第4話 ワーグナー音楽祭 (課題の遂行)

みどりと健司は、それなりの服装をあつらえて、音楽祭に臨んだ。有名な音楽祭とあって各国から、所謂紳士淑女が遣って来ていて、盛況な催し物となり、エイジェントがどのタイミングで接触してくるか皆目見当が付かないでいた。健司は、元々ワーグナーが好きで、聞きこんではいたが、本場の音楽祭で、生のワーグナーを聞ける事に内心感動していた。その日は、「ラインの黄昏」と「ワルキューレ」が演奏予定で、「ラインの黄昏」の後に幕間休憩があった。

会場であるバイロイト祝祭劇場には玄関ホールが無いため、人々は、外の簡易カフェか自分の席で休憩をする事に成るのだが、健司は、自席にいる事を選ぶと、案の定、接触があった。山高帽子をかぶり白いステッキを持った紳士が、近づいてきて

「ほほー、日本のお方かな?」と切り出してから

「私は、松方と申すもので・・・」と言って、持っているステッキで、演奏ステージの隅から隅までを指し

「ここを全部買い取りたい気分だ。」といってから、記念だと言って、錦絵の柄が付いた封筒を渡し去って行った。二人は、思わず失笑してから

「何処かのバイトかな?」と緑が言うと

「あれって、松方コレクションの真似。昔、ヨーロッパの絵画を買いまくっていた人物で、ステッキ買いで有名な御仁なんだが、でも、本当は、海軍のスパイでUボートの設計図を手に入れるのが目的だったんだ。」と健司の説明にみどりが納得した様な顔をして封筒の中身を確認した。

「楽譜だわ。」

「みどりは、楽譜分かるか?」

「無理、私、理工系だから。」

「ふーん、これは檄に調べてもらうしかないか。」と言ってから、健司は、素早く、三枚の楽譜を写真にとりメールで檄に転送した。数十分後、檄から返信が有り、ショパンの雨だれとワーグナーの歌劇、ニーベルングの指環 第二夜 ジークフリート部から鍛冶屋の歌の楽譜だった。

「あああーくそ、折角良いところなのに・・・」と呟きながら、佳境に入ったワルキューレの騎行にも集中できずに、思いを巡らせていた。

「ショパンはブラフだな。とすると、鍛冶屋に何か意味があるか?」

「バイロイトとニュールンベルクについて、鍛冶屋に纏わる事を調べてくれ。」と檄にメールした。

その日の演目が終了して、観客が夫々に劇場を後にする中、二人は、さっき出会った、山高帽の紳士を探したが、すでにその姿わなく、諦めて外に出た時に、檄から連絡があった。

「ニュールンベルクに鍛冶屋通りと言うのがある。」との内容で、二人は思わず

「そこだ。」と叫んでしまった。

バイロイトからニュールンベルクへの帰路途中の列車の中で、

「僕は、ショパンをブラフと決めつけてしまったが。みどりは、如何思う?」と尋ねると

「確か、雨だれよね。雨だれて、前奏曲じゃなかったかしら・・・」その内容も、檄に送り検索してもらうと、そのシリーズの前奏曲は24曲あるとの事だった。

「鍛冶屋通りと24か、それがヒントか。」

「24番地?それとも2番通りと4番通りの交わる所?」と色々と思案を巡らせながら、ニュルンベルクの駅に着くと、檄から転送されてきた地図を頼りに、鍛冶屋通りに急いだ。その通りは古い城の近くにある通りで、大分日も傾いてきたが、緩い坂道となっている通りの両側には、二階建てのレンガ造りの、日本で言えば長屋の様な建物が続いていた。

「この何処だろう?」

「24の関係してるのは?」と言ったみどりが、ある事に気が付いた。

「ね、あの看板!」指さした看板は、如何にも鍛冶屋を現した図柄で、その看板には番号が振ってあり、二人は、その番号を頼りに、24番目を見つけ出した。24番目の看板は、尖塔を伴った教会の様な建屋で、近くの城自体が観光地の様な一角にとなっているが、この教会もその一部らしく、まだ、人の出入りがあり、二人が中に入ると、祭殿の一番前の長椅子に、ある人物が座っていた。

「白髭!」とみどりが声に出したのを、健司がたしなめて、側に寄るとそこには、紛れもなく白髭がいた。白髭は、二人の顔を見ると、

「ほおー、意外と早かったな。今日は来ないかと思っていたが。」と小太りで口の周りに生やした髭は、しろと言うより黒が少し混ざったごま髭だった。二人は、白髭から

「今回のミッションは、ここで終了だ。今回は、スイスに戻らなくてもよい。その代わりに次のミッションに着いてもらう。」との内容説明があり、白髭のセーフハウスに案内された。

