第2話 蒼き悩める慈悲の涙

 煉獄界にオーガ族との戦いの勝利と感謝を伝えに来たものの、ひょんなことから精霊のお悩みを聞くことになったアルド。サラマンダーの願いをかなえたアルドは、オンディーヌの元に向かっていた。水精霊の磐座の最奥に来たアルドは、早速挨拶をした。


「やあ オンディーヌ。」

「おや…… あなたですか。あなたは逢う度に 哀しみを重ねてきますね。」

「そ そうなのか……?」

「さて 今回はどうなさいましたか?」

「ああ。この前 戦って力を貸してくれただろ? あの後 戦いに勝ったんだ。だから その報告とお礼を言おうと思って。本当にありがとう。」

「なるほど。あなた方は 哀しみを重ねると同時に その哀しみに打ち勝ち 解放されたのですね。」

「まあ 確かにそうかもな。あっ そうだ。」

「どうかされましたか?」

「さっき サラマンダーに報告に行った時 心残りなことがあるって言って それを解決してまわってたんだけど オンディーヌは何か 心残りなこととか 悩みとかはないか?」

「心残りなことに 悩み ですか……。」


オンディーヌは、少し考えてから言った。


「では 一つだけ お願いできますか……?」

「ああ 何でも言ってくれ!」

「では……」


そういって、オンディーヌは話し始めた。


「私は現世にいる時 ひいては この世に産み落とされた時から 人々の悲しみや苦しみを解放してきました。それ故か 楽しさや嬉しさを忘れてしまったのです。」

「楽しさや嬉しさ か……。」

「ささやかでよいのです。何かそれを 思い出させてくれるような ものがあれば……。」

「なるほど。じゃあ 楽しくなったり嬉しくなったりするものを 持ってきたらいいんだな?」

「はい。お願いしてもよろしいですか?」

「もちろんだ! そしたら…… そうだ! パルシファル宮殿に行ってみよう!」


こうして、何か楽しくなったり嬉しくなったりするものを頼まれたアルドは、とある人物を探しに、パルシファル宮殿へと向かった。


>>>


 パルシファル宮殿の食堂にやって来たアルド。すると、予想通り、目的の人物はいた。


「やあ ラビナ。」

「おっ アルドじゃん! やっほー! 久しぶり!」

「久しぶりだな。」

「今日は どうしたの?」

「実は ラビナにお願いがあってきたんだ。」

「お願い……? なになに?」

「実は……」


アルドは、ラビナにオンディーヌの願いのために歌ってほしいということを伝えた。


「なるほど……。わかった! あたし 歌うよ!」

「本当か!? ありがとう!」

「それで どこにいけばいいの?」

「オレが案内するよ。」


そういって、アルドは、ラビナを連れて煉獄界のオンディーヌの元へ戻った。


>>>


 「オンディーヌ! 連れてきたぞ!」

「お待たせしましたー!」

「こちらは……?」


オンディーヌは、アルドに聞いた。


「ああ。紹介するよ。」

「ラビナって言います! よろしくお願いします!」

「ラビナは 歌が上手で 現世では 酒場でひっぱりだこなんだ。」

「それほどでもないよー!」

「なるほど。ところで あなた 風の精霊の力を感じますが……」

「うん。あたし 風の精霊の力を宿していて あたしの歌声にも宿ってるんだよ?」

「そうなのですか。ぜひとも聞いてみたいものですね。」

「事情はアルドから聞きました。あたしは あたしの歌で みんなを笑顔にしたいんです。だから オンディーヌさんも きっと笑顔にして見せます!」

「それでは お願いしてもいいですか……?」

「はい! では ……ゴホン!」


ラビナは、一度深呼吸をすると、歌い始めた。


「らら~♪ るらら~♪♪ るるる♪ ららら~~♪♪♪」


静かな煉獄界に、ラビナの優しい歌声が、響き渡っていた。しばらくして、歌い終わったラビナは、オンディーヌに聞いた。


「ど どうでしたか?」


オンディーヌは少しの沈黙の後答えた。


「いくつもの哀しみを積み重ねているにもかかわらず それをはねのけてしまうような とても優しい歌声でした。このような気持ちになったのは初めてです。いや もしかしたら 遠い昔にあったのかもしれません。」


