第84話 ヤクモ<神殿>:反撃(1)


 何処で間違えたのだろう?

 いや、最初から正解などなかったのかも知れない。

 サクラを助けるつもりが、アオイを見捨てる結果になってしまった。


 暁星さんの言葉を思い出す。


 ――誰かを救うということは、別の誰かを救わないということでもある。


 俺は【ディスガイズ】と【シャドウドール】を解除する。

 俗に言う――やられたフリ――というヤツだ。


 新たに覚えた<魔法>【シャドウドール】で俺の分身体を作り出し、【ディスガイズ】で俺の姿へと変えた。


 【シャドウドール】は影から本人の分身を作り出す魔法なので、上手く操れば、細かな動作も可能となる。


 【シャドウダイブ】で身を隠していた俺はゆっくりと浮上した。

 そして、倒れて気を失っているシグルーンを抱きかかえる。


 こんなことなら――


 ――サクラが魔王であることを皆に打ち明け、協力を頼めば良かっただろうか?


 ――シグルーンに言って、『勇者召喚』を止めさせるべきだっただろうか?


 ――アオイを問い詰め、何が起こっているのかを問い詰めれば――…


(いや、全部却下だ)


 俺らしくない――一人でやる――と決めた筈だ。


 アオイのことが好きだった――だから、サクラを利用した。

 戦いは皆に任せよう――だから、シグルーンに『勇者召喚』を行わせた。

 サクラをいつでも殺せるように傍に置いた――だから、アオイが一人になった。


(その結果がこれだ――これで問題が無い筈だ……俺は間違っていない)


 ――本当にそうか?


 この現状で――俺は間違っていない――と本当に言えるのか?


 ――ポン。


 肩を叩かれる。俺は慌てて距離を取った。


「だ、大丈夫でござるか?」


 見覚えの無い女性――いや、その口調は綿貫さんか……。

 鹿野さんにやって貰ったのだろうか、いつもとは雰囲気が違う。

 俺の過剰な反応に戸惑っている様子だった。


「隊長、ビビり過ぎだぜ!」


 いつの間にか、俺の後方で狐坂がヤンキー座りをしていた。

 その表情は、明らかにこの現状を楽しんでいる様子だ。

 まったく、何がそんなに嬉しいのやら――


「つ、月影くん……戻っていたんだね。よ、良かったよ……」


 そして、最後に――背後から伊達の声がした。

 俺は溜息を吐く。


「お前たち――」


(何故、いつも俺の背後を取る?)


「言いたいことは分かっているでござるよ」


「何故、オレたちが無事かってことだろ!」


(違う――いや、違わないか……)


「は、話さなきゃ……いけないことがあるんだ!」


 てっきり、ソロで行動をしていたため、無事だった――と思っていたのだが、違うようだ。


「拙者のスキルにより、皆は無事でござる。今は漫画のアシスタントとして活躍中でござるよ――デュフフ」


 恐らく、禁忌タブーに触れた人間を酷使しているのだろう――鬼だな。


「いやー、参ったな。鹿野に『催涙弾』や『スタングレネード』の製造を頼んだら、まさか、『毒ガス兵器』が出て来るとはな――」


 あの立ち込めていた毒ガスはコイツの仕業だったのか――必要以上に警戒して損した。


「可燃性もあるみたいで、火を点けると爆発するんだぜ!」


 狐坂は嬉々として語る。


「そ、そんなことより……鮎川先生が、ボクたちを裏切っていたんだ!」


 やはりそうか――恐らく、あのクリスマスの日から始まっていたのだろう。

 伊達が気付くとは――成長したな。


「まったく……俺の班の連中は揃いも揃って、目を離すとろくなことをしないな――」


 そう言って、俺は苦笑した後、


「お前たち――こんな状況だが、俺を信用してくれるのか?」


 聞いてみる。


「友達、少ないでござるからな……」


「言うなよ、悲しくなる……」


「ボ、ボクは……一人の方が、気が楽だけどね……」


(そうか……)


「俺はいつも、一人じゃなかったな……」


 アオイは皆を助けようとしていた――俺は助けを求めていた彼女を一人にしてしまったんだ。


 この世界に来た時、シグルーンが一緒に居てくれた――俺が勇者だと、最初に認めてくれたんだ。


 サクラと一緒に冒険をした――それは彼女を殺すためじゃない。助けるためだ。俺を好きだと言ってくれた女の子だ。


 どうやら俺はいつの間にか、自分の心を偽っていたようだ。


「念じるだけで使える力なんて――使うべきスキルに使われていては世話がないな……」


 俺は強く念じ、自分に掛かっていた<魔法>【フェイク】を解除する。

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