白髭のセーフハウスは、古城の側のアパートメントで、すでに激もそこに来ていた。

「君達が見つけた、セカンドハウスは引き続き私が使わせてもらうよ。」と言いながら、何やら資料と電子機器を準備し始めている最中に、健司たちが「くノ一」と呼んでいる、さくら教官が現れ、紅茶とクッキーを出してくれた。

「アルコールは後からね、とりあえずミッションコンプリートおめでとう。」と祝ってくれた。

「次のミッションは、ある金の流れを追ってもらう、今回はプロが同伴するが、基本単独行動だ。」

そういって、資料と電子機器を三人に渡した。一つは腕時計、外観は普通の国産の時計でGタイプの物で、次がスマホでこれもヨーロッパではよく見かけるものだった。そして眼鏡、サングラスにもなる、これはスマホと連動して、眼鏡内にモニターが映し出され、文字情報や地図情報が簡易的に表示される。

「ターゲットはシティ・オブ・ロンドン・コーポレーション、イギリス、ロンドンの一画にある金融の中心街だ。外見は、証券会社のビルが並ぶ何の変哲もない、ビジネス街だが、中世の時代から世界の金融を支配してきた街で、通称シティーと呼ばれている。」

「日本の兜町や、ニューヨークのウオール街みたいな感じ?」とみどりが言うと、白髭が

「外見上はそうだが、中身は全く違う。みどりは理工系なら、ゲージ対称性の意味を知っているだろう。」

「素粒子論とかで出てくる話ですか?」

「ああ、この世界、国際関係にも、その法則が成り立つ。つまり金の価値、金融と夫々の国の国力とはこの対称性の関係にある。国力が衰えれば、その国の通貨価値が下がる。通貨価値が上がれば、国力も増していると言った具合だ。身近な例で言えばギリシャだな。その金融、世界の金融を支配しているのがシティーだ。」と白髭は一息入れてから

「健司は、FRBを知っているだろう。」

「はい、アメリカUSBの中央銀行です。」

「そうだ、FRBが民間銀行である事は?」

「ええ、知ってます。」

「日本の日銀も民間銀行だ。ただ、政府が51%の株を持っているが、では、合衆国政府が持っているFRBの株の持ち分はどれ位いか?」

「ええー、半分以上かな?」

「おおよそ30%程度で、君の言う半分以上はシティーが持っている。この事実が何を物語るかは、聡明な君達ならお分かりだろうが。」

「じゃー、世界の中央銀行は・・・」と健司が言いかけた時

「つまり、ここを敵に回したら、国が亡びると言う事だ。だから、次の任務は心して臨んで欲しい。それとシティーに入ると幾つかのトラップが仕掛けられている。その中で一番厄介なのが、ハニートラップだ。チャイナも相当にえげつないハニトラを仕掛ける国だが、その手本となったのは、実はシティーだ。ある意味、安上がりで非常に効果的なトラップだ。」との白髭の言葉に三人が顔を見合わせていると

「みどり君、例えば、ロンドンの街中で、分かれた恋人、隆太君だったかな、突然現れて甘い言葉を掛けてきたら、君はどう対処するかね?」と突然白髭に振られたみどりが

「えええー、取り敢えず話を聞いて、状況次第でぶん殴ります。」と答えると、周りから笑いが漏れてたが

「たぶん、それでアウトだ。まあーその後の状況は、自分で想像してみるといい。」と紅茶を一口飲んだ白髭が

「健司君の場合か、君は結婚したんだったな。奥さんの梢さんか・・・いや君の場合は、こちらのほうが効果的かな、義妹のしおりさんか。」との言葉に健司は悪寒が足るのを感じて

「何で、そこまで知ってるんですか?」

「この世界いや、業界と言ったほうがいいか、調べようとすれば、個人情報なんて物は丸裸にされてしまう。相手もそれくらいの情報は持っているだろうからな。そして、檄君か、君はお姉さんか妹さんか、それともお祖母ちゃんか?」再び三人が顔を見合わせながら

「そのトラップに引っかからないようにすればいいですね。」と檄がいったが

「引っかかった場合、これは、敵の手に落ちたと判断される。君たちの場合は、強制退去、本国送還となる。具体的には、ビザの執行が停止され、不法入国者として逮捕される事になる。」と白髭の教訓とも脅しとも言いかねない話が暫く続いた後に、先行してさくら教官と健司がロンドンに出発した。

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