディルに戦車砲を発射する。狙い通りエルディルの不格好な砲塔に殺到した砲弾は、立ち塞がったヴェストールに命中して爆発した。
「クソッ、お得意の肉盾が……!」
生きたセンサー、生きた盾となってヴェストールは守備隊の攻撃を阻む。陣地中央まで踏み込む敵に対し、スカラベ第一分隊、歩兵、戦車猟兵は死に物狂いの撃退を試みるが、整然とした敵の隊列にほころびは生じない。そして反撃した者には、もれなく榴弾の鉄槌が下る。
(このままでは、我々が射程に入るのも時間の問題だ)
伝家の宝刀である第一分隊を下げるべきか、考え込むヴァローナの視界の端を、数人の縦列が横切った。
「なに?」
彼女が顔を上げると、それは刺突爆雷を抱えた対戦車班の兵士五人だった。
「どこへ行く気だ?」
ヴァローナが去り行く背中に呼びかける。振り返った年配の伍長は、親指を立てて屈託のない笑顔を浮かべた。向き直り、地下坑道の入口に向かう。
「待て!」
彼らの耳にヴァローナの制止の声は入らなかった。頭をかき、ヴァローナはマイクロフォンのスイッチを入れた。
「……各隊、いま重戦車撃破のため対戦車班数名を送り込んだ。諸君らは彼らの掩護のため、敵を現在地に引き留めることのみ専念してくれ」
無線を使わずとも、部隊の動揺は空気を伝わってヴァローナにも感じられた。もう一度、マイクロフォンに手を触れる。
「彼らの献身を無駄にするな! ……牽制に努めよ」
彼女の訴えに呼応するかのようにして、第一分隊の各車が同時に発砲した。突出したヴェストール三輌がまた泥に顔を埋める。他の部隊も攻撃を強めた。敵味方の射撃が入り乱れる中、ヴァローナは姿を消した対戦車班を探して目を凝らしていた。
「ええい、双眼鏡はどうしてこう視野が……いた!」
破れた地下坑道から二人の兵士が飛び出し、両手には刺突爆雷が一つずつ握られていた。敵や塹壕の残骸に紛れて、二名はエルディルに肉薄する。相対距離五メートルまで近づいた彼らは片手に持った爆雷を構え、これをエルディルの砲塔めがけてやり投げのように投げつけた!
二発命中するもエルディルは稼働を続ける。二人はエルディルの車体に登り残った爆雷を突き刺した。砲塔爆発の衝撃で地面に投げ出される二人に、怒り狂ったヴェストールが機銃弾の雨を浴びせる。
後にはもう、それっきり動くものはない。
「……!」
あまりに壮絶な幕切れ。それでもヴァローナは止まらない、止まる事を許されない。
「反撃開始! 一匹も逃がすな!」
防御に追い込まれた味方は一転、壕のあちこちに開いた穴から大砲の一斉射撃が始まる。主力を失い威勢を欠いた敵軍は統制の取れた攻勢を維持できず、第二波と同じように死角からの攻撃によって戦車を黒焦げのガラクタに変えるしかなかった。
張り巡らされた掩蔽壕からの攻撃の中、流石のエリートである重戦車部隊は連携を取り合って陣地の最奥へと前進を開始した。二手に分かれ交互に前進する隙の無い布陣。だが――
「装填完了!」
ゲオルクが声を上げ、オットーはレバーを引く。
砲口を飛び出した砲弾は、コンマ三秒を置かずしてボードスの砲塔を叩き割った。
「操縦手、右に旋回。三十度だ」
「へいへい」
眠そうに答えたヴェンツェルがレバーを操作し、アントンは次の敵に砲口を向ける。尾栓が閉まり、オットーがレバーを引く。
後ろに下がる砲身の衝撃。浮き上がった車体が水平に戻ると、照準鏡の中央には火だるまになったボードスが座り込んでいた。
「次弾……装填手、次! どうした!」
「即応弾が切れました! 時間をください!」
オットーが後ろを見ると、空っぽになった砲弾置き場はチリ一つない。背を屈めたゲオルクが床下から砲弾を引き上げていた。
「ハンナ! 軍曹を手伝ってやれ!」
「あ、はい!」
オットーに指示されハンナは、二十kgはある砲弾を痩せた体に鞭打って持ち上げる。いつもの倍はかかって装填された砲弾は、オットーの手によって容赦なく発射された。敵へと吸い込まれていく砲弾は一気に爆ぜ、ボードスの砲塔が空高く飛びあがる。
「少尉、残りはどれくらいだ?!」
オットーの怒鳴り声がヴァローナの耳をつんざく。顔をしかめ、彼女は硝煙の向こうの敵に目を凝らした。
「残り……十五、いや六輌!」
「どっちにせよ寡兵だ、やっちまえ!」
