第5話 ミッションオブナイト

空路はセキュリティーチェックが厳しい状況から、時間は掛かるが、列車移動の手段を取った健司とさくら教官であったが、流石に8時間以上の長旅に健司は嫌気が指していた。教官との行動との事情もあったが、スイスからニュールンベルクへ向かう状況と違いそれなりのミッションに基づいた行動が新米の研修生にストレスとなり、ライン川を渡りケルンの大聖堂が見えたあたりから、携帯を使った筆談にも嫌気がさして、ブリュッセル南駅からユーロスターに乗り多少のプライバシーも保てるようになった頃に、さくら教官が口を開いた。

「義妹の事で、何であんなに動揺したんだ?」

「え!。それは、話せば長くなります。」

「そうか、それなら、後でよい。」と言って再び口を閉ざした教官の態度に、若干負い目を感じながら、健司はスマホの地図でロンドの地形を確認していた。

 白髭から与えられたミッションは、新規顧客としてシティーに入り、所定の手続き通りに融資金を動かす内容であったが、目的はたどり着いた先の財団にあった。健司は、案内役のGS(ゴールドマンサックス)社員と共にシティーの投資部門に入り、手配通りのやり方で、資金を目的の財団に投資する。新規顧客の特権として、24時間以内であれば、その資金を引き戻す事ができ、さらに、シティーが推奨する幾つかの融資先に投資することができる。この間の利ザヤは儲かれば、自己資金となり、マイナスであれば、元本の損失となる。この操作を数回繰り返し、ターゲットのH財団への資金ルートを探るのが目的だった。みどりの任務は、シティが運営する一種のマネーゲーム様なソフトで、モグラたたきゲームの様に、短時間の内に現れてくる融資先にアタックして時間内に投資元本を回収しつつ利ザヤを稼ぐ方法で、頭をのぞかせる融資先に目的財団があるかどうかの確認をしつつ、頭をのぞかせる回数を見極めていく。つまり回数が多い程、資金を欲しがっている事になる。そして檄の任務、健司と同様にH財団が目的だが、健司と同様な手順に少し変化を加えてH財団に融資する。この事で、目的財団の周辺のダミー財団を探る事にある。基本的手順の操作は、白髭から与えられたPCでゲームソフトの様に練習し、一部はスマホに移植され夫々に使いこなせる様に指示された。

 健司達は、ストラトフォードのセカンドハウスに立ち寄ってから、ロンドのセント・パンクラス駅でおり、近くの4つ星ホテルに向かった。

「この時点から本格的な監視が始まっているのでな、安ホテルと言う訳には行かないのだよ。」と言うさくら教官だが、健司には一寸嬉しそうに見えた。

「健司とは、姉と弟と言う事にしてある。」とさくら教官が、ホテルに入る前に一言、健司に忠告した。

「えー、大丈夫ですか?どう見ても、妹と兄にしか見えないと思うけど?」

「お前、私を煽てているのか、貶しているのか?」との言葉に健司は、実際、小柄の教官の容姿からそんな風にしか見えないだろうなと思いつつ

「小柄のアジア人女性は、みんな若く見られていますよ。」

「ふむーむ。」と言ったきり返答を返さなかった教官とホテルに入り、部屋のチェックをした。

「一応、盗聴器とかを確認して、スマホのアプリ機能で分かるから。」教官の指示通りに健司が各部署を確認しながら訊ねた。

「ここ、スイートみたいですけど、ベットはダブルベットが一つだけですが?」

「ああ、ヨーロッパは、シングルベッドをくっ付けてダブルにしてしまうんだ。別々にするには、片方づつ引けば離れるが、別に一緒で良いだろう。」

「はあー・・・・」

室内の探査と非常用の逃走経路を確認してから、二人は、近くのロンドン博物館に向かい、そこを経由してから大英博物館にいって、エスコート役のGS社員と落ち合った。その社員と、二三やり取りをした後別れ、地下鉄でホテルに戻って夕食をとった。

「まだ、接触は無い様だな。」と食事の最中に、教官が切り出したが

「有りましたよ。・・・・しおりそっくりの東洋人女性が、ロンドン博物館に居ました。」

「ふむ、そうか気が付かなかったが。」

「たぶん、教官が怖いオーラでも出していたんで、近づけなかったんでしょう。」

「ふーん、そうか。所で健司は、何故そうも妹にこだわるんだ。奥さんも居るのだろう?」

「はあー、話すと長くなるんですが、妹と言っても、血は繋がっていない義妹です。今は、双子の弟の嫁に成っていますが。」

「む、兄と妹で結婚したのか?」

「ええ、血縁関係がなければ出来ます。まあ、親同士が再婚して、夫々の連れ子って言うようなケースもありますから・・・」

「ほう、確かにな。その弟の嫁さんにこだわる理由わ?もしかして危ない理由か?」

「ああ、そう言われれば、そうなんでしょうね。弟も僕も、その妹を深く愛しているので、具体的にはどっちが自分の物にするかで、兄弟同士、昔からの確執があった。その事が、妹を苦しめてしまっていた。そんな状況を見かねて、妹が僕らの元を去ろうとしたんです。それは、3人に取っては、失うことが出来ない存在が失われる事を意味する事に成るので、僕が身を引いた。」

「ふーん、それで結婚した奥さんは、そんな関係を理解しているのか?」

「ええ、勿論、でなければ結婚しません。妻は妹と親友ですから、僕ら3人の関係も十分承知の上です。」

「ふーんそれなら、問題は無い様に思えるが。」

「ええ、僕らの関係と言うより、妹、しおり本人が何らかの事件に巻き込まれてしまう事の方が心配なんです。ロンドン博物館に居た人物も、よく似てはいたが別人である事は分かった。でも仮にあそこに本人が居たら、僕の理性は吹っ飛びます。」

「なるほど、愛する者の存在が、弱みとなる典型的な例だな。」と一息ついてから教官は

「だが、今後そんなケースは山ほど出てくるぞ。子供やら親やら友人、同僚やらな。その時々に彼らを切り捨てていったら、最後は自分の心が死ぬぞ。だから、愛する者を守るために全力を尽くせ。元々、我々の仕事は、そのためにこそあるのだ。これは、私からの忠告だ。」

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