第23話 棒に振った青春 -中原和総-
「で、何しに来たの?」
眼前のおっぱい先生が、白衣をひるがえしながら問う。
その全てを見透かすような眼光に、俺はヘビを前にしたネズミがどんな気持ちになるのかを思い知った。
「えと、実は」
「あ、そういや、昨日どうだった? ちゃんとセッ○スした?」
俺は盛大にむせていた。
「するわけないじゃないですか!!」
「えー、つまんないのー」
一体この淫乱教諭は何のつもりなのだ、教師たる自覚はあるのか、これでは単なるセクハラではないか、ピュアでナイーブなチキンハートをこれ以上弄ばれてたまるか!
そう、俺は昨日何の偶然か朝倉さんとデートの約束を交わしてしまったのだ。まさに運命の悪戯とも言うべき僥倖であったが、俺は有頂天になると同時に果てしない絶望を覚えていた。
つまり、生まれてこの方、女性と二人きりでどこかに出かけるなどという経験をしたことがなかったのである、真昼とだってなかった! そんな俺が女性の喜ぶようなデートプランなど考えられるはずもなかったのだ! 昨日の時点で俺に残された週末までの時間は、僅か二日。こうなっては恥も外聞もない、俺は夜中まで悩んで独力では結論が出ないことを悟ると、すぐさま愛花に相談を持ちかけたが、
「私が嬉しいデートはわかるけど、朝倉先輩が何で喜ぶかは知らないよ。あと、眠たい」
と、軽くあしらわれてしまったのである。
「そこを何とか!」
俺は平身低頭の上で、件の三品にどら焼きまで付けるからと追いすがった。
だが、昨夜の愛花は一筋縄では行かなかった。
「朝倉先輩と連絡先、交換したんでしょ。だったら、直接先輩に聞きなさいよ。おやすみ」
そう、俺は誤ってデートの約束をしたあと、無事に連絡先を聞き出していたのである。
「しかし、その。直接というのは、どうも恥ずかしくて」
その後、「そんなことでデート出来ると思ってるの!?」と、武装蜂起したテロ組織の如く爆発炎上を繰り返したため、やむなく愛花との交渉は打ち切らざるを得なかった。
かくなる上はと、朝倉さんをよく知る人物として、みさき先生に教えを乞うために、一時間目の授業中に原因不明の腹痛をでっち上げて、わざわざ保健室まで出向いてきたのであった。ところが、訪れたはいいものの、さっきからペースを握られっぱなしで、俺はただただ泡を吹いてばかりいた。
淫猥教師がまた澄まし顔で言う。
「ああでも、みなとをデートに誘ったんだってね?」
何故それを!?
「お膳立てしても、何も出来ないだろうなーって思ってたから、ちょっと見直したよ」
朝倉さんを家に誘えとそそのかしたのは、親切心からではなかったのか!? というか、いくら何でも俺のことを見くびり過ぎではなかろうか、俺だって男なのである、いかにぼっちの阿呆でヘタレであろうとも、草食系男子を返上し、一匹の狼へと変身するのは、いささかもやぶさかではないのだ、いやむしろ、それこそ染色体に定められた本能なのだ!
「で、キスは?」
ごめんなさいまだ無理です。
「ええと、その、実は、折り入って相談が……」
「なあに、どの体位が一番気持ちいいって? アタシはねー」
「み、みなとさんの好きなものを、教えてください!!」
俺はみさき先生の言葉を遮って問うていた。もう、猥談で脱線するのは懲り懲りである。
「へえ、ちゃんと考えてあげるんだ。アンタ、エライね」
愛花に説教されたからとは口が裂けても言えない。まあ、朝倉さんの喜ぶ顔が見たいというのは偽らざる本心ではあるが。
「そんなことしなくても、セッ○スすればいいと思うけどねー」
アンタもしつこいな!
「まあ、そういう軟弱でガツガツしてないところが、キミの良いところかもね」
「……そうですね、そのとおりです。俺は所詮ぼっちの阿呆でヘタレだから、世間のモテ男子みたいに自信に満ち溢れて物怖じしないで女性を誘うなんて、逆立ちしても無理です」
そうだ、どこをどう取り繕おうとも、俺が好きな女の子の趣味を直接聞き出せない意気地なしであることは変わりないのだ。だがだからこそ、こうして恥辱を忍んでみさき先生のもとを訪ねたのである。直接聞くのと、他人に頼ること、どちらのほうがよりみっともないかと言えば、当然後者であるのは重々承知ではあるが、なけなしの勇気を支払って俺はここに来ていた。
すると、みさき先生は少し考えて言った。
「んー、みなとはそういうナンパな男は嫌いだと思うよ」
「え?」
「あの子、男性不信だから」
あの完全無欠で非の打ち所がない朝倉さんが? いや、そう言えば昨日、朝倉さんは恥ずかしげにこう話していた。
『……私、男の人と触れるの、初めてで』
「まあ、アタシのせいもあるんだけどねー」
みさき先生は椅子に座り直して語りだした。
昔は愚にもつかない文学少女であったこと、朝倉さんを相手に夜な夜な変態恋愛妄想トークを繰り広げたこと、大学デビューと同時に性に開放的になったこと、男を何度も自宅に連れ込みそのうち何人かはまだ幼い朝倉さんをからかっていたこと、そしてそんな朝倉さんが男嫌いになっていったことを。
「いやあ、アタシもね、悪いとは思ったんだけどね、あの頃はハジケちゃって自分でも止められなかったんだよねー。あ、今もか」
悪びれもなく笑いながら言う。なるほど、朝倉さんがみさき先生に憤慨する理由の一端を垣間見た気がする。
「あー、何だ、その顔。アタシだって、これでも高校の頃はずっと片想いしてたんだよ」
今更何だその清楚アピールは。
「本当だって! 同じ文芸部のやつでね、三年間一緒だったのに、手も繋げなかったんだから」
何と、典型的文学少女ではないか、今のクイーンオブザビッチな姿からは想像もつかない。
「それでさあ、卒業式の日に、告白したんだけど。まあ、見事に振られちゃったんだよね。そしたら、何か腹立っちゃって。アタシの三年間は何だったんだ! アタシの青春を返せ!! ってね。だから、もう我慢しないことにしたの」
また、ニヤッと笑って、みさき先生は腰に手を当てた。
「ま、アンタたちも頑張んなさい、奥手なのはわかるけど、高校生は今だけなんだから」
確かに、高校生活は二度と帰ってこないのである、なのに俺はすでに一年以上を棒に振っているのだ。高校デビューに失敗し、悪魔にからかわれ続けた挙げ句捨てられ、せっかく朝倉さんと仲良くなれそうなのに、何一つ噛み合わないのである。このまま手をこまねいていれば、俺は結局何も手に入れないまま一生を終えてしまうのではないか、そうだ、朝倉さんは俺には不釣り合いとも思われる得難い御仁なのだ、今後の人生で彼女のような女性と巡り合うことなど万に一つもあるはずもないのだ。
だがしかし、その朝倉さんは男性不信なのである。俺はかねてより「女なんてクソだ」と主張してきたが、一方で彼女は「男なんてクソだ」と標榜してきたのかもしれない。そんな二人が、デートに行こうというのだ。
「困ったなあ……」
俺は意図せず漏らしていた。すると、みさき先生が、
「アッハハハハハハハハハハハハ!!」
と、どこかで聞いたような調子で笑ったのだった。
「あ、そーだ、あそこだったら、みなと好きかも」
「どこですか!?」
「
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