第70話 ヤクモ<神殿>:閉幕


「かたじけねえ!」


 とジュリアスが頭を下げる。時代劇以外で初めて聞いたその台詞に、


「頭を上げてくれ」


 俺は返答する。あの後、塔の修復を<メインクラス>が<クラフトマン>である猿渡さんに手伝って貰ったのだが、ほとんど『壮行会』には参加できなかった。


 まぁ、元より参加するつもりは無かったので、いい口実にはなった。

 それに、パーティーの方は獅子王や白鳥さんたちが何とかしてくれただろう。


「いや、オレの気が済まない! 殴ってくれ」


 ――そういうのは、本当に困るのだが……。


 どうして、この手のやからは同じことを言うのだろうか?

 しかも女子の前で――殴る方にもリスクがある――ということは知っている筈だが……。


 俺たちは今、綿貫さんの<EXスキル>【ワンルーム】により、部屋を造り出して貰い、そこに集まっていた。綿貫さんは、この他にもいくつか部屋を所有しているらしく、何処にでも設置、解除が可能らしい。


 注意すべきは禁忌タブーの項目が設定されていて、それを破ると<ペナルティ>が発生することだ。


 しかし、ここなら盗聴や盗撮をされる心配も無いので、次の『勇者会議』の場所として使うのも有りかも知れない。

 どういう訳か、『勇者召喚』以降、何者かの視線を感じることがある。


 ――フゴォ! せ、拙者の部屋にリア充共がぁ……ひ、ひでぶっ!


 何故か綿貫さんが吐血して、床に転がったが無視しておこう。

 サクラが看病しているが――あれは治らない病気だ。


「頭を上げてくれ! 大変なのはこれからだ……今はゲオルクが挑発するような形で『ハウリングフォード家』を牽制してくれているが、多分、長くは持たないだろう」


「ぐっ、確かに……」


 自分の家のことだ。俺よりもジュリアスの方が事情には詳しいだろう。


「それに、俺は同じことをしただけだ――」


 ジュリアスは首を捻る。


「エリスが俺を信用してくれた。理由は――シグルーンが召喚した勇者――だからだ」


 ジュリアスはシグルーンを見る。シグルーンはエリスの親友だ。

 それにジュリアスも貴族である。お互いに面識があるのだろう。


「だから、俺もエリスが信用しているお前を信じることにした」


 その瞬間――ガッ――と両肩を掴まれる。

 正直、殴られるのかと思ったが――


「すまない! オレは決めた! この命、お前に預ける。好きに使ってくれ!」


 一々重たい……。妹と結婚しろ――と言ったゲオルクといい、この世界の貴族はこうなのだろうか?


