第83話 アギト<村>:対魔王


「勇者というのも、存外脆いモノだな……」


 チッ――剣を杖代わりに突き、オレは膝を折った。


「好き勝手言いやがって――」


 オレは相手を睨み付けた。犬頭に漆黒の外套を羽織った人型の存在。

 体格はオレより一回り大きい程度だ。

 奴は自らを魔王と名乗りやがった――『滅牙の魔王』。


 オレの近くには、あのデブの領主の死体が転がっている。

 魔物を倒したオレに性懲りもなくヘラヘラと近づいて来たデブ。

 それを――この魔王が殺した。


 どうやら、奴が放つ黒い牙のようなモノに触れると、跡形も無く消えちまうらしい。オレたち勇者は身体の欠損を魔法などで回復できるが、他の連中はそうもいかない。


 このデブも頭を喰われたため、絶命している。復活は無理だろう。

 だが、この村のためには、それで良かったのかも知れない。


 デブの従者のヒョロガリは尻餅を突き、怯えて涙をながしたまま、何もできずに――いや、小便を漏らしていた。


「ホント、使えねぇなぁ」


 オレは立ち上がると、


「おや、ここは一番弱い――カス勇者が派遣されている――と聞いていたのだが……情報が違ったようだ」


 誰がカスだ!――いや、違わねぇか……。

 オレでは多分、コイツには勝てない。


(まぁ、精々足掻いてやるとしよう)


「へっ、腕一本くらいは置いていって貰うぜ」


「やれるモノなら、やってみるがいい」


 バカにしやがって――そう思っていると、


「なら、頂きますわ!」


 と甲高い声が聞こえた。次の瞬間には、魔王の右腕は無くなっていた。


「な、何をした!」


 驚き、右手だった箇所を庇うように引っ込める魔王。その台詞に、


「あらあら、嫌ですわ! 自分は散々、人様の身体を消して置いて、自分がされる側に回ると慌てふためく――」


「げ、音澄! 何でテメェーが……いや、テメェーらが――」


 現れたのは『音澄ねずみ千遊ちゆ』。

 獅子王の追っ掛けをやっている頭の可笑しな女の一人だ。

 犀藤さいとう鷹橋たかはしの奴も一緒だ。


「何で――とは相変わらず、失礼な男ですこと」


 音澄は縦ロールの髪を揺らし、扇を広げ、口元を隠す。


 ――やはり、いつ見ても可笑しな奴だ。


「貴様も勇者か⁉」


「いえいえ、わたくし、ただの商人でしてよ。ですので、貴方のその右腕――買い取らせて頂きましたわ」


 魔王の質問に――オーホッホッホ――と甲高い声で笑う。


「バカなっ! 商人風情がこの我に――」


「分かっていませんわね!」


 音澄は扇を閉じ――ビシッ――と魔王へ向けて突き付ける。


「貴方はもう終わりですわ! わたくしたちには、優秀な魔法使いが付いておりましてよ」


 そう言って、音澄はスクロールを取り出す。


 ――【テスティモニー】【オートマティスム】


「月影さんの読み通りでしたわ。流石、獅子王様の親友ですわ」


 奪った魔王の右手が動き出し、証文にサインを行う。


「何をした!」


 魔王が焦る。


「さぁ? 教えて差し上げると思いまして――と言いたいところですが、ビジネスは相手に不利益を齎すことが目的であってはなりません。お爺様の教えに従い、特別に教えて差し上げましょう」


 音澄はそう言って、再び、扇で顔を隠した。


「貴方が我々を攻撃する度、金品を請求致します。払えない場合は――そのお身体で払って頂くことになります」


 顔を隠しているとはいえ、嫌らしい笑みを浮かべているのは明白だ。


「なっ!」


 と魔王。顔が犬なので、表情の変化が分かり難いが、多分、驚いているのだろう。


「では、これは貴方に差し上げますわ」


 音澄は先程のスクロールをオレに放り投げた。


「何だ、これは?」


「証文ですわ。それを所有していますと、魔王に狙われてしまいますもの。精々、奪われないよう、無様に足掻きながら逃げてくださいまし――それでは、ご機嫌ようですわ」


 そう言い残すと音澄は――オーホッホッホ――甲高い声を上げて去っていた。


(チッ、ウチのクラスの女子は、こんな奴ばかりか――)


 オレは魔王の攻撃に対し、身構える。

 だが、魔王の牙が狙ったのは、逃げ去る音澄だった。


「おい、避けろ!」「えいっ」


 音澄は冷静に、魔王の腕を放り投げた。

 牙はそちらに向かい、自分の腕を消し去る。


 ――確かに、あの腕があれば証文は作り放題だ。


 先に消すのが、道理ってヤツだろう。


「あらあら、わたくしたちに攻撃すると対価を支払うことになりましてよ」


 魔王の左足が煙となって消失して行く。


(えげつない……)


