第78話 ヤクモ<神殿都市>:冒険者ギルド(2)
俺が『神殿都市』の『冒険者ギルド』へ到着すると、
「何者だ!」
と一斉に武器を構えられる。こういう殺伐とした雰囲気は苦手だ。
両手を上げ、降参のポーズを取ると、
「勇者だ……」
俺は答える。はてさて――サクラたちが先に来ている筈だが、何処にいるのだろうか? 見たところ、一階には居ないようだ。
魔物の出現情報を纏めていたボードが目に付いたので、影移動を行う。
いとも簡単に包囲網を突破した俺に対し、幾人かは驚いていたが、そこは海千山千の冒険者たちの集まりだ。
お前たちは下がっていろ――とリーダー格らしき男が武器を降ろさせた。
一方で、俺はボードの情報を確認する。
魔物の強さや種類を考えると――勇者でなくても対応は可能だ――と判断できる。
経験上、低レベルの魔物であっても毒などを持っていた場合、危険度が跳ね上がる。今回はそういう魔物は含まれていない。単純に物量だけの相手と見るべきだ。
情報量の違いはあれど、最初に確認した『冒険者ギルド』で得た情報とほぼ同じだった。
「これなら、俺たちが行く必要はないな……神殿の様子はどうなっている?」
近くに居たリーダー格の冒険者に尋ねると、
「本当に……勇者なのか?」
と質問されてしまった。
さて、どうやって証明するか? 俺は肩を竦める。そこへ、
「あ、ヤクモ☆」
上の方からサクラの声が聞こえた。どうやら、二階に居たようだ。サクラは俺と目が合うと、満面の笑みで飛び降りて来る――せめて階段を使って欲しい。
冒険者たちは驚き、一斉に道を開けた。
(俺が居ない間に、いったい何をした?)
「ありがとうございます」
とサクラ。冒険者たちは――いえ、姉さん。どうそ、お通りください!――などと言っている。想像したくは無いが、また、冒険者たちが何人か犠牲になったのだろう。
「ヤクモ、ここは楽しいところです。黙っていても練習台がやってきます!」
「良かったな……」
俺は突っ込むことを放棄し、サクラの頭をポンポンした。
「エヘヘ♥」
とはにかむサクラ。その様子に――流石は勇者だ――と声が上がる。
どうやら、勇者と信じて貰えたようだ。
(ホント、サクラは何をしたんだ?)
「で、神殿の様子は?」
再度、尋ねる。リーダー格の男が口を開こうとした途端、以前会った受付嬢らしき女性が前に出て来た。そして、
「現在、多くの人々が『アンファングサントル神殿』へ避難しましたが、神殿の門が閉ざされていて、中に入ることができない状況です」
と教えてくれた。
「他に、民間人の避難の状況は?」
「商人や有力な貴族たちは、冒険者を雇い、早々に街を脱出したようです。街の者たちは信心深い者が多く、今も多くの者が神殿を目指しています」
良かった。どうやら、死人などはまだ出ていないようだ。
「今、街に残っている冒険者で編隊を組み、逃げ遅れた人々を救助しながら、我々も神殿へ向かうよう、あの少女が作戦を――」
その視線の先を見ると、頭まで外套をすっぽりと被った小柄な人物が手を振っていた。もしかして――
「あっ! なずにゃん☆」
とサクラ。被っている外套から頭を覗かせると――やあ――と猫屋敷さん。
再会に喜び、近づくサクラだったが、
「……とルナ――」
足を止めて警戒する。
「ちょっと、何で私の名前だけ、残念そうに言うのよ!」
と兎尾羽さん。猫屋敷さん同様、外套から顔を出す。
「あの……お知り合いということは、やはり、この方たちも――」
「ああ、勇者だ」
俺は受付嬢に言葉を返した。その言葉に驚いたのは冒険者たちだ。
『賢者様』と『聖女様』も勇者だと!――と声が聞こえる。
――この二人はこの二人で、いったい何をしていたのやら……。
(想像するに難くない――か)
大方、『冒険者ギルド』で暴れていたサクラに対し、猫屋敷さんが俺の名前を使って、二階で待つように指示させたのだろう。
そして、<クレリック>である兎尾羽さんが怪我人を治療した。
(いや、猫屋敷さんのことだ……)
瘴気が発生した時点で『冒険者ギルド』へ行き、兎尾羽さんに瘴気で苦しむ人々を治療するよう指示を出して、人心を掌握していたに違いない。
彼女にとっては、俺とサクラが来ることも、織り込み済みなのだろう。
皆は彼女のことを『図書室の妖精』だのと言ってはいるが、俺が最初に出会った時は『図書館の悪魔』と呼ばれていた。
――そう言えば、いつからだろうか?
