第82話 ヤクモ<神殿>:潜入(2)
「この
とアオイ。だが、言葉とは裏腹に、その表情は今にも泣き出しそうだった。
「<剣の乙女>が<聖剣>を失ったらどうなるのか、考えもしなかったのかしら……」
シグルーンは、そういうことを考えるタイプではないだろう。
ただ、姉に自分が必要とされた――そのことが嬉しかっただけだ。
「分かってる――うんん、分かってた。この
考えろ。俺――この雰囲気は不味い。
「例え、私と姉妹だとバレても、きっとキミが何とかしてくれる――この
呑まれるな――俺。場の空気に流されるな。
優先順位を見誤るな――俺ではアオイを助けられない。
いつもみたいに切り捨てればいい――いや、できる筈がない。
「ねぇ、ヤクモ。この
俺は彼女を――助けたい――と思っている。少し考えれば分かった筈だ――シグルーンを連れて、国王に会いに行ったあの夜もそうだ。
「そんな自分を、私は許せない……」
それがあの時、黙っていた理由なのだろう。本当の父親との再会。
言いたいことが山ほどあった筈だ。だが、自分が話せば、シグルーンから父親を取り上げてしまう――そう考えたのかも知れない。
「それは仕方の無いこと――」「仕方なくなんてないよ」
違う! 俺が使うべき言葉はこれじゃない。アオイは首を横に振る。
どうして、アオイを相手にすると、上手く言葉が
「ねぇ、どうして、サクラちゃんを選んだの?」
それは、アオイに頼まれたから――
「ねぇ、どうして、私じゃなくて、シグルーンの傍に居たの?」
それは、アオイの事情を知らなかったからで――
「ねぇ、どうして、私の傍に居てくれなかったの? 私、言ったよね――手を引いてって……」
――不味い。殺られる。
瞬時にそう悟った。隠密状態のアドバンテージがなければ、いくらオレのレベルが高いといっても、彼女に勝つことは無理だろう。
アオイの<メインクラス>は<ナイト>。加えて、武術の経験がある。
気付いた時には、強力な槍の一撃が俺を貫いていた。
(熱い……)
痛みを感じるよりも早く、一瞬で地面が近づく。どうやら、膝を突いてしまっているようだ――そして、貫かれた腹部に激痛が走る。
【耐性:苦痛】や【痛覚:軽減/無効】などの<アビリティ>を俺は習得していない。辛うじて意識を失わずに堪えることができたのは、サクラとの訓練のお陰だろう。
瞬時に従魔である『ルビー』とダメージを入れ替えるスキルを使用する。
そして、回復すると同時に<スキル>【バックステップ】で
俺は戦う姿勢を見せるも――
「無理よ、ヤクモじゃ、私にダメージを与えることはできないし、妹も助けられない――」
(考えろ……考えるんだ俺――彼女が敵になる筈がない――操られている……いや、違う)
そう思った根拠は何だろう? 好きだから?
いや、その程度の理由で、俺は判断を誤らない。
(そもそも、彼女は最初から隠し事をしていたじゃないか……)
最初から敵だったのだ。なんてことはない――騙されていたのは俺の方だ。
「おや、まだ人間が……」
神殿の奥から現れたのは、アオイの父親である蒼次郎さん――いや、この感じは大司教の時と似ている。
「お父様……」
とアオイ。先程まで持っていた<聖剣>は既に【アイテムボックス】へと収納しているようだ。
「ここでの準備は終わった――後は魔王様を召喚するだけだ」
魔王の召喚――できる筈がない。
召喚されるべき魔王であるサクラは、既に召喚されているのだ。
――漸く、話が繋がった。
「やはり、この国は何も変わっていなかった――この男の記憶の通りだ。姉を殺され、一族を殺され、更には娘であるお前たちを利用しようとしている」
(目が正気じゃない……)
「この国ごと終わらせよう――おや、彼は……」
眼中に無かったのか? 今更、俺の存在に気が付き、首を傾げている。
想像以上に、相手は壊れている。
「待って、私がやります……」
とアオイ。だが、
「いや、彼はいい――鮎川くんとの約束だ。彼は助けて上げよう」
(どういう意味だ?――いや、俺は美鈴姉にも騙されていた――ということだろう)
「キミにも感謝している――しかし、もう『鷲宮蒼次郎』という人間はいない」
目の前の蒼次郎さんだった存在は、そう言ってアオイの肩をポンと叩いた。
「キミたち親子の境遇には同情していた。だから、残った欠片で父親のフリをしていたが、もうすべてを使い切ってしまった――ワタシは『ソウルイーター』として、本来の目的を遂行する」
――どうやら、あの影のような存在は『ソウルイーター』というらしい。
大司教に取り憑いていた個体以外にも――俺たちの世界に存在していたようだ。
恐らく、アオイと蒼次郎さんが転移してきた時に、一緒に付いて来たのだろう。
「やはり――もう、お父様は居ないのね……」
「説明した通りだ。ワタシとの契約に、彼は魂を使った――この世界に戻る前に真実を知っていれば、こんな結果にはならなかったのかも知れない」
遅かったのか――この異世界に来た時にはもう、蒼次郎さんは蒼次郎さんでは無くなっていた。<ジオフロント>の時から、アオイは既に決めていたのだろう。
父親の代わりに、この世界に戻り、為すべきことを為すと――
「最後まで、私も付き合うよ」
アオイが言う。止めてくれ! もう復讐をする必要は無い筈だ。
シグルーンも俺が助けた。これ以上、アオイが手を汚す必要なんて――
「止めて置け――と言っても聞かないのだろう。この男の記憶にあるキミはそういう人間のようだ。できることなら。ワタシもキミのような人間の魂を食べていれば、このような結果にならなかったのだろう」
どうにかして、止めなければならない――でも、どうやって?
「二人共待て――今ならまだ……」
そんな俺の言葉は届かないのだろう。
アオイは槍を【アイテムボックス】へ収納し、代わりに刀へと持ち替える。
「ヤクモ――キミには一度、見せているよね」
「俺を――斬るのか?」
「安心して、勇者は生き返るんだよね――キミが教えてくれたことだよ。だから、後は祭壇の前に居る、あの人に殺されてね」
「あの人?――」
そうだ。蒼次郎さんが敵であったのなら、暁星さんとアイカちゃんも――
「さようなら、ヤクモ」
一閃――俺の手足が宙を舞った。
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