第28話 刻印 -中原和総-

 一つ弁明しておこう。


 俺と愛花が編み出したデートプランは完璧であった。

 問題は演者が未経験のド新人であったことだ。如何に練習で台本を忠実に再現出来るようになっていたとしても、突発的に起こった事態に対しては無力でしかなかった。


 実際、途中までは上手く行っていたのである。押さえるべきアトラクションはファストパスでスムーズに入場出来るように手配し、人気のショーは運良く抽選に当たり、疲れないように合間合間に休憩を挟んでいたのだ。

 俺はむしろ、高揚感に溢れていた。俺だってやれば出来るのである、ぼっちだ陰キャだと罵られ、女に散々に弄ばれてきたが、今はどうだ、憧れの朝倉さんは俺の隣で目を輝かせて楽しんでいるではないか、俺はやれるのだ、舞踏会で淑女をよどみなくリードするがごとく、彼女をエスコートしているではないか、そうだ、今こそ俺は真摯な紳士として独り立ちしたのだ!


「どう、朝倉さん?」


 二人で昼食にバーガーを食べていた時、俺は勢い余って尋ねていた。


「楽しんでる?」


 質問の趣旨は大したものではなかった、意外にも初めて来たという朝倉さんが、どういう感想なのか聞いてみたかった、ただそれだけだったのだ。

 だが、俺は傲慢にも、彼女の返答が肯定的なものであると信じて疑わなかったのである、今思えば完全に思い上がっていた、やはり俺は阿呆でしかなかったのである、それを失念していたことが、唯一にして最大の敗因であった。


「そうね……」


 そう前置きした朝倉さんは、先刻まで湛えていた笑みを解いて、こう続けた。


「嬉しいけど、中原くんも一緒じゃないと、楽しくないわ」


 食べかけのバーガーがバンズを残してトレイに落ちた。

 俺は紳士らしく「大丈夫大丈夫」などと言って慌てる朝倉さんを制したが、もはや食事などどうでもよかった。


「一緒じゃないって、俺はずっと朝倉さんの隣にいたよね?」

「だって、いつもの中原くんと違うもの」

「そんな、俺は、何も変わらないよ」


 すると、朝倉さんは一度顔を伏せてから、もう一度俺に向き直った。


「今日の中原くん、面白くないわ」

「――!?」


 俺は焦燥感に駆られ前後不覚となった。完全と思われていたデートプランに綻びが生じたのである、いや、正確にはデートプランそのものではなく、どうやら俺に問題があるらしいのだが、にしてはその原因がまったくもって不明なのである。

 俺がかように取り乱したのは、これだけが要因ではなかった。つまり、俺は絶望的な不安に押しつぶされようとしていたのである。


 また、呆れられるのではないか、愛想を尽かされるのではないか、捨てられるのではないか!? そうだ、女はいつだってそうするのだ、真昼のように、あの女のように!


 このままでは掴みかけた幸運を手放してしまう。俺は朝倉さんを失いたくない、その一心で逆転の一手を打つことを思い立った、それが覆しようのない悪手であるとも気づかずに。

 店を出て、俺達は橋のたもとから運河の側の道へと降りた。そこは、人通りが少なかった。

 俺は、プランの前倒しを図ったのである、クライマックスを繰り上げるという、見境のない行いであった、つまり、


「ああああああああああああああ、あの、朝倉さん!」


 それは、愛の告白であった。


「俺……!」


 唐突な叫びに、朝倉さんが振り向く。その顔は、初め驚きに包まれ、そしてその直後、困惑の面持ちになった。


 俺はその光景に見覚えがあった。二度と思い出すまいと天に誓ったにも関わらず、未だ心に深く刻まれた、あの文化祭の放課後。


『俺、真昼のこと、好きだから』


 そう告げた後の真昼と、まったく同じ表情を朝倉さんがしていたのである。


 ――やめろ。


 俺の理性が警告するも、記憶は再生を止めない。

 真昼が困ってまつげを二回瞬きさせる。


 ――もうやめろ。


 そして、一瞬考えた後、苦笑をしてこう言った。


 ――やめるんだ!!


『あー、ピン君はちょっと違うかな。ゴメンね!』


 言い終えてから、いつもの笑顔になって走り去る。


 俺は力なく掠れた声を出した。


「ごめん、朝倉さん」


 そうだ、やはり無理があったのだ、陰キャのぼっちでどクズな俺が、いかに努力しようとも叶えられるものではなかったのだ。

 どうせ勘違いだったのだ、どうせ呆れられるのだ、どうせ捨てられるのだ。

 であれば、俺はもう何も望まない、望まなければ傷つかずに済むのだから。


「やっぱり、無理だ」

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