怒声と共にレバーを引くオットー。アントンの砲口を猛烈な砲火が飛び出した。
「総員、畳みかけろ!」
ヴァローナの声に守備隊が総力を挙げれば、残敵の大半は悉く撃破されその身を横たえる。満身創痍の敵部隊が、後ろに開けた退路へ一目散に駆け出した。ヴァローナが叫ぶ。
「発破!」
ヴァローナの一声で、逃げ帰る敵の背中は噴煙の向こうに消えた。残った敵残党も悉く守備隊に粉砕される。最後の敵戦車が逃げ出した時、ヴァローナ達が待機する陣地右翼には再び静寂が帰った。
「よおし、良くやったぞ。次も頼む」
息も絶え絶えのハンナを残酷にねぎらい、オットーはハッチを開けてヴァローナの横に顔をだした。
「少尉、戦況は?」
「自分で見てみろ」
言われてオットーは双眼鏡を手に持つ。味方優勢とみられた戦況だが守備隊の方も無傷とはいかず、破れた地下壕から続々と負傷者が運び出されるのが見て取れた。未だぶつかり合う中央、左翼側も後方まで荒らされ、敵歩兵を紙きれみたいに刻んでいる機関銃座は半分ほどにまで減っていた。
「じり貧だな。そろそろ積極的に打って出ねえと、コッチの戦力が尽きる」
「あと一回耐える、それが限度だ。連中も重戦車を消耗した以上、次で最後だろう」
ヴァローナの冷静と思える判断だったが、それを耳にしたオットーの眉間には皴が寄る。
「……少尉、“掃除夫”は見たか?」
「掃除夫?」
「あの戦艦だ。無線を聞いてる限り、どうも大尉も見てないらしい」
オットーの言葉に、双眼鏡を構えて戦線全体に目を配るヴァローナ。確かに戦艦の目立つ巨体は何処にも見当たらない。戦場に上がる黒煙の正体はヴェストールにボードスと雑魚ばかり。不安に駆られたヴァローナは、司令部の無線に自分でかける事にした。
『言っただろう、コッチでも掃除夫は見てない。今それどころじゃないんだ』
半分苛立った大尉の声に、聞き返そうとしたヴァローナの言葉は無線の空電によって遮られる。雑音の合間に大尉の鋭い声が聞こえた。雑音の切れ間にヴァローナが続ける。
「そちらはまだ抵抗が激しいようですな」
『まだなんてものじゃない、最初からずっとこの調子だ。まあ連中、歩兵に合わせてゆっくり進んでくるから、撃破数ならかなり稼いだな』
「ゾルケンども、ドクトリンてモノがないのか? 何を考えている」
オットーが疑問を持つのも無理はない、囮が壁役となるため進軍を遅らせる事はあっても、陣地右翼に対する強襲が失敗した以上、引き上げるのが定石の筈だ。何時までも攻勢を続ける不可解な対応は、ヴァローナにも理解不能だった。
(行き当たりばったりの突撃ばかり……ここまでお粗末な軍隊があるものか?)
「伝令からです……敵の新手、隊列中央に掃除夫を発見」
来たか。ハンナの報告にヴァローナの目が吊り上がる。隊列中央、最前列を行くゾルケン重戦車部隊は、定数である二十数輌を引き連れて荒野をのそのそ進んでいた。頭一つ飛びぬけた掃除夫は、周りの重戦車たちが子供に見える程の巨体を揺らしている。苦々しい顔になるヴァローナ。
「ちぃ、まだあれだけの重戦車を」
『最後の爆弾を使うとしよう、それで一網打尽だ』
失礼、と断りを入れた大尉が無線を切り、戦場全体の空気が再び活発になる。反撃に備え車内に戻ろうとしたオットーは、まだ考え込んでいるヴァローナの肩を小突いた。
「少尉、いい加減切り替えないと足元救われるぞ」
「……中央、左翼の敵は、歩兵と合わせて前進したと言ってたな」
別段普通の戦い方だが、それ故に、彼女は納得いかなかった。いかに粗雑と言えど、軍隊らしくないゾルケンの戦い方が。
「俺も気にはなるが……あ、見ろ。敵が引き返す」
大尉側の陣地をオットーが指で指し示す。次の突撃の邪魔にならないようにだろうか、敵はすっかり引き上げていた。しかしヴァローナの顔は浮かばれない。掃除夫が今更姿を現した事実が、どうにも引っかかってしょうがなかった。
(今になって切り札を投入する意味……連中にとって何か好機が訪れたとしか思えない。だが、好機とは一体なんだ。なぜ今……)
ヴァローナが答えに行きつくまでに、そう時間はかからなかった。
「まずい、全部囮だ!」
「何だって?」
ヴァローナの素っ頓狂な叫びにオットーが聞き返した。ヴァローナは答える暇もなく無線を起動する。
