第6話 シティー潜入一日目
案の定ハニートラップは仕掛けられていた。一見して東洋系の観光客にしか見えない装いでリバプール・ストリート駅に待ち構えていたその女は、明らかにしおりの面影を色濃く出した身なりをしていた。だが、その事が健司にとっては幸いした。遠目からそれとわかる存在は、相手が気が付く前から此方の対処の時間を与えてくれていたからだ。健司はトラップを旨くかわした後、レンガ造りのビル街を抜け、日銀ロンドン事務所へと向かった。其処には、案内役のGM関係者がすでに来ていて、二人して証券取引所へ向かった。いかにもアメリカ人ぽいB級映画に出てくるような顔立ちをしたジョンと名乗る男は、無表情で証券取引所の来客ルームに案内した。部屋は幾つかのブースに分かれていて、その一角を指示された健司は、PCのディスプレイを覗き込みながら、予め予定されていた操作を始めると、シティーの開設したホームページへ導入され、一連の作業が開始された。日本円にして1千万程度の資金を一玉(ギョク)として、運用効率が良さそうな投資先に投入する。ビギナー特典として与えられている特権で、その投資は、すぐに回収することができ、次の投資先に再投資できる。もちろんその間に損失も有るが利益もある。そんな操作を繰り返しながら、目的のH財団の様子を伺う。このシステムの優れている所は、ブレインチャートと呼ばれるプログラムで、その投資を必要としている投資先の情報と関連付けられ、金の流れが即座にわかる事である。全世界の金の流れを逐次監視しているシティーならではのシステムで、何処かの国の情報局が喉から手が出るほど欲しいシステムであろうと、プログラムを操作している健司が思いながら、スイス本部での研修の際、似た様に金の流れを追う研修をやらされたが、一般に公開され比較的簡単な仮想通貨の取引でさえ、その流れを追うのは煩雑な作業を必要とされた。
そんな操作を数度繰り返した後に、紐づけられた投資先にH財団に関連している数個の名前が挙がって来ていた。健司は不自然に成らない様に、その取引先に資金を誘導すると、その取引先は他の取引先と違い、それまでには無い好条件での取引を提示してきた。取り敢えず玉(資金)を投入して様子を見ていると、暫くしてから追加取引の要請が来て、本体とおもわれるH財団の姿がチャート上に現れた。追加の有利な条件のネゴを要請すると、アクセス権限がH財団本体へと移行し本体との直接的なネゴが提案された。数回のネゴのやり取りで、健司が数個の玉を投入するとさらに継続的な取引を依頼されてきた時点で時間切れとなった。
そんな状況で1日目が終わり、帰りは証券所直轄のロンドンタクシシーを断り、一寸複雑なルートでホテルに戻ると、フロントに教官からのメッセージが残されていた。健司は教官からの伝言の通り、セーフハウスへと向かった。
「ホテルでは話せない事なのか?」ふと疑問に思いながらも、地下鉄を乗り継いでフォートストリートにある、セーフハウスにいくと、さくら教官と白髭が待っていた。
「一寸やっかいな事になった。」健司の顔を見るなりさくら教官が口を開いた。
「みどりが落ちた!」白髭がぼそりと発した言葉が全てを物語っていた。
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