 ――だが、そうなると次の狙いは当然、


「オレだろうなっ!」


 そう言って、素早く横へと転がる。

 地面から現れた漆黒に牙がオレの居た場所を穿うがった。

 しかし――


「う、動かない――だと⁉」


 魔王が狼狽する――犬頭だけにお似合いだ。


「動かねぇんじゃねーよ」


 オレは親切に教えてやった。


「そ、動きを遅くしただけさ」


 そう言って、魔王の背後から現れたのは智田だ。

 素早く、魔王の肩に剣を突き刺し、離脱する。


 ――逃げ足も速い。


「くっ!」


 油断していたのか、声を上げ、膝を突く魔王。

 しかし、致命傷にはなっていない――そう、今は……。


 オレは魔王へと突撃する。魔王は牙を出そうとするが、出せない。

 正確には、既に技を発動しているため――出せない――だ。


 智田の<EXスキル>【スロースターター】による、相手を遅くする攻撃。

 それを魔王の牙に使ったのだ。

 魔王はまだ、レベルが低いのか、牙を多くは出せないようだ。


 オレはその隙に魔王の懐へと飛び込むが、魔王のかいなにより、武器を破壊されてしまう。どうやら、左腕にも、牙と同じ能力を付与できるようだ。

 だが――


 オレには、智田が先程突き刺した剣がある。


 ――【ブレイドバースト】。


 魔王を中心に爆発が起こる。


「やったか?」


 と智田。オレは首を左右に振った。


「逃げられた。それに――」


 オレは証文を取り出すが、既に色は黒ずみ、パラパラと崩れ去っていた。

 どうやら、一撃を喰らっていたようだ。


 仕方が無いさ――と智田。


「あらあら――男同士で、仲のよろしいこと」


 そう言いながら、音澄が戻って来る。


「ほっとけ――つーか、テメェーらも女だけじゃねーか……」


「わたくしたちは、美しいからいいのですわ!」


 相変わらず、頭の可笑しなことを言っている。


「――で、何しに来た?」


 オレは嫌われている筈だ。今回は相手にそこを利用された。

 オレの所為で、智田や鴉乃まで巻き込んでしまった。


「とんでもない、アホゥですわね」


 ハッ――と音澄は溜息を吐くと、


「いいこと――鮫島は戻って来るな!――と伝令があったということは――鮫島はそこに居ろ!――という意味にも取れるのではなくて?」


 そう言って、閉じた扇の先を突き付けてくる。


「つまり、鮫島の元に集まれ――そういう意味です。少し考えれば分かる話ですのに、これだから底辺は……」


 やれやれですわ――音澄は肩を竦め、首を左右に振る。

 まったく――腹が立つ――いつも熊田のことを扱き使っているだけの癖に……。


「だから、今回は貴方が救ったのです。いいですか、その愚かで周りから嫌悪される行為こそ――皆の窮地を救う――という結果に繋がったのですわ」


 ――救った? オレが?


「大方、貴族連中は今回の事件を機に、わたくしたちを取り込もうと思っていたのでしょう。なので、仲間の窮地を救うという名目で――鮫島の元に集まれ――そういう指示でしてよ」


 アレには、そんな意図が――


「月影さん、彼は不思議な方ですわね。彼は相手の欠点も、長所へと変えてしまう――アリスが懐いているのも理解できましてよ」


 音澄が何やらブツブツと言っているが、どうでもいい。

 オレはまた、アイツに――良いように利用された――という訳か……。


 ――釈然としない。


 だが――皆のことは助けてやってくれ!――アイツの言う通りになった訳だ。


「今回も月影さんは、鮫島――貴方が領主に無礼を働き、勇者が屋敷に招かれない――という所までは読んでいたのでしょう」


 音澄は閉じた扇を手の平にポンポンと打ち付けながら歩き回る。


「そんな折、他の勇者が集まれば、貴族たちからは勇者を奪った――と思われる。当然、裏切り行為と見做される訳ですから、やはり、領主は勇者を招かずに、自分も被害者を演じる必要が出て来る……」


 その独り言とも取れる推理に対して、


「全員を被害者にしただけだよ――とか言いそうだな」


 と智田が笑った。


「はぁ、わたくしとしては獅子王様に会えると思い、喜び勇んで参りましたのに、居るのは顔面偏差値底辺の連中ばかり――」


 この女は人をイラつかせることしか言えないだろうか?


「フンッ、獅子王の奴が真っ先に来る訳ねぇーだろ! アイツは自分から殿を務めるような奴だぜ……」


 言われっぱなしはしゃくなので、言い返してやる。すると、


「なるほど、では、蜂谷のパーティー辺りの救援に行っている可能性がありますわね。鮫島――喜びなさい。貴方の評価を一段高くして差し上げますわ」


(まったく嬉しくねぇ)


「さて、ここまでは月影さんの想定通りなのでしょうが――獅子王様の隣に立つに相応しい存在か、お手並み拝見といきましょう」


 再び扇を広げ、顔を隠すと、音澄は嫌らしく笑みを浮かべた。

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