オンディーヌの声はいつになく穏やかだった。


「喜んでもらえたみたいでよかったです!」

「ありがとう ラビナ!」


すると、オンディーヌがラビナに言った。


「さて 何かお礼をしなければなりませんね。」

「いいです いいです! あたしは笑顔が見られただけで 十分ですから!」

「そうですか……。」


少し考えてから、オンディーヌは言葉を続けた。


「人々は 必ず哀しみを持っています。それが消えることはありません。しかし その哀しみを持っていても その苦しみから救うことはできます。あなたの歌も あなた自身もそれを体現しているかのようです。」

「あたしの目標は まさにそんな感じですから! これからも みんなを笑顔にしていきたいと思っています。」

「もし あなたが哀しみに苦しむようなことがあれば 私がそれから解放してあげましょう。」

「それは 心強いなー! それじゃ あたしは このへんで!」

「本当にありがとう!」

「こちらこそ 貴重な経験をさせてくれてありがとう! アルド!」


そういって、ラビナは去って行った。


「あなたも ありがとうございます。」

「いや オレは連れてきただけだから。ところで……」


アルドは、オンディーヌに聞いた。


「他に何か心残りなこととか 悩みとかはないのか?」

「他にですか……。」


少し考えてから、オンディーヌは言った。


「では お貸したものを 取り戻してきてもらってもよろしいですか?」

「貸したもの……?」

「実は 以前 竜宮城に私の持つ盾を貸したのですが それがまだ戻ってこないのです。」

「なるほど。それは確かに問題だな。盾はいったいどんなものなんだ?」

「サンゴでできていて 緑色の宝石がはめ込んであるものです。」

「わかった。それじゃ 行ってくるよ。」

「その前に これを。」


そういって、オンディーヌがアルドに渡したのは、一本のきれいな紐だった。


「これは何だ?」

「盾は私のものですから 人が運ぶには大きすぎるかと思います。ですから この紐を括り付けてもらえれば こちらまで運ぶことができますので。」

「ありがとう! じゃあ 行ってくるよ。」

「よろしくお願いします。」


そういって、アルドは竜宮城へと向かった。


>>>


 竜宮城の本丸へと着いたアルドは、早速竜宮城を治める当代オトヒメのシーラにオンディーヌの盾について聞いてみた。


「シーラ……!」

「あっ アルドじゃない! どうしたの?」

「ちょっと聞きたいことがあってきたんだ。」

「何かしら?」

「実は 四大精霊のオンディーヌが 前に竜宮城に盾を貸したって言ってたんだけど まだ返してもらってないから 返してほしいらしいんだ。」

「オンディーヌの盾……? あたしは知らないわね……。」

「そうなのか……?」

「大臣なら知ってるかもしれないわ。聞いてみましょう。」


シーラは、早速大臣を呼び出して聞いた。


「ねえ 大臣。オンディーヌの盾って知らない?」

「オンディーヌの盾……。あっ!!」

「何か知ってるのか?」

「確か この前倒したオトヒメが 勝手に統治を始めた時に オンディーヌから もらったと言っておったが……?」

「もらったってどういうことよ?」

「オンディーヌは貸したって言ってたぞ?」

「もしかしたら 借りると言っておいて そのまま自分のものにしてしもうたのかもしれん。」

「とりあえず それを返してくれないか?」

「その時のオトヒメもいなくなったことだし 返しましょう!」

「さっそく 他の者たちにも頼んで 持ってきてちょうだい。」

「承知しました。しばし お待ちを。」


すると、しばらくして、アンモナイトやイカたちが十数人がかりで持ってきた。


「これが オンディーヌの盾ですじゃ。」

「こんなものが竜宮城にあったなんて……!」

「ありがとう みんな。」


アルドは、早速オンディーヌからもらった紐を括り付けた。すると、どこからともなくオンディーヌが語りかけた。


「ありがとうございます。では 運びましょう。」


そういうと、紐が光りだし、やがて盾ごと消えてしまった。


「盾が消えた!?」

「オンディーヌが運んでくれたみたいだ。」

「そ そうなのね……。」

「大臣も シーラもありがとう!」

「また いつでも 遊びにいらしてくだされ。」

「今度は ゆっくりしてってね!」

「ああ そうさせてもらうよ! それじゃ オレはこれで。」


そういって、アルドはオンディーヌの元へと戻った。


>>>


 「ありがとうございます 人間よ。」

「いいんだ。久しぶりに 竜宮城へも行けたし。」

「ちなみに これは 半裸の男が返してくれたのですか?」

「いや 女の人だよ。」

「では あの時の者ではなかったのですね。以前の方は とても 強引でしたから。」