「大尉。爆破を中止させるんだ、今すぐ!」
『どうして? 最大のチャンスだろ』
大尉の要領を得ない様子に、語気を荒げたヴァローナが続ける。
「幾ら間抜けなゾルケンでもこうもダラダラしているのはおかしい! 戦車が歩兵を伴っていたのは歩兵を守るためじゃない、地雷撤去を隠すためのカモフラージュだ! 歩兵が安全な道を切り開いたから掃除夫が出てきたんだ!」
唾をのむ大尉の耳にヴァローナの一喝が響く。
「急げ、陣地が丸裸になるぞ!」
その、一瞬のちの事であった。
そそり立った土壁が戦線を断ち切るようにそそり立つと、遅れて届いた衝撃波が距離を置くヴァローナ達の元まで押し寄せてきた。手すりに掴まりながら、ヴァローナとオットーは掃除夫がいた方角に注視する。
「……やはり」
臍を噛むヴァローナをよそに、土壁の合間を縫って姿を現した掃除夫が、榴弾砲のおどろおどろしい咆哮を上げた。続いて、後ろから現れるエルディルやボードスが砲撃のラッシュを繰り出すと、爆風に耐えていた味方歩兵がなすすべもなく嬲り殺しにされた。
「……っ、すぐに増援に向かうぞ、第一分隊――」
「警戒! 正面に敵の第四波、来ます!」
ハンナの報告にヴァローナの指示は掻き消されてしまった。否、彼女自身が絶句してしまい、誰も指示を聞き取れなかったのだ。
穴だらけになり、随所に損傷を受けた敵戦車部隊が、残った全ての総力を挙げてこちらに突進してくるではないか。脚を失い、砲塔も無くなり、何故動くのか分からない戦車まで、全て!
「……人間じゃない、ゾルケンに人間は一人もいないんだ……」
蔑視的なヴァローナの呟きだが、その言葉は何も間違ってはいなかった。歩兵までもが、両足が無くなった者を含め全てが青い顔をして突撃してくる。百鬼夜行を思わせる姿は亡者の如き彼らの後ろで、青い帽子の政治将校率いる督戦隊が機関銃を構え、睨みを利かせているのだ。
確かに、彼らは人間ではなかった。家畜ですらなかった。ただ動き、共産主義という機械のための部品として消耗される存在。彼らは細胞であり、使えなくなれば切り捨てられて交換される。ゾルケンにとって人間とは、その程度の存在である。
「友軍中央の守備隊、後退を始めました! 左翼も同じく!」
ハンナが言った。陣地中央左翼を横隊で蹂躙する敵重戦車部隊に対し、同地の守備隊は散り散りになって南の森へと逃げだした。最早後退ではなく敗走である。一番槍の掃除夫が、榴弾砲のうなりを上げた。
「どうすれば良い……どうすれば……」
陣地の各所で敵の蛮声は轟く。報告を聞くので精一杯のヴァローナは、何も写さない目を右に左に泳がせるしかなかった。
「どうする……何をすれば……」
「何をする?」
動揺するヴァローナの頭に、オットーは手を伸ばし、
「え……」
驚くヴァローナの耳からヘッドホンを取り上げる。そして笑いながら、傲岸と、過剰なまでの自信に満ちた手つきで、真っ直ぐ指を突き出した。目指すべき町へと向かって。
「そんなもん……最初に決めただろ」
「だが……」
「信じろ」
真顔になって、オットーが言う。
「大尉達もまだ戦っている。ここに居るのは寄せ集めばかりだが、ただの寄せ集めじゃない。百戦錬磨、一騎当千、歴戦の寄せ集め共だ」
ヴァローナの眼から曇りが取り除かれていった。信じる、信じる、そうだとも……
「……戦っているのは、我々だけではない……」
要塞で、森の中で、陣地に取り残されて、まだ戦っている連中がいる。目に覇気を取り戻したヴァローナが、凛とした声で告げた。
「ようし、やろう……作戦第二段階に移る。襲撃隊、集合せよ!」
ヴァローナの後ろ、陣地の後端に掘られた塹壕から、無傷の四二式中戦車五輌と装輪装甲車十数台が姿を現した。ヴァローナ達、スカラベ第一分隊を先頭とした襲撃隊は楔の陣形を取り、前方で蠢く敵残党へ向け殺気を集中させた。
「守備隊は取り決め通り次の守備位置へ後退。忙しくなるぞ、准尉」
頷くオットーが車内に引き返すと、ヴァローナは正面の敵に意識を集中する。度重なる損害で消耗しきった敵はどれだけいようが脅威とは言えず、後ろにいる督戦隊だって物の数ではない。彼女はサーベルを抜き、頭上高くに構えた。ギラギラ光る刀身の輝きは、太陽の魔力を部隊全体に行き渡らせる。