彼女が人助けに興味を持つようになったのは――
「失礼なことを考えているようだけど、早速、上で話を聞こうか?――ワトソン君」
何も話す必要が無いように感じるのは俺だけだろうか?
俺たちは『冒険者ギルド』で用意していた部屋へと向かう。
部屋には既に、ギルドの有力者たちが控えていた。
青年兵士も居り――自分は場違いです。助けてください!――と目で訴えている。
俺は――頑張れ!――と心の中で呟いた。
「さて、外から見た様子はどうだったかな?」
部屋に入るなり、いつもの調子で猫屋敷さんに質問される。
サクラと兎尾羽さんは置いてきぼりだ。
「想像の通り、都市全体を囲む形で瘴気が発生している。放って置いても、収まる気配は無い」
俺の言葉に、幾人かは吉報を期待していたのだろう。
その期待が裏切られたこともあり、溜息を漏らす者もいた。
構わずに、俺は続ける。
「周囲に瘴気を発生させるような要因もない。『アンファングサントル神殿』が無事なことからも、瘴気の発生源は街の地下ではないかと思われる」
「確かに、この都市の歴史は古い。地下には迷宮のように通路が入り組んでいる場所があります」
とはギルド長の秘書だ。俺は言い終わるのを待って、
「また、これは勇者たちにも話していない情報だが、神殿内で――魔人と思しき敵と遭遇し、これを撃退した」
と淡々と語った。今となっては黙っているメリットの方が少ない。
事前に真実を語っていた猫屋敷さんを除く、その場の全員が驚いていた。
――まぁ、神殿に魔人が居た時点で一大事だ。
俺が口外しなかったことは――仕方が無い――と取られたようだ。
「これは俺の推測だが――以前より、地下で瘴気を発生させる準備をしていた――と考えるのが妥当だろう」
ギルド長の秘書は、
「はい、確かに――最初は地面から瘴気が出て来た――という情報が多数入ってきています」
そう言って、眼鏡を――スチャッ――と正す。
「実は賢者様より――使われていない水路が怪しい――ということで、今、冒険者のパーティーを編成し、調査していたところだ。結果、該当すると思しき場所が幾つか見付かった」
とはギルド長。どうやら、猫屋敷さんの手腕を認めているようだ。
(やはり、事前に手を打っていたか――)
俺が猫屋敷さんを見ると――さぁ、お膳立てはしてあげたから、次はキミの番だよ――とでも言うように目が笑っていた。
可愛らしい外見に反し、やはり悪魔のようだ。
――やれやれ。
「あまり賢い手とは言えないが、地下はサクラに任せていいか? 恐らく、ボスが居る筈だ。瘴気を発生させるための仕掛け――魔法陣のようなモノがある筈だから、適当に破壊してくれ」
「分かりました! ヤクモは?」
「神殿を開放する。中の連中を助けて、街の人たちを神殿の中に避難させる」
「なるほど☆」
俺は【サモン:ファミリア】で『プリム』を召喚した。
「プリム、悪いがサクラに付いて行ってやってくれ。サクラ、『魔晶石』があれば、例の技は問題なく使えるか?」
「はい! <魔力>を拳に込めるだけです!」
そう言って笑顔で答えると――プリムちゃん、よろしくね☆――とサクラは人差し指を出し、プリムと握手をした。
「誰か、サクラに地下の案内を――」
頼もうとして、周囲を見回したのだが、
「そこは、ボクたちに任せてよ」
と猫屋敷さん。
こうなる事が分かっていたのだから、最初から名乗り出て欲しい。
「えっ⁉ アタシも!」
とは兎尾羽さんだ。明らかに嫌そうな顔をした。
まぁ、女子だし、普通はそうだろう。
だが――
「そうですね。ルナは要りません。要らない娘です。どうせ――汚れる、臭い、汚い――と我儘を言うに決まっています! では、さようなら」
サクラにそう言われ、
「い、行くわよ! アタシも……その、や、ヤクモっ! アタシを連れて行きなさい!」
命令された――何で?
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