「確かに あいつはそうかもしれないな……。」

「とにかく 感謝いたします。人間よ。」

「ああ。さて 他には何かあるか?」

「ええ。先ほど あなたが竜宮城に行っているときに 一つ思い出しました。」

「そうなのか。どんなことだ?」


すると、オンディーヌは昔を思い出すかのような面持ちで言った。


「その昔 現世にいた頃 私たち四大精霊を厚く信仰していらした 旅人の女性がいまして 旅暮らしにもかかわらず 私たちの元によく来ていました。」

「うん……?」

「とりわけ 私にはよく話をしてくれて その度に 私が 哀しみから解放するための手伝いをしていました。私はその者の悲しみの深さ そしてそれを乗り越える強さに免じて その者が身につけていた腕輪に 私の力を宿して 共に哀しみを乗り越えることの証としたのです。」

「どっかで聞いたような……?」

「しかし ある時 「まだ見ぬ世界へ旅をする」と言い残し そのまま姿を現すことはありませんでした。」

「もしかして その時 腕輪は……」

「いいえ していませんでした。」

「じゃあ それを探してきたらいいのか?」

「お願いできますか……?」

「それはいいけど 場所は分かるのか?」

「それが 少々厄介なところにありまして……。」

「……?」

「ナダラ火山の最奥部の溶岩湖の底にあるようです。」

「な 何だって!? そんなところに行ったら 焼け死んじゃうぞ!?」

「大丈夫です。以前 あなたに 私の力を授けましたよね?」

「ああ。持ってるよ。」

「それを持っていれば 溶岩があなたに触れることはありません。」

「し 信じていいんだな?」

「ええ。」

「……じゃあ 行ってくるよ。」


そういって、アルドはナダラ火山の最奥部へと向かった。


>>>


 ナダラ火山の最奥部へと着いたアルド。


「本当にこの中に……?」


すると、どこからともなくオンディーヌの声が聞こえてきた。


「では 私の涙をその溶岩湖に 静かに落としてください。」

「静かにだな……? わかった。」


アルドは言われた通りに、オンディーヌの涙を落とした。すると、少ししてから地響きが起こり、ほどなくして大きな水流が手前にあった溶岩を押しやっていき、底を歩けるようになった。


「ほ 本当に歩けるようになった……。」

「それで 腕輪はありますか?」

「えーっと……。あっ あったぞ!」

「では それを取ってきてもらえますか。」

「わかった!」


アルドは急いで、腕輪を回収した。


「では 先ほど落とした私の涙も取って戻ってきてください。」

「……! 魔物が来た!」


オンディーヌの涙を回収しようとした途端、溶岩の方から2体のマグマインが出てきた。


「さっさと倒すぞ!」


アルドは、そういって剣を構えた。


>>>


 宣言通り、素早く倒したアルドは、オンディーヌの涙を取ると、急いで元の場所へと戻った。陸地に上がって、振り返ると溶岩は元に戻っていた。


「ありがとうございます。では 戻ってきてください。」


アルドは、少し疲れを見せながらも、オンディーヌの所へ戻っていた。


>>>


 オンディーヌのところに戻ってきたアルドは、見つけた腕輪をオンディーヌに見せた。


「言っていたのは これのことか?」

「はい。まさしく その腕輪です。」

「それで その腕輪 どうするんだ?」

「これは あなたが もらってくれませんか?」

「……いいのか?」

「ええ。あなたを見ると あの旅人と姿が重なるのです。あなたもたくさんの哀しみを積み重ねながら それに打ち勝ってきたのですから。だから あなたが持っていてください。」

「じゃあ そうさせてもらうよ。」

「では 私の涙をその腕輪に近づけてください。」

「こうか……?」


すると、オンディーヌの涙は、腕輪にはめられた宝石に吸い込まれていった。その宝石は、何物をも包み込む大海の如く蒼く光り、魔力を帯びていた。


「ありがとう オンディーヌ。」

「礼には及びません。」

「そういえば 他には何かあるのか?」

「いえ もうありません。あなたのおかげで 少し自身の哀しみから解放されたような心地です。」

「それなら よかったよ。」

「これから どうされるのですか?」

「次は シルフのところに行こうと思ってるよ。その後はノームかな。」

「そうですか。あの者たちも 哀しみを持っているやもしれません。」

「ああ。また話を聞いてみるよ。それじゃ オレはこれで。」


アルドは、オンディーヌの元を去った。


「さて それじゃあ 次は シルフだな。」


こうして、アルドは、風精霊の磐座にいるシルフの元へと向かったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る