「突撃、前へ!」
振り下ろしたサーベルに、ヴァローナの迷いはもろく断ち切られる。
「待ってました!」
号令と同時に、ヴェンツェルがシフトをフルスロットルに入れる。沈黙を破り、足を振り上げたアントンは陣地の下り坂を、岩が転げ落ちるような急速度で走り出した。僚機もこれにならい、不整地に適さぬ装輪装甲車までもが横転必至の危険運転で敵隊列へ殺到する。隊全員が一本の楔となって、敵横隊に深々と突き刺さっていった。
アントンが最初に遭遇したヴェストールは動揺し、見逃せとばかりに道を開ける。
「逃がすかぁ!」
オットーがヴェンツェルの肩を蹴り、アントンが左に旋回して射線にヴェストールを捉えた。車体の揺動が収まる一瞬を突いて、レバーを引くオットー。爆散した敵の後ろには及び腰の敵歩兵達が固まっていた。
しかし彼らを前にしても、ヴェンツェルがアクセルを緩めることは無い。突進し、逃げ遅れた兵士をアントンはひき肉に変える。放棄された対戦車砲を装備した敵歩兵も、発射レバーに手をかける間もなくアントンの下敷きにされた。
「雑魚に構うな、隊列を突っ切れ!」
隊列後尾にいるヴェストールに狙いをつけてオットーがいう。と、その時、
「左にステップ、今!」
ヴァローナの号令と共に、ヴェンツェルがアントンを左にステップさせる。ボードスの放った砲弾はアントンのすぐ右をかすめ、背後にいた装甲車を火だるまに変えた。
「こそこそと、うっとおしい!」
瞬時に狙いをつけ、オットーが大砲を発射する。正面装甲を食い破られ、ボードスは車体の裂け目から橙色の炎に包まれる。敵陣に穴が生じ、町とヴァローナ達を遮るのは少数の督戦隊だけだ。
「踏み潰せ!」
気を逃すまいとするヴァローナの怒声に感化され、回避行動のジグザグ走行を止めたアントンは、揺動する砲を敵のど真ん中に向けて騎兵の如き突撃を開始した。
「次弾、榴弾!」
車長の指示に、ゲオルクはかつてない機敏さで答える。砲弾を込め、尾栓を閉鎖。
「装填完了!」
オットーがレバーを引き、アントンの百二十二mm砲から飛び出す榴弾は地形の一部ごと督戦隊を吹き飛ばした。残った兵士達が道を開けるも、後ろから押し寄せる他の車輛に押しつぶされて結局ひき肉となるしかない。政治将校が居なくなった途端逃げ出す敵部隊の只中を、襲撃隊は町へ向け突っ切った。だがそれを見逃すほど敵軍も甘くはない。要塞に肉薄していた掃除夫とその取り巻き達が、一斉に向きを変え襲撃隊に全力疾走を開始する。
「後方から敵戦車隊、掃除夫も来ます!」
「ふん、飼い犬が後始末でもつけに来たか! 怯むな、前へ!」
前と後ろから挟撃されるという恐ろしいハンナからの報告も、ヴァローナの心を揺るがすには至らない。町へむけ、一心不乱に追いかけっこを続ける両者。ヴァローナ達が橋につくのが先か、掃除夫が全て喰らいつくすのが先か――
掃除夫たちが陣地を駆け抜けようとしたその直後、地を割らんばかりの轟音が辺りに轟いて、彼らの半数は土砂とともに打ち上げられた。
「敵戦車隊、消滅しました!」
「いやまだだ」
歓喜の声が混じるハンナの声にヴァローナは釘を刺す。降りしきる土砂を浴びて掃除夫が、足の幾つか欠けたみすぼらしい姿をさらした時、ヴァローナはやっと笑みを漏らした。昨日あれだけ勇猛さを見せた敵主力を、寄せ集めの自分たちが翻弄していることに、一縷の希望を見出した気分だった。
「よおし、貴様ら。これで負ければどうなるか分かっているだろうな!」
口の端をさらに歪めてヴァローナが言った。
「今度は我々が爆弾をしょって突撃する。それが嫌なら前へ、進めぇ!」
勢いを増したエンジンの蛮声が空気を震わせる。珍走団さながらの爆音を己の雄叫びに変えて襲撃隊は突撃を続けた。目に入る悉くを砲で吹き飛ばし、あらゆる障害物は足蹴にして、目指すは町と鉄橋、その守備隊である。颯爽と、ヴァローナのサーベルが翻る。
「行けぇ、橋を取り返すのだ!」
後ろから迫る砲撃に耐えながら、ヴァローナ達は町へと突入する。塹壕も無ければ鉄条網もない、一見平穏そのものの町に。
襲撃隊を砲火が襲ったのは、そのすぐ後の事だった。
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