「どの道、オレとエリスだけじゃ、家のルールを捻じ曲げることはできなかった。勇者は凄いな!」


「ふふん! どうですかジュリアス――わたくしの勇者様は!(ドヤー)」


 シグルーンが腰に手を当て、胸を反らす。

 どうやらシグルーンは友達の前だと、そういうキャラになるようだ。今回はエリスが居たため――少し黙っていましょうね――とシグルーンを連れていってくれた。


 俺は内心溜息を吐いた後、


「命は要らない――力を貸せ! いいか、ジュリアス――お前とエリスはこれから武勲を上げなくてはいけない」


「おう……」


「魔王を倒す。そうすれば、誰もお前たちに文句を言わないだろう……」


「それって――」


 とエリス。彼女は驚いた顔をしたが、ジュリアスにはイマイチ伝わっていないようだ。ここは直球でいった方がいいだろう。


「ジュリアス! お前は俺のパーティーに入れ!」


「なっ!」


 ジュリアスは驚くが――


「俺のことはヤクモでいい……」「はい、わたしはサクラです!」


 既にサクラには了承を貰っている。いつも通り、彼女は元気に手を上げた。


「へ、魔王討伐ね――オレはジュリアス・ハウリングフォード。通称<ブラックドッグ>。よろしくな、ヤクモ! サクラ!」


 俺たちは握手を交わした。ノリがいいので助かる。

 大変なのはこれからなので、お互い頑張ろう――と言ってジュリアスとは別れた。

 次に会うのは、学院になるだろう。


 勇者のパーティーに入ることになった――と言えば、身内も少しは大人しくなる筈だ。


「ありがとう。ヤクモ――」


 とエリスが言ってきたので、


「いやー、危なくエリスと結婚させられるところだった――あの料理はなぁ……」


 と俺は嘯く。ピキッ――と音を立て、エリスの中の何かが壊れた。


「魔王と戦う前に、エリスに殺される可能性があった。ホント、命拾いをした」


「貴方!」


 エリスに掴み掛かられるが――


「ふん、だいたい分かってきたわ。貴方はそうやって、素直に礼も言わせてくれない勇者ひとなのね――」


 エリスはゆっくりと離れる。そして――


「貴方のお陰で、騎士団を結成することができて、姫様と離れることは無くなったわ――」


 次に――


「貴方が勇者の二人をアタシの騎士団に入団させてくれたお陰で、こんなアタシでも、他の騎士団と肩を並べることができる――」


 そして――


「あの薄い本――内容は問題だらけだけど、仲間たちの間には絆ができた――」


 最後に――


「貴方のお陰で、兄の真意を知ることができたわ――本当は、アタシの幸せを願ってくれていたのね――」


 どんな話をしたのか知らないが、どうやらゲオルクも、エリスの現状を良くは思っていなかったようだ。今回の俺の行動が、話す切欠になったようだ。


 エリスは一通り話すと、床に泣き崩れてしまった。

 心配したシグルーンが傍に寄り添う。


「ヤクモ……」


 とサクラ。もう綿貫さんの看病はいいのだろうか。

 いつの間にか、俺の横に立っていた。そんな彼女に俺は確認する。


「幻滅したか?」


 いつも俺はこういう遣り方しかできない。


「いいえ」


 サクラは首を横に振った。そして、


「悔しいです……」


 そう告げる。


「前回も、今回も、わたしはヤクモに迷惑を掛けてばかりですね……」


 ――らしくないことを言う。


 『白亜の森』では、誰も死ななかったし、今回はジュリアスが仲間になった。

 俺はそれでいいと思う。しかし、サクラは納得がいかないようだ。


「無茶な戦い方をして、心配を掛けてしまいました。結局、ヤクモが助けてくれなければ、悲惨な結果になっていたと思います。今回も、汚名を返上しようと思っていたのですが――塔を壊してしまい申し訳ありません……」


 そう言って、落ち込むサクラに


「何か勘違いをしている――俺はいつも、お前たちに助けられている」


 と俺は本心を告げた。


 ――こういうことを言うのは苦手なのだが……。


「サクラが居たから『シロ』を助けられた。『シロ』を助けられたから、あの森で誰も死ななかった。誰も死ななかったから、ゲオルクが力を貸してくれた。そして――今日に繋がった」


 俺はサクラの頭に手を置く。


「お前が繋げてくれた――シグルーンもだ」


 サクラとシグルーンが俺を見る。


「先日の会話が、今回のヒントになった」


 ――共闘。そう言っていたから、今回は皆の力を借りた。


 ――戦いは数。そう言っていたから、会場の全員を味方に付けた。


 ――防波堤。今回の件で、『ハウリングフォード家』と『フェザーブルク家』が他の貴族から、俺たちに対して、その役目をしてくれるだろう。


 ――『愛』。どうやら、人は集団になると愚かになるようだ。そんな言葉で、簡単に人の心を動かすことができる。


「俺はいつも、お前たちに助けられている――ありがとう」


 頭を下げるや否や、二人に抱き着かれた。

 悪い気はしないが、その後ろで、意識を取り戻した綿貫さんが青い顔をしている。



 ――【警告】<禁忌タブー>に抵触しました。



 どうやら、今の俺たちの行動が、この部屋の禁忌タブーに触れたようだ。


 ――ピンチは続く?

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